第8話 衝突

「はっ!! 」




 気を乗せ、ミコの繰り出した拳を、一夜は左の掌で簡単に弾いてみせる。




「ミコ様、そんな何の捻りも無い攻撃、私には一生当たりませんよ」


「うるさい! 」




 そのまま体を半回転させ、左足を軸に後ろ回し蹴りを繰り出す。


 一夜はその右脚を左手で払い上げ、その拍子にミコはバランスを崩し、たたらを踏む。




「っと! 」




 少し間合いをとり、構えの体勢を取る。




(こいつは、体術も得意なのだろうか?? )




 ミコは少しビックリしていた。優男のイケメン一夜は、式神としての力が高い事は知っていた。まさか体術まで凄いとは、ミコも予想外であった。


『なんでも出来る』先程そう言った、一夜の言葉が嘘では無い事を証明していた。


 仮にも空手黒帯のミコが、軽くあしらわれてしまっているのだ。


 イケメンの癖に知識もあり、体術もすごい、嫌味な奴だと思うのはミコだけだろうか。




「はぁー」




 息を吐き出し、更に意識を集中させる。




「たぁぁぁぁ! 」




 ミコは声を上げながら、再び一夜に向かって攻撃を仕掛けていく。




 数分前ーー。




 ミコは自分の体術に自信がある事を自身の式神たちに向かって話していた。




「もっと上手く気を乗せて戦う事が出来れば、体術で負けることはない気がするんだ」




 ミコの言葉を聞いた一夜は、うっすら笑いながら、




「ミコ様は一般的には強いと言われているのかも知れませんが、本当に強い相手と戦った事はないでしょう?生死を賭けた戦い…死を覚悟した者たちが本気で勝つ為に向かってくる。その強い思いよりも更に強い思いをぶつけなければ、そんな奴らには勝てないのですよ」




 自慢ではないが、今まで喧嘩では誰にも負けたことがないミコにとって、その言葉はあまり信じられる物ではなかった。ましてや、一夜のおかげで神通力も使う事が出来る様になった今、大抵の相手は軽く蹴散らす自信もあったのだ。




「へぇ〜、じゃあ一夜、少し相手をしてくれない? どの程度私の力が通用するのか、試してみたくなってきた」


「ええ、構いませんよ。そうですねぇ。私が全力を出してしまうと数秒で結果が出てしまいます。そうですねぇ…私は左手一本でお相手して差し上げましょう」




 売り言葉に買い言葉、一夜のその言葉は、単純なミコを怒らせるには十分だった。




 そして今ーー。




(全く当たる気がしない)




 ミコの拳や蹴りは、一夜の左手によって弾かれたり、空を切ってしまい、一夜に傷ひとつつける事が出来ない。




(何か…何か一瞬でも一夜の気を引けるものは無いだろうか)




 油断なく、辺りを見回しながら、二葉が焚き火に火を付け、炎の形を変えて、火の玉を使っているのが目に入った。




(か、可愛すぎる! )




 本人はいたって真剣に火を操る練習をしているのだが、子供が粘土遊びをしている様にしか見えない。


 そんな二葉を見ながら、ふと思い付き、二葉に向かって走り出す。




「ミコ様、そろそろ避けるだけも飽きてきました。私からも反撃に出ますよ」




 そう言うと、一夜は左足で地面を蹴り、スピードを上げ、ミコを追う。




「はぁぁぁぁ! 」




 二葉の焚き火にいち早く辿り着いたミコは、二葉が生み出した火の玉に自身の力を注ぎ込む。威力を増した火の玉を、気を乗せた拳で殴り、一夜に向かって繰り出す。




「いっけぇぇぇー! 」




 一夜は目の前に迫り来る火の玉を避けることも無く、左手で払い退けようとしたーー瞬間、




 ドン!




