第3話

 登校二日目。

 一年一組の教室内は異様な緊張感に包まれていた。

 一つ目の理由は顔面偏差値が異常に高い人物が、四人いるということ。

 一人は右近うこん隼人。目鼻立ちがくっきりとした精悍せいかんな顔つきの彼は、あまり表情が変わらないこともあり、一見誤解されやすいが、「ぶっきらぼうながらも実は優しい」という少女漫画のヒーロー像をで突き進む人物だ。

 もう一人は帖佐ちょうさ莉子。明るく活発な莉子は小柄な体格ながらに身体能力に長けていて、中学では全国大会出場の経験を持つ、陸上部のエースだ。ショートカットがトレードマーク。クリッとした瞳と俊敏な動きはまるでリスのようだ。

 そして、後田詩織うしろだしおり

 小学生の時には、彼の噂を聞き付けた芸能スカウトが東京からこの地方の中の、県庁所在地とは名ばかりのド田舎にまで来たというのだから、驚きだ。

 そして、あっさりと断られたはいいものの、一度や二度では諦めきれないスカウトマンが今現在においても時折、詩織の元を訪ねてくるというのは有名な話だ。

 この三人は中学時代から近辺の同世代の学生達には有名であった。


 それに加えて、前之園瑠花というとんでもない美少女の存在。

 同級生の中に誰も中学時代の彼女のことを知る者はいない。きっと高校入学を機に、それなりに遠い場所から引っ越してきたであろうことが推測される。

 初日から瑠花にベッタリとくっついている莉子が、彼女のあらゆる情報を聞き出してくれるに違いない。誰もがそう信じていたが、莉子はほうけた表情で瑠花のことを見つめるばかりで、まるで使い物にならなかった。

 

 二つ目の理由は顔面偏差値ランキング不動の一位を獲得し続けてきた男──、後田詩織の“暴走”だ。

 桜陵おうりょう高校に入学するという噂は界隈の別の中学にも広まっていた。 

 そんな有名な美少年が高校入学と同時に気合いに満ち溢れたオールバックにしてきたのだ。

 誰もが愕然とし、そして落胆した。



          ◇



 ──ホームルームが始まる十分ほど前。

 詩織が不意に席を立ち、スタスタと歩きはじめた姿を、クラスメート達は何食わぬ顔で様子を伺っている。

 詩織は教室後方の席に座る瑠花の前に立った。

 瑠花はキョトン、とした様子で詩織を見つめる。


「俺の女になれよ」

 今時、ドラマですら聞いたことがない歯の浮く詩織の言葉。

 誰も笑うことはなかった。それどころか、妙な緊迫感が生まれたのは、登場人物二人共に美形故の説得力からだろうか。

「なに抜け駆けして……っ」

 叫びそうになった莉子のほっぺたを、隼人がグニャリと掴んだ。

「もう少し、様子を見よう」

「なんでよ!?」

「友達だから」

「……」

 莉子は押し黙った。

 人に興味がないようでいて、突拍子もなくアツかったり優しかったりする隼人という男に、莉子は長い付き合いながら驚かされることが多々ある。

「……分かったわよ」



         ◇



 いくら髪型に難ありとはいえ、超絶美少年・後田詩織に告白されたらなびくのではないか?

 興味と困惑が入り雑じった教室。

 皆が自分のことのようにバクバクと胸を高鳴らせていた。

 当事者である瑠花はじっと詩織のことを見つめた後、ふるふると首を横に振りはじめた。

「え……っ、OKってこと?」

 何故だか嬉しそうに尋ねる詩織に「なんでだよ」の声があちこちから聞こえた。

「フラれてる、フラれてるわよ、詩織」

 莉子が見てられない、とばかりに固く目を瞑り、優しく声を掛けた。

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