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 ふわふわとした柔らかなミルクティー色の長髪に、榛色の目。

 清潔感のある白いシンプルなドレスと同色の外套を身にまとい、大きなトランクケースを持って旅をしている少女。

 シュユ・エデンガーデン・ルミナバウムは、星樹を司る神獣と深い関わりがある家門、エデンガーデン辺境伯家に生まれた令嬢の一人である。


 現在はとある理由からエデンガーデン領を離れ、メディレニアと名付けた一角狼とともに流れの幻療士として生きており、各地を巡ってはさまざまな幻獣の治療を行ってきた。

 マスターがこちらのことを知っているような様子を見せたのは、その中で出来上がった噂を耳にしたのだろう――まさか、ホワイトレディだなんて二つ名をつけられるとは予想外だった。

 だが、そのおかげで怪しまれずにこうして治療に取りかかっても怪しまれずに済んでいるのだから、噂を流した誰かには少しだけ感謝したい。


「メディレニア、まだチアノーゼが起きるほど悪化はしていませんが、呼吸が苦しいのは確かだと思います。酸素の補給をしやすいように補助をお願いします」

「わかった」


 シュユの指示を受け、メディレニアが妖精犬の額に自身の角を触れさせる。

 瞬間、ほのかな光が妖精犬を包み込む。わずかな間を置いたあと、苦しげだった妖精犬の呼吸がわずかに楽そうなものへと変化した。

 メディレニアの種族である一角狼は、ユニコーンと狼系の幻獣が混ざったような種族だ。魔力が非常に高く、他の幻獣を助けるためにさまざまな奇跡を起こすことができる。


 その特技に注目して治療の際の手助けをいつも頼んでいるが、こういうとき、メディレニアを相棒に選んで正解だったと強く思う。

 心の中で感謝しつつ、シュユは取り出した薬をシートから取り出す。カプセル状の薬を二つ、妖精犬の口を開けさせて中に放り込んだ。


「嫌だとは思いますけど、どうか飲んでください。身体のつらさが楽になりますから」


 妖精犬の口を閉じさせ、開けられないように手で押さえる。

 突然見知らぬ人間に何かを飲まされたことに気づき、妖精犬が渋い顔をし、暴れようとする素振りを見せた。

 すかさずシュユがそう語りかけると、妖精犬がきろりと金色の目でシュユの顔を見上げてきた。


「……」


 しばしの間、無言で妖精犬と見つめ合う。

 暴れるか、納得してくれるか――わずかな緊張を胸に様子を見続けていると、やがて妖精犬がシュユから目をそらした。

 そして、少しの間を置いたのち、ごくりと妖精犬の喉が動いた。


「……!」


 納得してくれたかどうかはわからないが、無事に飲んでくれた――!

 ほっと安堵の息をつき、シュユは妖精犬の口元から手を離し、頭を優しく撫でた。


「ありがとうございます、飲んでくれて。具合がよくなるまでは頑張ってこれを飲んでくださいね」

「……わぅ」


 妖精犬と契約を結んだ相手ではないシュユには、妖精犬がなんと答えたのかわからない。

 けれど、なんとか頷いてくれたように感じられ、シュユの口元に安堵の笑みが浮かんだ。

 もう一度妖精犬の頭を優しく撫でてから、改めてマスターのほうを見やる。


「抗菌薬と気管支拡張薬を投与させていただきました。咳はそれほどひどくないようですが、もし激しく咳き込んでつらそうな様子を見せていたらこちらの鎮咳薬で咳を抑えてあげてください。運動させたり興奮させたりすると呼吸状態が悪化してしまいやすいので、リラックスできる環境で静かに過ごさせてあげてください」

「は……はい!」

「それから、これが今回投与したお薬になります。こちらの赤いカプセルが抗菌薬、白いカプセルが気管支拡張薬になります。一つずつ、毎食後に飲ませてあげてください。鎮咳薬と一緒にお渡ししておきます」


 そういって、シュユはそれぞれの薬をマスターに手渡した。

 複数あるうちのどれがどの薬なのかという説明も添えれば、マスターは何度も頷きながら必死に耳を傾けていた。


「わたしが施した処置も応急手当に近いので、後々この町にいらっしゃる幻療士の方に診てもらってくださいね」


 人と幻獣が手を取り合って生きているこの世界では、一人一匹幻獣を連れているといっても過言ではないほど、多くの人々が幻獣とともに暮らしている。

 故に、幻獣の病や怪我を治療できる幻療士は、人間の病や怪我を診る医師と並ぶほど重要な存在だ。

 よほどの田舎でない限り、一つの町につき一人ぐらいは幻療士が医院を構えていることがほとんどである。


 こんなに栄えている町なのだ、幻療士も一人や二人くらいいるだろう。

 そう予想をつけて言葉を発すると、マスターは再度こくこくと頷く。

 そして、大切そうにカプセル薬が収まったシートを握り、深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました! 本当にあなたがいてくれてよかった……ついにロッティも例の病気にかかったのかと不安だったが……例の病じゃなかったんだな、よかった……」

「例の病、とは?」


 後半は独り言のような声量だったが、マスターの傍にいたシュユの耳にははっきり届いた。

 例のと呼ばれるほどだ、知名度が高い病であることは間違いない。それとは違う病だとわかって安心したのであれば、危険性が高い病なのだろうか。

 脳内で考察するシュユへ、マスターは頷いてから答えた。

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