みこいち!〜歪んだ魂の式神に、愛され続ける巫女の物語〜

Chicky_Frog

第1話 平和な日常

死者の魂をその身に呼び入れる者、イタコ。


 TVやインターネットでインチ臭い霊媒師が演技がかった憑依を見せ、お茶の間の笑いを取り、そんな事を現実と信じる者自体が少ない。


 しかし、本物のイタコがヒッソリと普通の生活を送っていたりするのである。




「それでは、あなたの亡くなった弟君を呼び寄せる」


「ありがとうございます」




 そう言い放ち、祭壇の前に座った男は、憑依の準備に取り掛かる。徐に立ち上がり、赤い絨毯の上に立ち、両手を天に掲げる。




「弟君よ聞こえているだろうか、貴方の姉上はこんなにも貴方を思い、逢いたがっておる。さあ、我が声に応え、この身に舞い降りよ!」




  一瞬、祭壇の男の身体が硬直したように伸び、その場に倒れ伏す。そこに、




「アキラ…? 」




 弟の魂を呼び出そうとしている姉が声をかけた。




  倒れていた人物がむくりと顔を上げると、先ほどまで40代のむさ苦しいおっさんだった顔が、12、3歳位の目がぱっちりとした黒髪・短髪の少年の顔に変わっていた。




「お…ねえちゃん? 」




 アキラと呼ばれたその少年は、まだ声変わりもしていないソプラノボイスで姉に答える。




「ごめんね!ごめんねアキラ。あの時私が家を空けなければ!調子の悪い貴方を置いて、買い物なんかに行かなければ!ずっと、ずっと後悔していたの!」


 


堰を切ったように姉は少年に語りかける。




「ううん、僕は大丈夫だよ。ずっと僕を看病してくれていたお姉ちゃんに文句なんかある訳ないじゃない。僕は家が燃えているのにすぐに気がついたんだ。でも、金縛りに合ったように、身体が動かなかった。お姉ちゃんのせいじゃないんだよ?」




 アキラは申し訳なさそうな顔をしながら、姉に微笑みかける。




「アキラ!」




 姉はそのまま、アキラと呼ばれた少年をギュッと抱きしめ、シクシクと泣いている。




 どうやら姉が外出している間に家が火事になり、アキラと言う少年が亡くなったらしい。




「お姉ちゃん、僕の事はもう大丈夫だよ。だから、前を向いて、僕の分まで幸せになって」




アキラは、泣いている姉の涙を自身の親指で拭いながら、




「幸せに・・・なって・・ね?」




純粋な、少年っぽさが残る笑顔を姉に向け、男の身体は、ガクリと、その場に倒れ込む。


その体を姉がしっかりと支え、またギュッと抱きしめる。




「ありがとう・・・。ありがとう、アキラ!」




アキラの魂は役目を終え、男の身体から抜けていった。その瞬間、男の鼻の下が醜く伸び、口元がニヤリと笑ったような気がした。


 


「ありがとうございました」




姉はそう言いながら、清々しい笑顔を先ほどの祭壇の男、霊媒師件、神主のおっさんに向ける。


分厚い封筒をおっさん渡し、付き物が落ちたような顔で、颯爽と帰っていった。


鳥居の門を抜け、階段を下り、その姿が見えなくなった瞬間ーー




「ミコちゃ〜〜ん!」


 


 神主の中年親父は両手を広げダッシュで近づいて来たのだ。


 ミコは考えるよりも先に身体が動いていた。ミコから繰り出された研ぎ澄まされた前蹴りは、完璧なタイミングで親父の鳩尾にメリ込んでいた。


(むさ苦しいな)




「げふっ!!」




 その場で蹲った中年親父を見ながら、ミコは挨拶だけはする。




「ただいま、父さん」


「おがえり…、ミコちゃん…あい、かわらず、するどい、け…り」


 


 その言葉を最後まで聞く事は無かった。親父は失神していた。


 昔はハンサムだったと、近所のおばさま方は言っているし、今もダンディだと噂されている親父も、ミコに取っては、年頃の娘によくありがちな「なんかよく分からないけどお父さん嫌い!」な状態なのである。




(このまま外に放置するのもなぁ…)




 ミコは親父の心配よりも周りのご近所の目の事を考え、親父を回収することに決めた。




「息吹!紬!」


『お呼びでしょうか?ミコ様』




 ミコが声を掛けると、息吹と紬が姿を現した。見た目は5、6歳の男の子息吹と、女の子の紬。一般常識ではあり得ないことに、二人ともミコの肩付近にふわふわと浮かんでいる。息吹は黒髪ショートの目のクリクリした可愛い男の子で、紬は顔は息吹に似ているが、白に近い銀髪は腰まであり、二人白衣と袴に身を包んでいた。




