冤罪で追放した男の末路

菜花

それは冤罪だった

 西方の小さな街にある冒険者ギルド。そこに所属しているあるパーティーでは今大変な揉め事が起こっていた。


「ウェンディ! お前いい加減にしろよ!」

 パーティーのリーダーらしき大柄な青年がウェンディと呼ばれた女性を大声でなじっている。そんな男に小柄なウェンディは怯え切った表情で弁解をするばかり。

「で、でもディアーク様、私、本当にちゃんとやってるんです。ディアーク様に回復魔法をかけてるんです。でも、いつも何かに弾かれたみたいに魔法がかからなくて……」


 このパーティーはリーダーの男――ディアークを筆頭に残りが女性ばかりのメンバーのようだった。ウェンディの言い訳のようにみえる説明に他の三人のメンバーは呆れたのかディアークと同じようにウェンディに説教を始めた。


「そりゃあさ、最初に自己紹介された時、『自分はノーコンです』 って言ってくれたのは覚えてるよ? 実際パーティー入ってしばらくは地面回復してたしね。けどさ、今はもう出来るようになったんでしょう? ディアーク様以外の仲間は普通に回復したりバフデバフかけたり出来てるもの。なのにディアーク様だけはずーっと回復できないってそりゃおかしいでしょうよ。嫌いなら嫌いでいいけど、戦闘に関わることはちゃんとしてくれないと困るわよ。命にかかわるんだからさ」

「ジルケの言う通りよ。嫌がらせにしてもパーティーのリーダー相手に陰湿すぎ! ここまで我慢したディアーク様に謝んなさいよ!」

「普段穏やかなマリーヌまでこう言ってるのよ? 言い訳してないで素直に直そう?」


 最初のジルケの言ったことはまったくもって正論だった。――ウェンディからすると、本当に謎の力で回復魔法がかからないのだという事実を無視すれば、だが。

 でも誰もそれを信じる者はこの場にいない。皆ウェンディが嫌がらせでディアークに回復魔法をかけてないものだと思っている。

 ウェンディはもう事実がどうあれ周り全員がこう言うのならいっそ、嘘になってでも意地悪で回復魔法をかけていませんでしたと認めてしまおうかと思ったが、じゃあ明日から回復魔法ちゃんとかけてねと言われたら即詰む。結局自分の中の事実を押し通すしかなかった。


「誓って、私はディアーク様にわざと回復魔法をかけなかった訳ではありません。何か他の要因があるはずなんです」


 そう言いきるウェンディにディアークは仰々しいほどの溜息をついたあと、軽蔑したような眼差しでウェンディに宣言した。


「間違いをするのはいい。だが間違いを認めないのは最低の悪手だ。ウェンディ、お前はこのパーティーから出ていけ。お前みたいな人間を置いておく理由はうちにはない」


 ウェンディは一瞬絶望したような表情を見せたが、この世界では貴重な回復術士としてのプライドがあったのか、何も言わず荷物を手に取って部屋の扉に向かった。そして去り際にディアーク達に一礼するとそのまま扉を開けて出て行き、二度とパーティーには戻らなかった。



 晴れてウェンディを追い出したディアークは翌日、一旦パーティーの活動を停止した。回復術士は無理でも、支援魔法の出来る人材を確保しないとギルドの受けられる任務のランクが大幅に下がってしまう。数日休みをとり、その間に心身の回復と、新しいメンバーの補充をせねばと思ったのだ。宿で一人、朝食を取りながら考える。

 さて、まず新しいサポートメンバーはどうしたものだろうか。少なくともウェンディみたいな悪質な嫌がらせをする人間だけは遠慮したい。そういえば人と会うのにみすぼらしい姿で行くことはないよな。髪を整えて、あと服も綺麗にしてもらったほうがいいかもしれない。


 ディアークは一人、馴染みの防具店に入った。ここの親父とは父親の代からの付き合いで、常連客特典でちょっとしたサービスもしてくれるので重宝している。


「よぉ、ディアーク! 冒険者家業は順調かい?」

 店主の親父が気さくにそう話しかけてくる。ディアークは気が緩んでついつい愚痴も言ってしまう。

「まあ順調といえば順調だけど、この前雇った子が酷い女でさ、昨日やっと首にしたとこ。だから新しい子入れなきゃならないんだよね」

「へえ、お前にそこまで言わすなんて酷い女もいたもんだな。ところで、今日の注文はあれか? ドラゴンの甲冑の整備か?」


 ディアークが普段戦闘で纏う甲冑はとても貴重なもので、同じものはこの世に二つとないと言われている。溶岩の吹き出す山に住むと言われるドラゴンを退治し、その鱗で作ったその甲冑は、ある特殊能力を備えていた。


「そうそう。滅多に汚れないとはいえ、定期的に綺麗にしないといけないからね。この甲冑さえあれば俺は無敵さ。なんたってこの甲冑は全ての魔法を無効化する効果が付与されて…………え?」

 ディアークはそこまで口にして気づいた。


 全ての魔法を無効化する。

 それは文字通り、敵からの魔法も、味方からの支援魔法も。

 ……あれ? ということは、ウェンディの言ったことはもしかしなくても事実だったのでは?

