セカイノカラー

姫路 りしゅう

世界の色がおかしい

「大変だ、今朝から俺の目がおかしい」

「百万倍もおかしいんですか。それは大変ですね」

「メガじゃない、メガおかしいじゃない。目がおかしいんだ。見える色が変なんだよ」

 いつになく焦った様子のせんぱいが可愛くて、思わず茶化したくなったけれど、どうやらかなり深刻な症状のようで、あたしは姿勢を正す。

 詳細を聞いたところ、今日の朝から赤色と青色が反転して見えるらしい。

「朝起きてスマホの画面点けたら、壁紙が設定した覚えのないものになっててさ」

 せんぱいの差し出した画面を見ると、綺麗な青空を切り取った待ち受けだった。

 雲一つない綺麗な青空。

「いい待ち受けですね、鳥にでもなりたいんですか?」

「なんか馬鹿にされてる?」

 しかし、せんぱいの視点からその待ち受け画面を見ると、真っ赤な色をしているらしい。

「赤色は警告色って言うだろ、だからそれを見た瞬間飛び起きちゃってさ」

「それは災難ですね、確かに野生動物は警告色に敏感だと言いますし」

「ねえなんか馬鹿にされてる?」

 せんぱいの症状を聞いたあたしは、試しに道中にあるスーパーの野菜コーナーでトマトを指さした。

「んー、青く見えるなあ。これは、トマトか?」

「トメイトゥ!」

「オー、イッツブルゥ!!」

「ナイスワン!!」

「いや、ブルーだから! ダーツのど真ん中であるブルの話はしていないから、ブルに刺さった時に表示されるナイスワン!! のモノマネされても誰にも伝わんないから!」

「ダーツがわからない人にも配慮した解説ツッコミありがとうございます。面白い人ですね」

「さっきからちょくちょく馬鹿にしてるよなあ!」

 あたしはけらけらと笑いながら、持っていたノートPCを開いてWindowsの真っ青な更新画面を見せると、それは真っ赤に見えるという。

 反転しているのは赤と青だけで、色の三原色のもう一つである黄色は昨日までと同様に見えているようだ。

 色の三原色は正確に言うとマゼンタ、シアン、イエローだけれど、まあ赤青黄色ととらえても問題ないでしょう。

「ところで亜湖、そんなオレンジ色のコート持ってたっけ?」

「ん? 何言ってるんですかせんぱい、これは緑色ですよ。あたしが昨日着てたやつ思い出してください……ってああ、そういう風に見えるのか」

 色の三原色を思い浮かべる。赤と青が反転しているのだから、青と黄色で構成される緑色は、赤と黄色で構成されるオレンジに。

 そして赤と青のみで構成された紫色はそのまま紫色に見えているのだろう。

「早くお医者さんに行ったほうがいいとは思うのですが、検索しても類似症状が見つからないんで、病人に行っても解決するかどうかは怪しいですね。ひとまず今日一日は様子を見てみますか」


「なんか、思っていたよりは不便じゃないな」

 異常な視覚のまま何とか一日を乗り切ったせんぱいは、そんな風に身もふたもない感想を述べた。

「そうですねー。あんまり他人と色を共有することってないですもんね。困るのは赤いパプリカとって、って頼まれたときくらいですか」

「黄色いパプリカは黄色いままに見えるんだから困らねーよ。せめて赤と青の二種類が存在する例で示せよ。唐辛子とか」

「青唐辛子は青色じゃないですけどね」

 ちょうど渡ろうとしたタイミングで信号が青から赤に変わり、あたしは慌ててせんぱいの服を引っ張った。信号は直接赤と青が命にかかわるレアケースだからだ。

 青は進め。黄色はがんばれ。赤はワンチャンス。

 信号を待っている間、どちらともなく空を見上げた。

「……でも、せんぱいとこの夕焼けを共有できないのは、ちょっと残念ですね」

 そこには、真っ赤な夕焼けが広がっていた。

 まるで絵画を切り取ったかのような、思わず誰かに話したくなるような色。

 世界の綺麗な部分だけを集めたような空。

 この燃えるように赤い綺麗な夕焼けを、隣で一緒に見ていても、せんぱいの目には別の景色として映ってしまうのだろう。

「まあな。なんか青緑色だし、燃えるように、だとか綺麗、だとかそういう感想は沸かないな」

「……」

 それを思うとすごく切なる。

 誰かと共有したくなるような景色を、大好きなせんぱいと共有しているのに、二人で見ている景色は違っているんだ。

 目頭が熱くなってきたのは、綺麗な夕景のせいか、この真っ赤な空を一人で見ていることへの寂しさのせいか。

 信号が変わる。

「それにしても今日は寒いな。亜湖、コーヒー飲めたっけ? カイロ代わりにもなるし奢るよ」

 そんなあたしの気も知らないで、せんぱいは道沿いの自動販売機の前で止まり、お金を入れてボタンを押した。

 『つめた~い』方の。

「あっ、せんぱ」

「うわ、そうじゃん。無意識に赤い方のコーヒー買っちゃったけどこれ冷たい方だ。すまん」

 その照れたような顔が愛しくて、あたしは冷たいコーヒーの缶ごと、無邪気に笑うせんぱいの手を包み込んだ。

「……どうした?」

 例え世界が違う色でも、この温もりは、共有できるから。

「なあ亜湖、大丈夫か? なんか顔色悪いぞ」


「……ばーか。なんでもないですよ」

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