第7話 式神の力

 一夜はとても満足していた。


 


 今、目の前で寝ている主の、力の片鱗を垣間見れたからだ。


 不慣れなミコに無理矢理力を使わせたにも関わらず驚くほどの力を発動し、アキラの家付近だけではなく、その周辺の全ての隠の気を清めてしまったのだ。




(自分自身で力を使い、尚且つ、本気の力を出せばどうなる事やら)




 ミコを育てるのにもう少し時間が必要だと思っていたのだが、意外と早く育つかもしれない。それが一夜の感想だった。


 二葉などと、自分と同じく、数字の名が与えられた下等な式神は、ミコに纏わりついてとても厄介なのだが、うまく使えば、お節介な主の力をもっと引き出すことが出来るかもしれない。


 本当なら、神社に連れて帰り、清め方を覚えさせるための実験台として使うはずだったが、予想外に二葉は式神になってしまった。




(邪魔になれば消す事など容易い)




 それまではとりあえず、生かすことにしたのだ。


 先ほどから主の体調を気遣ってか、部屋の扉の隙間から、二葉がチラチラと覗いている。鬱陶しいので、一括を入れて、追いやる事にした。










 ミコは見慣れた天井を見ながら目を覚ます。少しぼーっとしている頭を強引に働かせ、何があったのかを思い出す。




(そうか、アキラの家で)




 今回は、一夜に操られながら全てを感じ、見ていた。




(私にあんな力があったのか)




 ミコは少し清々しい気分になっていた。今まではずっと、自分の力の無さに悔しい思いをしてきたが、自分が何かの役に立つ力を持っている事に、非常に嬉しさを感じていたのだ。




「お目覚めですか? 」




 ミコの部屋の扉をあけ、入ってきたのは一夜だった。




「少々無理をさせてしまったみたいで、申し訳ございません」


「大丈夫だよ。一夜のおかげで自分の力の使い方に少し気付けた。ありがとう」


 


 ミコが素直に礼を言うと、一夜は少し嬉しそうな顔をしたような気がした。ミコはベットの上に座り、一夜の方に向き直る。




「あの力は…貴方の力のほんの一部にしか過ぎません。私は貴方の中でたくさん、そう、溢れ出る泉の様に、とても大きく、豊かな力を感じました。貴方は、私の主として相応しい、もっと強くなれるでしょう」




 いつもからかわれている一夜に素直に褒められ、ミコは、嬉しいような、むず痒い、気恥ずかしい気持ちになっていた。しかし、そんな余韻に浸っている暇は無いのである。




「私は、二葉の姉を助ける。あそこにはもう、危ない奴は居なかった。居ないのに、あれだけの陰の気を振り撒ける奴をこのまま放っておくわけにはいかない。私はまだまだ未熟だ。だから、一夜の力が必要なんだ。お願い。私に力を貸してほしい」




 そう言い終えると、ミコは一夜に向かって手を差し出す。




「ミコ様…光栄です。貴方が必要とするならば、必ずこの力を貴方のお役に立てましょう」




 一夜は差し出された手を取ると、跪き、軽く頭を下げる。


 


 訳も分からないまま呼び出した式神だが、一夜が自分の潜在意識の中に居た時に、とてつもない安心感を感じていた。一夜の知識や力は、未熟なミコにとって無くてはならないものだと思ったのだ。


 親父に教えを請う事も出来るのだが、反抗期気味のミコにとっては、あまり嬉しいことでは無い。




(いちいち抱きつかれるのは嫌だしな)




 今まで式神の力など考えたこともなかった。ミコの中で、式神は家族であり、可愛らしい存在としか認識していなかった。敵を知る事も大事だが、まず自分達の戦力を確認しておく必要があった。


 ミコは取り敢えず、自分の式神の実力を確かめる為、神社の裏にある広場に二人と向かう事にした。










「ミコ様、僕は一体何をすればよろしいのでしょうか? 」




 居心地が悪そうな二葉が、一夜の顔色を伺いながら訊ねてきた。心無しかビクビクしている。




(私が寝てる間に何かあったのか!? )




 二葉の態度になんとなく違和感を覚えつつ、ミコは答える。




「うん。二葉、君は最初に私と戦った時に火を操っていたね? 」


「はい。僕が死んだ理由が原因なのか分かりませんが…火は体に馴染んでいる様な気がします」




 ミコは、また二葉に嫌な事を思い出させてしまったのでは無いかと、不安な表情になる。


 それを感じとってなのか、




「僕が死んだ原因は確かに火だったのですが、火を怖いとは感じません。それよりもあの時、僕を押さえつけていたアイツを、怖いとも、憎いとも感じます。が…それよりも今は、僕の力がミコ様の役に立つのなら、それを使って欲しいと願っています」




(なんて…なんて優しい子なの!)