 そんなウェンディに自分はなんと言った?

 いや、違う。だってこんな貴重品は他にないし、こうなるなんて想定できなかったんだ。俺が悪いのかもしれないけど、そんなに責任はないはず。


 ディアークの顔がみるみるうちに青くなる。

「おい、どうしたディアーク」

「おじさん……この甲冑のこと、他の誰にも言ってないよね?」

「え? まあそりゃあ。その甲冑ほどの貴重品なら、おおやけにすればどんな騒ぎになるか分からないし、お前は大事な友人の息子なんだから、危険を増やすようなことはしねえよ」

「そうだよね……うん。これからもそうして、お願いだよ」

「お、おお」


 ディアークは力なく歩きながら宿に戻った。真っ先にやったことは今のメンバーを全員首にすることだった。何故なら彼女らは自分が本当は無実だったウェンディにつらく当たったことを知っている。

 その後仕入れたメンバーには「自分は支援魔法が効かないスキルを持っている」 と説明して支援魔法士には自分以外をサポートするように言い含めた。

 結果、ディアークが何も悪くない回復術士に冤罪を着せて追放したという事実は闇に葬られた。

 ディアーク自身、何も罪悪感が無い訳ではない。だが彼の中ではこう正当化された。

 自分はまだ24の新米冒険者だ。だから舐められないように必死になっていた。ウェンディだって最初は本当に魔法のコントロールが下手くそだったんだから疑われても仕方ない。そう、悪いのは自分だけじゃなくてお互い様だ。悪いことをしたら謝るべきだと人は言うけれど、そんなの場合によるはずだ。こっちだってもう新しい生活が始まっているのに下手に謝ったことで恐喝されたら困る。第一完璧な濡れ衣だったんだから、向こうはこっちの顔も見たくないと思うのではないだろか。いや、きっとそうだ。だから自分はその意を汲んで会いに行かないのだ。それはそれで罪悪感で苦しむのだが、これが自分の受けるべき罰というなら甘んじて受けよう。



 ディアークがそう悲劇のヒーロー気分に浸っている頃、訳も分からず追放されたウェンディは森の中を彷徨っていた。

 他にウェンディを拾ってくれるようなパーティーはいなかった。なにせディアーク達が他の人がいる前で「今日も誰かさんに回復魔法をかけてもらえなかった」 「仲間をえり好みするような人間ってサイテー」 と聞こえよがしに愚痴ってくれたのだから。仲間がそうまで言うならそうなんだろうと普通の人は判断する。それは仕方のないことだ。自分が彼らの立場だったら同じことを思うだろう。だからウェンディは一人で街を出て、違うギルドでたった一人、パーティーに所属せずに冒険者家業をすることにした。

 本音を言えば仲間がいたほうが心強いが、ディアーク達にあれだけ言われてウェンディ自身も自分の魔法が信用できなくなっていた。攻撃魔法が使えない訳じゃないし、簡単な任務なら自分でも……。

 しかし簡単な任務ばかりでは日々の生活が苦しくなるばかり。思い切って高難易度の任務を引き受けた。暗闇の森の薬草を取りに行く任務。

 自分に防御魔法と目くらましの魔法をかけてひっそりと探す。目的のものは見つかったが、同時に想定外のものも見つかった。


「う、うう……」


 魔物に襲われたのか、血塗れで瀕死の男性が倒れていた。根は人の良いウェンディは即座に駆け寄り、祈るような気持ちで無事に発動してくれと思いながら治癒魔法をかける。すると、男性の怪我はみるみるうちに治っていく。ちゃんとかかったんだとホッとした。


「う……貴方は……?」

「あ、私はウェンディと申します。お怪我、もう大丈夫ですか?」

「怪我……? !? あれだけ切り裂かれたのに、もうほとんど塞がってる。凄い……こんな回復魔法士、我が国では見たことがない」

 男性がそう褒めてくれるのを、ウェンディは何とも言えない気持ちで聞いていた。大怪我だったし、この人まだ錯乱してるんじゃないだろうかと疑ってもいた。ウェンディは自分の腕を信用していない。それにしても……。

 ウェンディは目の前の男をまじまじと眺めた。

 金髪碧眼の美しい容貌。着ているものも何やら高級品っぽい。こんな王子様めいた人生まれて初めて見たとウェンディは感動した。こんな綺麗な人が何故こんな寂しい場所にいたんだろうか? と考えて、ともかくここを出なければとなった。獣や魔物は血の匂いに惹かれる。