 一夜の顔の前で火の玉は爆発する。


 一瞬の隙をつき、渾身の上段蹴りを繰り出す!が、一夜の顔に蹴りが当たる前にミコは足を止めてしまう。


 時が止まってしまった気がした。




「…あ…か、はぁ…はぁ…」




 ミコは苦しくなり、息が上がってしまう。


 まるで、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。ミコは足を止めたのでは無い、一夜によって止めさせられたのだ。




(動…けない…)




 一夜の目に心臓を射抜かれるような苦しさを感じている。


 身体が震える。冷や汗が止まらない。恐怖。殺されるかも知れない。ミコは自分の意志とは関係なく、動けなくなってしまった。


 一夜は瞬きを一つし、ミコに近づいて来る。




「さぁ、そろそろ夕飯の準備をしなくてはいけませんね。今夜はミコ様の好きな物を作って差し上げましょう」




 左手をミコの顔に伸ばし、頬を撫でる。肩にかかったミコの髪をそのままサラリと払い、




「ゲームセット…ですね」




 その瞬間、ミコの体は動き出し、その場にヘタリ込む。


 ミコは呼吸が少し楽になるが、まだ、はぁはぁと荒い息しか出来ない。




「ミコ様! 」




 一連のやり取りを見ていた二葉が、ミコに駆け寄って来る。二葉も先程まで動けなかったようだ。


 ミコの肩を支えようとして、ビクリと手を止める。




「さあ、ミコ様お部屋に帰りましょう」




 そう言い、今度は一夜がミコに肩を貸す。




(これが実戦なのか…)




 いつものミコであれば、人の肩など借りなかっただろう。しかし、疲労感が強く、気怠い。




(何も出来なかった…)




 先程までの自信は消え去り、また無力な自分に戻ってしまったようで、呆然としていた。


 そんなミコに一夜が声を掛ける。




「ミコ様、私は特別です。今の貴方でも、並の悪霊ならばきっと勝てるでしょう。しかし、油断は禁物なのですよ。今から貴方がしようとしている事はそれほど危険な事なのです」


「よく…理解したよ」




 ミコは素直にそう答えた。




(一夜が本当にヤバイ奴って事を…)










 その夜、一夜は自分に向けられた殺気に気が付き、主の部屋を出る。もう少し寝顔を見ていたかった気もしたが、余りにも強い殺気を向けられ、




(これでは起こしてまうかも知れませんね…)




 そう思い、観念して殺気の主の元へと向かう。


 今だけでは無い。ミコに呼び出されてから、度々自分に殺気を向けて来ているのだ。




(そろそろ、お相手をして差し上げましょう)




「何か、私にご用でしょうか? セイウン殿」




 一夜はミコの父親にむかい、そう呼びかける。




「一夜殿、しばらく貴方の動向を確認させていただきましたが…以前お見かけした時と、お変わりないようですね。夕方、神社の裏で感じた禍々しさ。何故ミコの所にいらっしゃったのですか」




 口調こそ穏やかだが、殺気は更に強くなっている。




「愚問ですね。私は何百年も強い主人を求めていた。ミコ様にはその力が有る。それだけの事です」


「あの子は…まだ気が付いていないのかも知れない…。貴方の気を常に受けている状態でいれば、いつかあの子自信も闇に堕ちてしまうかもしれない。それほどまでに貴方は…」




 一夜自信も知っている。自分がどうしようも無く禍々しい存在なのだと。だけどそれを今更変える事などできない。生まれた時から周りは皆敵だった。戦って、相手を仕留める。弱肉強食、それを繰り返して今の一夜があるのだ。


 


 セイウンは一夜の過去を知っているわけでは無い。しかしその昔、一度だけセイウンと会った時に、一夜は魂を狩り食っていた。それでセイウンには悪霊扱いをされてしまったのだ。普段は自分の気を消している一夜だが、どうやらセイウンは最初から勘づいてはいた様だ。




(まあ、悪霊じゃ無いとも言い切れませんが…)




「それで、私にどうして欲しいのですか? 」




 答えは分かっていたのだが、一応聞いてみる。




「大人しく、ミコから手を引いて頂けませぬか? 」




 一夜は、その端正な顔立ちの口元をニヤリと、邪悪に歪ませ、




「お断りいたします」




 そう答えた瞬間、セイウンの殺気が爆発する。




「炎舞!! 」




 召喚された炎がセイウンの周りを囲む。炎の一部を掴むと、鞭のように操り、一夜の体に巻き付ける。


 自由を奪われたように見える一夜だが、笑みを崩さない。




(久しぶりに楽しめるかもしれませんね)




