そのプレイヤーキャラは俺の妹 ~俺に妹はいないはずだけど?~

恵ノ神様の信者

帰ってくることができたら、叱られるから



 俺は勉強する行動自体は嫌いではない。

 嫌いだとするなら、勉強している時にそこはかとなく思い浮かぶ妄想というか、何か煩悩のようなものが頭にまとわりついて離れないことが嫌だ。

 読んでいた小説の一説の「if」をとりとめもなく考えたりすることもある。

 今日は人魚姫のことをつらつらと考える日だったようだ。

 妹である人魚姫の命を助けに姉の人魚たちがナイフを届けにきて、裏切った王子を殺すようにと言う。

 あれは姉だったから成り立つ話なのかもしれない。世の中の物語には兄が妹を助けるケースはあるのだろうか。

 なぜだろう。遠く離れて困っている妹を兄が助けるような話を読んでみたくなった。


 妹という言葉を聞くと心の中をざわっと風が揺らして通りすぎるような違和感に首をかしげる。

 二次元の世界の中にだけ存在するような、都合のいい妹に憧れているわけではない。元々自分は妹属性よりは年上の女性が好みだし。

 俺には妹がいないのに。なぜかその現実が、間違っているような気がしてならなくて、自分が変だ。


 ようやく課題の数学が全部解き終わった。

 ずっと下を向いていたので首が凝っているのに気づく。どうやら集中しすぎていたようだ。


「……飽きた」


 現在高校二年の自分は、来年の大学受験に向けて、人より努力している方だと思う。

 真面目に授業を受けて、自宅でもそれなりに勉強をして――。

 しかし、全ての時間を勉強に捧げるようなことはできない。

 かといって、青春を捧げて部活動に邁進している人もいる中に気楽にクラブに入るのは人として気がひける。

 そんな自分が、時間つぶしと気分転換に携帯アプリのゲームに手を出したのは当たり前だっただろう。


 はまっているというほどではない。なんとなく、だ。


 いつも使っているダウンロードサイトから、よさげなものをピックアップして、あまりにも出来が悪かったり宣伝だらけだったりしたら即削除。

 そんな感じで思い入れなく、ライトに楽しんでいる高校生は自分だけではないはずだ。

 新しいゲームは入ってないだろうかと、さっとスマートフォンの画面を撫でて、自分好みのものを探す。

 自分がよくやるのは音ゲーと言われる音楽に合わせてキーを押したり、シューティングゲームといった、敵の爆弾を避けながら飛行機を撃ち落とすようなゲームだ。

 スクロールしながら見ていったが、目を止めたのはそのどちらもないロールプレイングゲームだった。

 いわゆる自分が誰かを操作してその世界平和を守ったり、魔王を退治したりするようなあれだ。


「……無料ならやってもいいか」


 そう思いながら、【なんとなく】【適当に】目についたそのゲームの画面をタップした。







********







 最初は空気が重いのだと思った。

 しかし違う。私は呼吸をしていない。硬質な青に閉じ込められていて、体が動かせない。

 目が見開いた状態で綺麗だなあ、と思うのに、まばたきを私はしていない。体が人形のように動かせないのに、意識だけが無駄に覚醒して周囲の様子がわかる。

 

 唐突に体を動かせるようになり、私は床に崩れ落ちた。

 体がまるで瞬間移動したかのようにぶれて地面に落とされたのだ。

 

 そして私はすぐに気づいてしまった。今、自分が動かしているこの体は自分にそっくりなのに、この体は自分のものではないのだと。

 目の前にある青く長細い正八面体を見れば、まるで美しい宝石のように青く透き通った大きい結晶の中に私の体が存在しているのだ。

 そちらの方が本物なのだと直感してしまった。気づきたくなかったのだけれど。


『お目覚めかね、お嬢さん。いや、オカヤマ・サラさん……かな?』


 突然声が響き、驚きに体を揺らしてしまった。偽者の体のくせに、こういう反射は存在しているんだなぁと、どこか冷静な頭がそう判断する。


 

