奪取したのは誰か?

「これでもう安泰」

私が詮索されることは無くなるはず。

何よりこんなに便利な力、今更無くなるなんて考えられない。

だからあの文集を私が奪ってやったんだ。

これは背徳じゃない。何も間違ってない。

きっと私じゃない人だって同じ選択をしたはずだ。

自分を正当化するのに並べられるその文字列は、やっぱり心の隅で自己嫌悪に変わる。

でも今更どうすればいいのだろう。

昨日私が見た未来の自分。あれは、私のこの力が失われる光景。天城さんと、あの男の子は誰だろう。よく分からない。

だけど、私は彼の言葉に涙を流して自分の能力の消失を感じ取る。そんな未来が見えてしまった。

その瞬間、その未来が訪れることが怖かったのか分からないけれどバッと目を覚ます。

背中にはどっしゃりと汗が溢れて服が密着している。クーラーがついているのにそんなに汗をかいていたことが余計に怖かった。

「あの文集を隠さないと」

私はこの力を失いたくなかった。たとえそれが単なる自己中心的な考えだったとしても。


私が一日に見れる未来の時間は30分。自分自身についての未来なら30分で、他人になればなるほどその時間は短くなる。

それでも夢の中だけは例外で、この力が備わった時から見た夢は正夢になった。

その能力はなんの前触れもなかった。三が日を過ぎたころ、突然それは起こった。

最初に見たものは、今日の朝ごはんはサンドイッチになるといった簡単なもので、次第に時間も精度も無作為になっていった。

「なに、これ」

夢で見たものが現実になる感覚を初めて味わった時は気味が悪かった。なんでもない日常に異物が入り込むようなそんな感覚。

だけどそんなものはすぐに慣れてしまう。

学校が始まってすぐのテスト。その答案を見て落胆する自分を夢見た。もちろんそこには答えが載っている。

そしてその日はやって来た。夢で見た通りの答案を埋める。こんな検証のために勉強をせずにただ答えだけを暗記するなんてことをするのには抵抗があったけれど好奇心が打ち勝った。

結果は満点。先生が満点は一人ですと口にしてこちらに顔を向けたのが、決して私の夢のことを知っているはずがないのに見透かされている気がしたけれど起きている間にも未来を見れるようになるとそんなことは忘れてしまった。

古紙置き場に文集を投げ入れると、私は逃げるようにその場から去る。

途中天城さんたちとすれ違って反応しそうになるが何とかこらえることが出来た。

「里穂、早く早く!先生来ちゃってるよ!」

「分かった!今行く!」

私は急いで弓道場へ向かった。


一日中走り回って、結局文集を見つけることは出来なかった。

「やっぱりもう1回見て回るよ」

「もう暗くなってますよ。街灯だってついてる。もう、しょうがないんじゃないですか?」

「どうして」

「大丈夫ですか、茜くん」

「どうして君はそんなに達観していられるんだ」

「突然どうしたんですか?」

僕が怒ってる理由が分からずに彼女は困惑している。整った顔立ちでその表情をすれば、いつもの僕ならたじろいでいたかもしれない。

だけど、僕ははっきりと彼女に対して怒りを感じていた。

「僕はキミのその病気を治す手がかりを見つけたかもしれないと言ってるんだ。それは不治の病ではなくて、この学園にある不可思議な現象のひとつに過ぎないかもしれないと」

「なのにどうして」

二の次に言葉は出ない。彼女自身が諦めてしまっては僕が奔走しても迷惑になるだけ。それが嫌だったから僕は彼女にまだその文集を探す気持ちを持っていて欲しかったのかもしれない。

「大丈夫ですよ。私だって諦めたわけじゃないですから」

「それはどういう」

だって肝心の文集はもう既に紛失してしまって。

「文集をどうやって作るか知ってますか?」

それくらいは予想できる。資料を集めて、それに沿った物語を創造してそれをして紙面なりイラストづけたりで忙しい。

「そうか、文集を作る資料の中に」

「能力について調べた痕跡があるかもしれません」

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