「セイウンの名におき


 この者を祓わせたまえ


 南より來る五神、朱雀


 清めの炎を解き放ち 我が声に答えよ」




 その瞬間、全てを焼き尽くす真っ赤な炎が、セイウンの炎の鞭を伝い、一夜の体を包み燃え上がる。


 クククク。


 炎に身を包みながら、一夜は笑う。




「あははははっ。流石はミコ様のお父上です。清められてしまいそうですよ」




 楽しそうに笑いながら、一夜は右手を上げる。炎の鞭など、最初から一夜の動きを封じるには不十分だったのだ。一夜の右手は、何の苦もなく、炎を丸め上げ、それをそのまま、セイウンに投げ付ける。




「お返ししましょう! 」




 笑みを絶やさぬまま、そのままセイウンの後ろにまわり、一夜の右手を蠍の尾のような形に変形させる。




「召喚! 」




 いつの間にやら懐から紙を取り出したセイウンは、言霊と共にそれを巨大な鈴の付いた長い杖に変える。そのまま、炎を弾き、踵を返し、一夜の蠍の尾を受け止める。




 シャラン。




 鈴の音が響く。


 一夜の右手、蠍の尾を見て、一瞬絶句した様に目を見開くセイウン。




「やはり、貴方は…清められるべきだ! はぁ!! 」




 セイウンの気合いと共に後ろに吹っ飛ばされる一夜。しかし、そのまま体勢を戻し、ふわりと一瞬宙に浮き、着地する。


 セイウンも杖を持ち直し、構えようとした時ーー、




「ぐ…はぁ…」




 セイウンから呻き声が漏れる。右手の甲は青く腫れ上がっている。




「避けた…はず」




 セイウンは避けたと思っている様だが、後ろに吹っ飛ばされた様に見せかけて、その瞬間に一刺したのだ。


 一夜の右手は役目を終え、元の人間の手に戻る。




「さて、何と仰いましたか?ミコ様から手を引けと?残念ですが、あの主が生まれる前から、ずっと、ずっと、お側にいて見てきたのです。そしてやっと、待ち望んでいた力が解放され、式神としてお側にいられるように、呼び出して頂いたのです。諦める?そんな訳ありません。貴方が邪魔をするのならば、すぐさま葬り去って差し上げましょう」




 長い時を…ミコの誕生を待たされ過ぎて最初は少し意地悪な質問をしたり、からかったり、他の式神に現を抜かすミコに強く当たってしまった事も有った。が、それでも一夜はミコの側を離れる気などさらさら無いのだ。


 一夜がセイウンの顔の前に掌を翳す。




『お待ち下さい』




 声を揃えてやってきたのは、見た目5、6歳の男女の式神。確かーー、




「息吹と紬とお申します。申し訳ございませんが、主様をお許し下さいませ。ミコ様を思ってやった事なのです。それに、主様が居なくなればミコ様も悲しみます」




 男の式神が一夜の前に跪き、そう言っている間にも、女の方の式神が治療を始めているようだ。


 セイウンには覇気が無く、もう戦えない事は分かっていた。




「ふうん。まあ良いでしょう。そこそこ楽しめました。貴方たちは、これから、自分の主が私の邪魔をしないように、しっかりと見張っていなさい」


「はい。ご寛大な御心、痛み入ります」




(放っておいても暫くは動けないはずですしね…)




 一夜が一刺したのは見たままの蠍毒だった。一応殺すつもりは無く、脅し程度に、死なないよう調節し毒を打ち込んでいた。




(ミコ様の父親とて、この程度の実力か…やはりあの主こには…)




 まだまだ成長段階の自分の主人を思いながら、夜空を眺める。




「良い月夜ですね」




 戦っているとつい仮面を被った自分を忘れてしまう。戦いに明け暮れていた時の事を思い出し、一夜は少し滑稽に思うのであった。

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