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「……どちらも問題ないが、普段は俺以外の人間に触れられるのを嫌がる。常に俺が薬を飲ませられるとは限らないため、内服薬のほうが望ましいかもしれない」

「ならばモキシアですね。直接飲ませるか、スウォンツェ様の食事に混ぜ、若葉の季節から雪の季節――夏から冬の時期の間、月に一回一錠を飲ませてあげてください」

「わかった。他に気をつけることはあるか?」


 リュカからの問いに、今度はシュユが思考を巡らせる番となった。

 フィルアシス予防薬を飲ませる際に注意しなければならないことは、さまざまなものがある。

 けれど、その中でもっとも気をつけてほしいことといえば――やはり、これだろう。


「そうですね……飲ませる前は必ずフィルアシス症の検査を行い、感染していないことを確かめてから飲ませてあげてください。感染している状態で予防薬を飲ませてしまうと、体内で大量の小糸状虫が死滅してアナフィラキシーショックを起こしてしまうかもしれないので」


 シュユがそういった瞬間、リュカが再び顔を青くさせた。

 あまり怖がらせてしまうのも申し訳ないが、こればかりは絶対に気をつけてほしいところなのだ。

 幻獣の命を助けるはずの薬で、逆に命を奪ってしまうのは起きてはならない悲劇だ。


「滞在中の間、ピスタシェ様にはフィルアシス症の検査方法も覚えていただきたいと考えておりますので……ご了承くださいませ」


 そういって、シュユはベアトリスへ笑みを向けた――が、心境は笑顔どおりの優しいものではない。

 なんとしてでも検査方法を覚えてもらうし、フィルアシス症の治療もできるようになってもらうつもりでいる。

 言葉には出さなかったがうっすらそれを感じ取ったらしく、わずかにベアトリスが表情を引きつらせた。


「……覚悟をしておきます」

「ええ、どうかご覚悟を」


 けれど、ベアトリスならきっと問題なく覚えられるだろうと信じている。

 彼女はシュユのサポートとしてフィルアシス症の手術を目にしている――つまり、一度治療の現場を目にしている。

 フィルアシス症がどれだけ恐ろしい病であるかも理解しているであろう彼女なら、治療法も検査法も必死にかじりついて覚えてくれるはずだ。

 笑顔を浮かべたままシュユは一つ頷いた。


「では……以上で治療結果の報告は全てなので、これで失礼いたします。このたびは治療の許可を出していただき、本当にありがとうございました」

「いいや。こちらこそ感謝する。スウォンツェが助かったのはエデンガーデン嬢がいてくれたからだ。あなたがいなければ、あなたが過去に経験した病魔災害がセティフラムの地でも起きていただろう」


 その場合、きっとスウォンツェは助かっていなかった。

 星炎の神獣の地にとって、ホワイトレディは――シュユ・エデンガーデン・ルミナバウムは、一種の英雄といえた。


「……わたしの使命を果たすために選んだことですから」


 シュユの口元が緩み、リュカにも柔らかく微笑んでみせる。

 最後にリュカへ頭を下げたあと、シュユは彼とベアトリスに背を向け、出入り口に向かって歩き始めた。

 閉ざされた扉のノブに手をかけた瞬間。


「エデンガーデン嬢」


 背後で名前を呼ぶリュカの声が聞こえ、シュユはぱっと振り返った。


「……セティフラムの地にあなたの医院を開き、あなたの治療術を広めるというのは考えないのか?」


 ぱちり、ぱちり。二回ほど瞬きを繰り返す。

 ――ああ、これは彼からの提案だ。このままセティフラム領に滞在し、その腕を振るってくれないかという提案だ。

 少しの空白の時間を置いてから、そのことを理解する。


「……素敵なご提案をありがとうございます、侯爵様」


 そういった道も素敵だとは思う。

 だが――一つの場所に留まるのは、シュユの望みではない。


「ですが、助けを求める幻獣たちの声を聞き逃さないようにするのが、わたしとメディレニアの願いですから」


 笑顔を浮かべたままそういって、シュユはするりと執務室から出ていった。

 ぱたりとかすかな音をたて、執務室の扉が閉ざされる。

 しんと広がる静寂の中、執務室に残ったベアトリスが片手を口元に当て、くすくすと笑った。


「どうやら振られてしまったようですね、侯爵様」


 冗談めかした言い回しに、リュカも表情を緩ませる。

 椅子の背もたれに体重を預け、彼もまた、くつくつと肩をわずかに揺らして笑った。


「ああ。どうやらそのようだな。……残念だ、彼女がいてくれたら我が領地ももう少し安心して過ごせる地になると思ったのだが」


 ゆっくりと目を閉じれば、あの姿が浮かび上がる。

 ふわふわとしたミルクティー色の長髪、柔らかな榛色の目。

 白い外套を揺らして歩く少女の姿をじっと思い浮かべたのち、リュカはゆっくりと目を開いた。


「本当に――欲しくなってしまう令嬢だな、彼女は」

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ホワイトレディの治療術 神無月もなか @monaka_kannaduki

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