 ミコは思わずウルウルと目を潤ませながら、二葉に抱きついた。




 ガシっ!!




「あわわわわ!」




 慌てている二葉を尻目に、ミコはこの子を絶対に守ると誓うのだった。




「ゴホン」




 咳払いが一つ。気がつくと、一夜がミコをジト目で睨んでいた。




(あ、一夜のこと忘れてた)




「式神が自分の力を主の為に役立てるのは当然のことです」




 ちょっと冷たい感じで一夜が言い放つ。




「あっ、でも、悪霊が抜けて式神になった今、どれくらい火を操る事が出来るのか、わからないのですが…」


「なるほど…練習も必要かもしれないな」




 二葉の答えを聞き、取り敢えず焚き火に、火をつける練習とかさせればいいのか?と思うミコだった。




「ああ」




 思い出した様に一夜が話だす。




「先程、私とやった様に、憑依をして式神と力を合わせる事も出来るとは思いますが…私以外とはあまりおお勧めしません。あれは、ミコ様にとって重要な力にはなります。しかし、ご自身でコントロール出来る様になるまでは控えた方が良いでしょう」




「それは何故なの? 」




 ミコの問いに一夜が答える。




「そもそも弱い霊はミコ様の力を借りているとはいえ、不安定な存在なのです。憑依するだけでも力を使い果たす可能性も有りますし、もし暴走する様な事があれば、体を乗っ取られるだけで済めばいいですが、ミコ様の命に関わりますので」




 確かに、軽々しく霊を憑依をさせるのは危険な事は確かだ。二葉なら、暴走はしないと思うけど、元々弱い霊だっただけに、不安定になった時に、二葉が消えてしまう事も心配しなければいけない。ただ単にミコの体に取り込む事は出来るかもしれないが、それでは力を発揮することが出来ない。


そう考えると、二葉は単体で戦って貰う事が好ましいだろう。




「二葉、君は元が弱い霊なのだから、危なくなったら逃げる事も考えて。魂が残っていればまた呼び出すことも可能かもしれないが、魂が消えてしまえばそれももう出来なくなる」


「はい、分かりました」




 ミコの言葉に、二葉は素直にそう答えたのだった。




 さて、問題は一夜なのだが…。一夜の力は底が見えない。




「一夜はどんな事が出来るんだ?」


「そうですねぇ。まあ、だいたい何でも出来ますね」


「はぁ!? 」


「強いて言えば、得意分野は呪いとかでしょうか」


「えっ!? 」




 ミコは驚き過ぎて口をパクパクしてしまう。




(この爽やかイケメン一夜の、得意分野が呪いだと!? )




 一夜ファンの叔母様方が聞けば卒倒してしまうのでは無いだろうか。


 なぜか、二葉だけは納得するように頷いている。今までの一夜の態度で思う所があったのだろうか。一夜のジト目に気がつくと、二葉は慌てて誤魔化そうとしていた。




(いや、待てよ…)




 よくよく思い出してみたら、今までチクチクと嫌味を言われ続けていた。普段からあまりおしゃべりな方では無いのだが、もしかしたら内に溜め込むタイプなのかも知れない。そして、それが爆発した物が…、




(呪い…なのか??)




「呪いは便利ですよ。想いの強さがあれば何でも出来ますからね。愛情だって、憎しみに代われば強い呪いを生み出す事も出来るんですよ」




 恍惚な顔をしながらそう語る一夜。




 ゾゾゾっ!




 途轍もなく禍々しい物を一瞬感じた。


 急に背中が冷たくなり、ミコが自分が呼び出してしまった式神のヤバさに気がついた瞬間だった。

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