「……誰?」


 平坦な呼ばれ方で、一瞬、自分とわからなかったが岡山紗良なら私だ。

 それは直接頭に声が響いている感じ。言うならば鼓膜を直接震わされているようでひどく不快な感覚だ。警戒しながらも、このままではいられなくて相手に問い返す自分は、我ながら豪胆だと思った。

 目の前に浮かぶのは『もや』としか言いようのないもの。青白いオーロラのような光のうねりが表れた。どうやらそれが自分に話しかけているようだった。


『なるべく君に通じやすい言語範囲で話すが、君が生きていた世界、生きていた時代に直接当てはまる単語がない時は、説明が冗長になるかもしれない。申し訳ないね』


 それは気遣ってくれているようだけれど、すでに冗長という言葉の意味が分からないし、何を言っているのかもわからない。とりあえず話を聞こうと黙ったままでいた。

 どうして自分はこんなところにいるのだろう。誘拐されたのだろうか。それにしても異常すぎる。何かの犯罪に巻き込まれたのだろうか。そう思いながら、目の前をじっと睨みつける。


『誘拐……というのは間違ってないかな。でも犯罪に巻き込まれたというのは違うと思う。君がいた世界が干渉していることではないからね』

「!?」


 なにも話してないのに私の考えが読めるの!? と驚いたが、口もない存在が自分に話かけているのだから当たり前かとも思い直した。

 これでは迂闊なことが考えられないじゃないの。プライバシーの侵害だよ。

 あと、なんかさりげなく変なことを言っている。君がいた世界とか。当たり前のようにそんな厨二的ワードを使うこの存在はなんなんだろう。


『君がここにいるのは、君ら“素材”が持つエネルギーを私たちが欲しいと思ったからだよ』

「は?」

『君たちの世界に住む人間はエネルギーにあふれている。その中でも特別エネルギーを持っている存在を我々は“素材”として我々の世界との間に世界に呼び出して、そのエネルギーを与えてもらっているんだ』


 なんか思ったよりぶっとんだ話だったようだ。違う世界から自分の世界が一方的にエネルギーのかっぱらいが表れているらしい。


「それって奴隷を誘拐して強制労働させているのと同じじゃん!!」


 世界史かなんかで習った人類の負の歴史を思い出す。いや、相手は人間ではないからその感覚はないのかもしれないが。


「なにそれ、私、そのままここに閉じ込められて、エネルギーを吸いつくされるの!? 奴隷というより家畜?!」


 だから身動きが取れなかったの? と目の前の青い物質の中の自分の体を見る。幸い裸ではなく、自分がここに誘拐された時に姿なのだろう、セーラー服を着ている。


『それは違うかな。我々が欲しいのは君の感情が持つエネルギーなんだ。怒ったり泣いたり笑ったり……そういうものが持つエネルギーが我々の糧になるんだ。だから、君と取引をしたいと思う』

「人を誘拐して一方的に搾取しようとしているくせに何を偉そうに……!」


 思わす唇をかみしめてしまい、あれ、この体、自分の体じゃないのに痛覚があるの?と思ってしまった。

 どんどんこちらの体が自分の体だと思いそうで怖い。


『君には冒険をしてもらう』


 さらっとなんかどこかで聞いたことのあるような言葉を吐く「もや」。

 冒険というのはあれか? ドラゴンを倒すとかいうあれか?

 一瞬のうちにさまざまなシーンを思い浮かべた私を『ちがう、違う』と否定するそれは、どこか人間くさくてうすら気持ちわるい、


『冒険と言ったのは、やってもらおうというのが君の世界でいうゲームに近いかなと思ったからだ。しかし、そのゲームをプレイするのは君ではない』


 ごめん、ちょっと何言っているかわからない。


「私が冒険するのに、私のゲームではないの?」

『そうだ。君のその体は本体ではないというのはわかっているね? 本体はこちら。このクリスタルの中にある体だ。君は君の世界のとある人がリンクしたことで現れた、ゲームのための存在でアバターなのだよ。だからその人が君を用いたゲームをクリアしたらこの本体の体に君を戻し、元の世界に帰らせてあげる。帰りたいというエネルギーが一定以上我々に与えられたら、それ以上君から得られるエネルギーは不要になるからね』