「あの、どなたか存じ上げませんが、ここにいるのは危険ですので森を出ましょう。私が出口まで案内します」

「待ってくれ! それは出来ないんだ。詳しくは言えないが僕は狙われていて……」

「まあ……でしたら幻術をかけます。回復魔法より得意なんですよ」

「回復魔法も凄かったのに、幻術魔法まで? 貴方一体……」



 謎の青年を連れ帰って数日後、ウェンディを訪ねる者がいた。

「ウェンディ様ですね。私は……隣国の王家の影の一人にございます」

 ウェンディが助けたその青年はクーデターにより暗殺されそうになっていた他国の王子、ハリマンだと判明した。有能な家臣達の働きにより反乱は無事鎮圧されたから戻ってほしいとのことだった。


 それからは憑き物が落ちたようにウェンディの人生はとんとん拍子に上手くいった。

 自分なんか高貴な人の傍にいるにはあまりにも不適格だと言うウェンディにハリマンは「あんな素晴らしい能力を持ちながらなんと謙虚なことだろう。こんな人こそ傍にいてほしい」 と宮殿に引っ張っていった。

 ハリマンが知り合いの魔法士にウェンディを見てもらうと「自分の人生の中でも三本の指に入るくらい有能な魔法士」 と絶賛の嵐。ハリマンは実力と本人の過剰なまでの控えめさが釣り合ってないなと不思議に思う。

 一体なぜああまで卑屈で自信がないのかと不審に思って過去を探ると、ディアークの存在に行きついた。

 一瞬、適当な理由をつけて死罪を言い渡してやろうかとハリマンは思う。

 いや駄目だ。そんなものは暴君のやることだ。それにディアークが追放しなかったら自分とウェンディは出会っていない。だが無罪放免にするにはあまりにも理不尽な仕打ちで腸が煮えくり返る。何より今のウェンディはハリマンの婚約者だ。舐められてはたまらない。

 考えた末に、最近流行りの作家に、ある話をそなた名義で発表してくれと頼むことにした。



 ディアークは妻と子供達が夢中になっている物語に強い嫌悪感があった。

 その話は

『ある男が仲間の少女一人を仕事していないと追い出すが、実は冤罪でしかも男の勘違いだった。少女は後ろ指をさされながら街を出て、隣国で生計を立てる。しかし真面目で優秀な少女はすぐに頭角を現して王子様に見初められて結婚。少女を追い出した男は「あいつなら幸せになってくれると思っていた。謝りたいけど幸せになったんだし昔のことはチャラでいいよね」 としみじみ思っていた』 という話だ。

 ハリマンはヒットするように多少ステマもした。が、その必要がないくらい流行ってしまった。最後のツッコミどころのせいだろうか。

 男が実質何の罰も受けていないことで、少女ちゃん良かったねという感想よりもこの男は何様だという感想が多くなるのは仕方ないことだった。


「よくも私を追放したな! お前なんかこうだ!」

「わー痛い! ごめんなさい!」

「ざまあ見ろ! 正義は必ず勝つのよ!」


 長女と長男がそんなごっこ遊びをしている。それを心がずたずたにされそうな思いでディアークは聞いていた。最初のその話を見た時、自分のことを書いてるんじゃないかと思った。まさかそんなことはないだろうが……。

「……そういうの、やめなさい? ざまあみろなんて女の子が下品だし、一方的に男を悪者にしてるけど、男側にだって事情があったのかもしれないじゃないか」

 そう子供達に諭すが、いつも上手くいかない。

「だって流行ってるんだよ? やらなかったら仲間外れにされちゃう」

「パパの言う通りに友達にもそう言ったけど、濡れ衣着せたのは事実じゃんって皆言ってたよ?」


 そう言ってまた子供達はごっこ遊びを始めた。あの話があまりに人気が出て、最近はパチモンまで出版されて、その話には男が悲惨な末路をたどる話が追加されてるものだから、パチモンのほうが売れているなんて話もある。妻など原作とそのパチモンを並べて棚に飾っている始末だ。

「原作のほうもいいけど、やっぱり男が気に入らないからこっちも欲しくなっちゃった! 少女に復縁を迫ってバッサリ振られるところなんか何度読んでもスカッとする!」

「……原作者が男に罰は必要なしって判断してるのに、傲慢だよ」

「傲慢なのは勘違いで女の子を痛めつけたほうじゃないの。しかもそんなことやって一切罰されてないんだし。貴方一体どうしたの? 追放男に共感するところでもあるの?」


 もしかしなくても王子の婚約者はウェンディで、こうするように仕向けたのだろうか。だったら卑怯すぎるんじゃないか。

 やらかしたことでたまに思い出しては胸を痛めていたのに、やっと塞がりかけていた傷だったのに。


 ディアークはその話を嫌ったが、それを人前で口にすることは無かったので追放男のモデルなのではと疑われることは無かった。無かったが、一生そうだと知れたらどうしようと怯えながら過ごすことになった。これがハリマンの復讐だった。

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冤罪で追放した男の末路 菜花 @rikuto

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