「父さんをうちに運んでやってほしい」




 ミコがそういうと、紬は呆れたように、




「ミコ様、毎度申し上げている通り、主様への乱暴はおよし下さいませ」


「うん、わかっている!身体が勝手に動くだけだ!」




 ミコが両手を腰にあて、自信満々にそう応えると、二人とも呆れたように、淡々と親父の回収作業へと移った。息吹は風を操り、親父に向かって手をかざすと、フワリとその身体を持ち上げ、神社の一角にある、社務所兼自宅に運ぶ。紬は




「布団をひいてくる」と言い残し、さっさと自宅のほうへ向かっていった。そんな二人を見ながら、自分の蹴りが益々磨きがかかっていくのを感じ、ミコは満足そうに頷くのであった。




 ミコの家族は先ほどの親父一人だ。

 親父は、この上赤坂神社の神主をしており、ミコはその神社の娘として生まれた。

 小さい頃に母をなくしており、あまり連絡を取らない親戚は居るが、ここ数年、顔を合わすこともなかった。


 母は昔から死霊に取り憑かれる体質だったようで、それが原因で、ミコを産んですぐに早世したと聞いた。


 顔はよく覚えていないが、写真で見る母と高校生になった自分は、姉妹かのようによく似ていた。母の優しい目元に、童顔だがそこそこに出る所は出ている身体つき。いかにも男の保護欲をそそりそうな容姿をしているのだが、残念なことにミコにとっては男など取るに足りない生き物なのだ。


 


 鍛えられたその肉体は助けなどいらず、小さい頃は逆に喧嘩に巻き込まれたクラスの男子を守って、相手を返り討ちにしたこともしばしば。「黙っていればかわいいのに」なんて、影でヒソヒソされていたのはミコの知らぬ話である。




 母のいない、母にそっくりなミコを、親父はよく可愛がり、先程のようにすぐに抱きついて来ようとするのだ。と、思っていたのだが、最近になって気がついた。親父がイタコ依頼を受けるのは、女性に限るのだ。いくらお金を積まれようが、男には見向きもしないのだ。先程もニヤニヤしてるように見えたし。




(ただのエロオヤジかもしれない)




 それが最近の、ミコの結論になろうとしていた。


 ちなみに、ミコが心の中で『オヤジ』と言っているのに、本人の前で言わないのは、前に『クソ親父』と言ってしまった時に、泣かれてしまったからである。その時の、息吹と紬の何とも言えない悲しそうな顔を思い出すと、流石にもう言えなくなってしまった。




(親父はどうでもいいけど…)


 


 母の憑依体質はミコにもしっかりと受け継がれている。ミコが小さい頃から式神の息吹と紬を肩の上に乗せているのは、乗り移ろうとする動物霊や、死霊を追い払う為の親父の心遣いである。ミコは親父のように個人を特定しその魂を呼び寄せるなんて器用な事は出来ず、ただただその辺の霊に身体を乗っ取られるだけなのであった。




(式神呼び出すの苦手なんだよなぁ)




 息吹と紬は親父が呼び出した式神で、ミコ自身は未だ式神を呼び出せずにいた。正確には呼び出したことはあるのだが、数秒で消えてしまったり、得体のしれない形をしていたりと、まともに式神としての用途を果たしていないのだ。素質はあると言われたものの、未だに自分の力の扱い方に悩んでいたのだ。




 学校帰りのミコは週に3度の空手の稽古に行く前に、キッチンに向かい、冷凍庫を乱暴に開けると、大好きなメロンバーを口に突っ込んだ。




「うまぁ〜い!」 




 そもそも彼女が空手を初めたのも、精神統一によって式神召喚をコントロールするためで、黒帯になるために習い始めたのではない。それなのに、何故か体術のみを極めていってしまって、未だに式神召喚はからっきしなのである。




(そもそも向いてないんじゃ??)




 素質があるなどと親父が焚きつけるもんで、その気になってはいたのだが、15歳になってその才能が開花しないという事は、そもそも親父の勘違いなのではないかと考えるようになっていた。


 ああ見えて親父は天才肌だったらしく、小さい頃から式神を操れたらしいのだ。


 最近は親父を軽蔑しているミコだが、その一点においては、その才能を認めざるをえないのであった。




 それでもミコが諦めずに式神召喚の訓練を積んでいるのには理由があった。


 その一つが、息吹と紬である。彼らは小さい頃からずっとミコと一緒にいて、友達のような、兄弟のようなそんな関係を築いていた。


 それでも彼らは親父の式神であり、もちろんミコの事を考えてはいてくれるのだが、それは主たる親父からの命令であり、親父の事を一番に大切にしている。




(悔しいから、自分の式神欲しいじゃないか!)




それが、ミコが式神召喚を諦めない一つ目の理由であった。


 もう一つはーー




「ミコ様、お時間です」 


 


 紬が声を掛けてきた。




「今行く」




 ミコは短く応えると、今日も体術を極めるための稽古に向かうのだった。




 その時のミコは自分があんな事件に巻き込まれ、平和な日常が崩れ去るとは思いもしていなかったのである。

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