「いらなくなったらポイ、ってことね」


 最悪なゲームだ。これもデスゲームみたいなものなのだろうか。できるだけ情報を搾り取ろうと宝石の中の自分を指さして問いかける。


「なんでこの体のままじゃダメなの?」

『君がいた世界の君はもう失われている』

「それって死んでいるってこと?」

『そうではない。存在自体がなくなっていることになっているんだ』

「え!?」


 もやが言っている意味がわからなくて固まってしまった。 


『繰り返すことになるが、ここに来ている時点で君という存在は確かに消えているのだが、君に対して一定以上の関心や感情を抱いていた存在のみが、この本体の君にアクセスできるんだ』


 どうしてだろう。指がないのに、もやに自分が指さしされたのがわかった。


「私の体なのに、私じゃダメなの?」

『君の体は元の世界のものだから、元の世界にいる人しかアクセスできない。今の君の体はこのクリスタルの中の本体から派生しているアバターだ。君がいた世界の誰かが君がいないことに気づいた瞬間、アバターである君が生まれたんだ』

「存在を失っているはずなのに私を覚えていてくれた人がいたの?」

『たまにそういうことが起きる。一人だけでなく、複数そういう人がいた場合でも、その中で最もその感情値が高い人間が、君と繋がることができる。……君の場合は、君の兄のようだ』

「はぁ? 圭吾?」



 その相手が思いがけなさすぎて、声がひっくり返ってしまった。







***********





 RPGはあまりやったことがないので、最近の流行はわからない。

 無料でできるアプリゲームなのに、こんなにちゃんと作りこまれているんだなぁと驚きつつ、色々と設定を打ち込んでいた。

 まず、名前とどのような容姿をしているかを入力するらしい。


「そうだな、サラ、にしようかな」


 新たにゲームを始めた時にデフォルトで名前が入っていない場合は、その時に好きな動画配信者やVチューバ―の名前をとると決めていた。

 なのに、ふと浮かんだ名前はまったく関係のない名前。

 そしてそれでいいや、と自分のルールを曲げることに違和感を感じなかった。


 ベースとなるキャラを選択し、そして容姿も様々に変えられるようだ。

 まるで何かに導かれるようにパーツを選んでいく。

 

 年齢は15くらい。髪は黒髪で少しちぢれていて、目はたれ目。

 ほくろの位置まで設定できるようなので、顎に置いた。背は低めにしよう。


「……なんか俺に似てるか? それとも母ちゃん?」


 身長180近くある自分だから、自分が女装したらこんな感じという感じではないが、なんとなく面差しに見覚えがあるような気がしないでもない。

 不思議なこともあるもんだ、と最後に服装にセーラー服を選択して、キャラメイクを終わらせた。







*****





「なんで圭吾なの!?」



 私と兄は仲がいいというわけではなかった。特別に仲が悪いというわけでもないとは思うけれど、こういう時に選ばれるような特別な存在であると思えないのに。


「なんでお母さんとかアキラじゃないの……?」


 自分を産んでくれた母と付き合い始めたばかりの彼氏の名前を挙げる。

 あの人達の方が、自分に執着して、元の世界に招き戻してくれるような気がするのに。

 もやもやしたその形がなぜか笑ったような気がした。そんな質問をしてくる自分がおかしいと思ったのだろうか。


『選ばれるのは相対的な縁の強さなんだ。母性や恋心とか思いの中身は関係ない。人と人の縁。相手への縁の強さが全て。君がいうところの兄という存在が選ばれたのは、彼が君に一番縁が強かったから。それだけだね』


 エンが強いって……相場かよ!


 親子の縁とか恋人の縁の方が絆のようなものは強いような気がするのだけれど、どうもそういう感覚ではなく、感情の強さのようなものの方が優先されるようだ。

 この世界に自分を召喚した存在が欲しいというのは、私たち人間……地球というか、現代というか、あの私がいた世界の人間の持つエネルギーらしいから。


「それって妹に対する怒りの可能性も?」

『大いにありうるよ。怒りだったり憎しみも執着という縁であるからね』


 直前になんかあったっけ、とも思うが、甘いものが欲しくて冷蔵庫にあったコンビニの冷やし焼き芋を勝手に食べたことを思いだし、恨まれている可能性の方が高いと頬がひきつる。



「このままゲームを放棄したら、私は二度と元の世界に帰れないんだよね?」

『そうだ』


 それなら、新しい人を連れてくるだけだから、それでもかまわないよ、と。

 感情をエネルギーに変換する世界の存在だというだけあって、人の心が通じないようだ。


「わかった。やる」


 遠い場所でゲームだと思って自分と繋がっただろう兄を想う。


 私は冒険の旅に出よう。

 これから起きるのがなんの冒険で、どういう内容なのかさっぱりわからないけれど。

 そして兄が私に強い感情を持っていた原因が勝手に盗み食いしていたことだとしたら、帰って謝って怒られよう。

 彼には悪さをしても謝れば許してくれるだろう、という甘えがあった。


 そう思える関係は良好な方ではないだろうか。

 そう思うと、なんだかとっても兄に会いたくなった。





**********************



 うーん、まるでタイプではない。

 見ても心がときめかない。

 もっと麗しいキャラメイクをすべきだった。


 ゲームを起動し、サラを見る度にそう思ってしまう。

 こういうゲームで女の子を選ぶとしたら、自分の理想の存在を選ぶものではないだろうか。

 

 そう思いつつも、ついついゲーム画面の中で、ちまちまと動いてモンスターを倒し、精霊と呼ばれるパンダを集めては新しい記憶の欠片なるアイテムをゲットするサラを見守ってしまう。

 安全思考の自分にしては、ちょっと強引なプレイングをして、サラを何度も瀕死にさせている気がして申し訳ない気持ちにもなったが。


 さすがに授業中にゲームをすることはないが、最近では休み時間や通学途中でもずっとサラのクエスト画面を見ているし、なんならゲームを開きっぱなしにしているので、充電がみるみる消費されていく。


「圭吾、なんのゲームしてんの?」


 ずっとスマホ中のゲーム画面を見続けている自分に、声を掛けてくる友人にも、生返事で応える始末だ。


「んー、パンダクエストってやつ」

「パンダ?」

「ああ、この世界には精霊がいて、それがパンダの姿してるんだよ」

「なんじゃそら。夢中になってるみたいだけど、そのゲーム面白いのか?」

「地味だけどなんか面白いぞ」


 どちらかというと、達成感や爽快感を楽しむよりサラを成長させる育成ゲームのような気がしてきているが。


 ふーん、と言いながら友人はさっそく調べているようだが首をかしげている。

 

「圭吾がいってるやつ、言われたところになかったぞ」


 俺もやろうと思ったのに、と口を尖らせている。


「えー? 規約違反とかで運営が削除したのかな」


 そんなやばい内容ではないと思うが。アップされている動画がすぐに削除されるのなんて当たり前なのでゲームでも同じことが起きててもおかしくはないだろう。


「変なウィルス入っているかもしれねーから、早く消した方がいいんじゃないか?」

「んー大丈夫だろ。ウィルスソフト起動されなかったしさ」


 心配そうな友人を考えすぎだよと笑い飛ばし、俺は気にしないことにした。





********************




「いったぁ……」


 ゲームで傷ができても魔法一発、薬一本で全回復というのはお約束だが、現実では体だけでなく心にもダメージを負ってしまう。

 恐怖心は挑戦しようとする気持ちを折っていくものだ。

 圭吾がゲームだと思っていることは、サラである自分にとってはリアルだ。

 スライムと戦うのも現実、精霊を召喚するのも現実。

 その精霊がなぜかパンダで、しかも人の言葉を話すものがいるのには驚いたし、関西弁を話すものもいたりするのはなおさら驚いた。


「ちょっと無理しちゃったな……」


 ゲームを進めていくと、それにつれて圭吾と通じあい、繋がっていくのがわかった。彼にとってはたかがゲームキャラだろう自分なのに、圭吾が心配してくれているのもわかる。


「なんかおかしいのよね……圭吾、そういう性格じゃないのに、私と繋がる時間が増えてる気がするの」


 自分を冒険の旅に引っ張り込んだ『もや』は常に私の傍にいる。もやはゲームでいうところのメニュー画面みたいなものなのだろうか。

 自分の冒険が進んでいるということは、その分、兄がゲームをしているということだ。

 兄の性格は真面目で、ゲームをするのは好きだったようだけれどあくまでも趣味の範疇。休みの日にずっとやり続けるような人ではない。

 こんなに早いテンポでゲームが進んでいるということは、生活を犠牲にしていないだろうか。


『ゲームにログインする時間が長くなっているんだろうね。彼が君をコントロールしているように見えて、実は君が彼をコントロールしているんだよ』

「へ?」

『元の世界に帰りたいという君の気持ちが強すぎると、君のプレイヤーもこのゲームをするようになるんだ。ゲームを通じて君のお兄さんは繋がっている。君を思い出すように動かされている。彼はサラというプレイヤーを通じて魔物を退治するだろう。その魔物はありし日の君の持っていたぬいぐるみの形をしていたりする。君を操作することで、彼は君との思い出を拾い集めていく。君という妹がいたことを思い出す。その謎を解きたいという欲は、ゲームをクリアしたいという欲に似ていないか?』

「…………」


 帰りたいことは帰りたいけれど、誰かを犠牲にしたいなんて思っていない。このままでは兄は体を壊しかねない。

 自分の気持ちの問題なのに、どうしたら止められるのかわからない。

 そして、自分の中の浮かんだ疑問をもやにぶつけたのは、帰りたいという気持ちから目を背けるためだったかもしれない。


「ねえ、すれ違っただけの相手が縁ということもありうるよね……」

『そうだね』

「すれ違った人との思い出って言われても、そんなの覚えている人いるの?」


 私の場合は相手が兄だから、兄妹として過ごしていた思い出はある程度深く根付いているだろうが、そうでもない人も同じ状況に陥る可能性があったはずだ。


『何を相手が強く認識しているかはわからない。しかし、なにかと反芻していることもあるんだよ。全然違うタイミングでね。例えば、君が何気なく見ていたマラソンの中継。走る選手の後ろで観客の誰かが転んだのをたまたまテレビがとらえたのを君が見ていて、朝のジョギングの度にそれをなんとなく思い出していたりすれば、君とその転んだ人の間に面識はないのに、君の中でその知らない誰かは強く関わる存在になっている』


 異世界の存在の口からマラソン中継という言葉が出ると思わなかった。


『繰り返していることで思い出を強化している。何度も繰り返し過ぎることで美化したり、変質したりもするが強さは基本的にその人のことを考えていた時間に比例している』

「変質しすぎたらどうなるの!? 思い出が美化しすぎて本人ではないと思ってしまうことだってありうるんじゃ……」

『そうだね。そうしたらクエストは失敗。クリスタルは砕けるよ』


 クリスタルが砕けるということは、本体が失われるということ。

 そのことを『もや』は今まで教えてくれなかった。意地悪とかそういう意味ではなく、彼の常識では当たり前だったのか、もしくは大したことではなかったのかもしれない。


『君のお兄さんが手にしたゲームをクリアするのを諦めること、そして君という存在を本当の意味で忘れたり興味を失うこと、それが君がゲームオーバーになる条件だ。そうでない限り、君には帰るチャンスが与えられるんだよ』


 慰めのようでいて、まるっきり慰めていないもやの言葉はあくまでも他人事。無責任な言葉の数々に沈黙した。



「…………」


 自分のこんな感情は彼らの糧になるだろうから、絶対にこの感情に囚われようと思っていなかったのに。

 でも我慢ができなかった。


「ふざけるなあああああ!!!!!」


 この世界にきて初めて、私は怒りのあまりに絶叫した。






**************






「あー、くそ、ねみぃ……」


 連日の夜更かししてのゲームがたたっているようで眠い。ともすれば寝落ちしてしまいそうになる。授業中もいいかげんやばかった。

 しかし、なぜだろう。最近は毎日、わくわくが止まらない。

 宝探しというより、かくれんぼをしていていつ見つかるかドキドキしている感覚に近い。

 

 今まで17年生きていて、何かにはまるという経験がなかった。

 なんとなく過ごしているのに近かったのに、ようやく自分が“生きている”という実感がわいたような気がする。

 楽しくてならない。

 何かに没頭している人はこんな感覚なのだろうか、と早く自分の生きがいに出会えた人達を羨ましく思った。


 授業が終わり、当たり前のようにスマートフォンを取り出した時。



――お兄ちゃん、確かに帰りたいけど、無理しないで




「……?」


 声が聞こえたわけではない。

 しかし、確かに何かを感じた。


「……なんだろ、寝ぼけてんのかな」


 飽きっぽいというわけではないけれど、ゲームに関しては広く浅くするタイプの自分にしては、このゲームのプレイ時間はすでに最長記録だ。

 没頭しすぎて生活の中心になっているともいえる。

 親には何も言われていないが友人には遠巻きにされている気がする。


「……圭吾、お前、ゲーム、はまりすぎじゃね? 無理すんなよな」

「そんな顔に出てる?」

「なんかやつれてる……」

「いやー、なんとなくサラが気になっちまってさぁ……」


 うっかりそういってしまったら、げ、と顔を歪められた。確かに自分がやっているゲームの世界を現実に口に出してしまったのは単なる痛い人だ。


「お前、そんなオタクみたいなとこあったっけ?」

「オタク?」

「二次元キャラを俺の嫁っていうような、さ」

「それはないな」


 彼が言いたい内容を察してきっぱりと否定する。


「自キャラは嫁にしたい感じではないし、そのあたりを混同はしてない。なんつーか、昔から面倒を見ていた近所の子の成長を見守っているような感じ」

「感性がじじくせえ……」


 ほっとしたような態度に、失礼さは感じるが、友人は自分のことを思ってくれているのもわかる。

 しかし、いくらなんでもゲームのキャラは二次元だ。

 そういうのを恋愛対象にするような性癖は自分にないし、そもそもサラはそういう自分の恋愛感情をそそらせるようなキャラクターではない。


「お兄ちゃん、か……」


 先ほどの空耳を思い出して繰り返す。

 遠い昔に誰かにそう呼ばれた気がする。そしてそれが当たり前だったようなくらい、自分はなじんでいた。

 一人っ子だから上の子ならではの理不尽さを味わったはずはない……それなのに、冷蔵庫を見る度になぜか殺意がわく。その理由がわからなくてずっと悩んでいる。

 甘いものが好きな自分はコンビニでたまにおやつを買う。

 買ったスイーツを冷蔵庫にしまっておけば、残っているのが当たり前で、それ以外のことがあるはずがないのに。

 なぜかなくならないスイーツに違和感を感じてしまう。


「……そういえば、お話の世界のお兄さんは、妹を助けるんじゃなくて守ってるんだよな」


 唐突にヘンゼルとグレーテルの話を思い出した。

 なぜか妹を助ける話を読みたいと思った時に思い出せなかったことだ。

 妹、という言葉に悩まされているのは、ここ最近も変わっていない。いや、考える頻度はますます増える一方だ。

 ゲームのせいではないはずなのに、ゲームをするようになってから多くなった気がするのは気のせいだろうか。


「そうだ。兄は妹を守るもんなんだよな」


 ヘンゼルとグレーテルでは、最初の困難はヘンゼル兄さんの知略で乗り切ったが最後の方は妹のおかげで助かった。兄妹はお互いで助け合う。

 それは自分もきっと同じだ。

 相手がどこにいようと関係ない。遠く離れていても全力で守る存在、それが妹だから。

 そして自分たちはお互いを助け合う。


「……待ってろな」 


 それがどういう理屈なのか、自分にはわからない。しかし、助けを求める存在がいて、相手が自分をそう呼ぶのならそうなのだろう。

 スマートフォンを立ち上げれば覚えるほどに見たオープニング画面が開かれる。

 どうすれば正しいエンディングになるのかは知らないが、自分ができるのは続けることだけだ。

 自信を持ってなんかいないが、ようやく納得がいった気がしながら、スタートボタンを押した。



「兄ちゃんがいつか、助けてやるからな」




【了】

***************

後日、内容追加する可能性あり。

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そのプレイヤーキャラは俺の妹 ~俺に妹はいないはずだけど?~ 恵ノ神様の信者 @meguminokamisama1

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