第5話 私は、あなたを選びたい その2
どうにか樹さんに助けてもらいながら、入国ゲートを通り過ぎると、いっきに空気が変わった。5度前後の気温の国から、一気に常夏にやってきたのだと、実感した。
樹さんは、スマホで誰かに連絡を取り始めていた。
この間に、トイレに行ってきても良いだろうか。すっかり頭から抜けていたが、この後、樹さんのお知り合いの方に会うのだ。そして私は今、顔がぐちゃぐちゃになっている。
直せるものなら、直したい。いくら私でも、人並みに清潔感ある顔で、ご挨拶をしたい。
「樹さん?私ちょっとトイレに……」
そう尋ねた時、樹さんの電話がちょうど終わった。
「ついてきて」
そう言った樹さんは、化粧品や制汗シートが入っている私の荷物も、一緒に持って、歩き始めてしまった。私は急いで後に続いた。
「ゆ、優花……大丈夫?」
樹さんが、心配そうに覗き込んでくる。だけど、私は、動くことができない。
「はっはっはっ!随分可愛らしいお嬢さんだな」
体型的に、とても親近感がある素敵な白髪と白い歯をお持ちのおじさまが、お腹を揺らしながら大爆笑をしている。だけど、私は、お辞儀ひとつすることができない。
何故かと言うと……。
「こら、マナ。離れなさい。ユーカさんがびっくりしているよ」
「ヤダヤダヤダヤダ!離れない!」
黒髪に、大きな目、ハワイの子だと明らかにわかる焼けた肌、そして……こちらも体型的に親近感がある、ぽっちゃり美少女が、力一杯私のお腹を抱き締めてきているから。
「アロハ!ユーカ!私マナ!9歳!私あなたの大ファンなの」
ちょっと何を言ってるかは分からない。でも、女の子にファンと言われて、気分が悪くならない人間はいないだろう。誤解を恐れずに言えば、可愛い女の子は、私は大好きだ。被写体になってもらいたい。
が、しかし……だ……。
「ぐっ……ぐるじ……」
「ゆっ、優花!こらマナ、離れなさい!」
マナということは樹さんの娘か……と、センチメンタルな気持ちになるのが、もしかすると普通なのかもしれない。が、正直それどころではなかった。
彼女があまりにも力強く私を抱き締めてくるので……肺が潰れそうになっていたから。
「ユーカ、はい、あーんして」
「あ、あーん……?」
「美味しいでしょう?マナ、絶対ここにユーカを連れてきたかったの!!」
どうしてこうなってしまったのか。
空港から、白髪のおじさまの車に乗せられてやってきたのは、日本にも数多くの支店がある有名パンケーキ屋の本店だった。今回のハワイ旅行で、ぜひとも行きたいと、樹さんにリクエストをしていた場所ではあった。
私の目の前には、SNS映えばっちりで有名な、生クリームたっぷりのパンケーキが並べられており、私は真横に座るマナちゃんに、食べさせてもらっていた。
「ねえ、ユーカ、写真撮ろう!!一緒に写って!」
樹さんとのツーショットはさりげなく拒否することができたのに、彼女との自撮り会は力づくで進められた。
ちなみに、テーブルの反対側に樹さんとおじさまが並んで座っており、樹さんの視線が、ちくちくと痛かった。
(も、もう無理……入らない……)
日本のお店よりも、ずっとボリューミーなパンケーキ。それを、時差ぼけ炸裂の頭で死に物狂いで完食した。
食後のコーヒータイムになってからようやく、おじさまや樹さんとの会話ができるようになった。
「ははは、すまんねー。ユーカさん。うちの孫が」
「い、いえ……」
「改めて、私はケビンだ。よろしく」
「よろしくお願いします!」
「そして、そこにいる……って!こら!何をしているんだ!」
「動画撮ってるの」
いつの間にか、少し離れたところに立っていたマナちゃんが、スマホで撮影していた。
「ユーカさんとイツキの動画を撮るのはなしだと、あれほど言ったじゃないか」
「大丈夫よー加工するから」
「そういう問題じゃない!」
「くそじじい」
ハワイっ子もくそじじいなんて言うのか、とつい感心してしまった。
「ていうか、ダディさー」
今度は、樹さんの体がびくっとなった。もう、マナちゃんが樹さんの娘さんであることは、明らかだった。
「父の日に送ったネクタイピン……ちゃんと使ってくれてる?」
「あ、ああ……」
「本当に?」
「……ああ……」
「やったー!」
声は笑いながらも、マナちゃんはスマホ画面をいじっていた。どうやら早速動画の加工を始めているようだった。短い動画をアップロードする、若い子がよく使うSNS用だろう。
そんなマナちゃんを横目に、樹さんは、頭を抱えて肘をテーブルにつけた。
「い、樹さん……?大丈夫ですか……」
私が尋ねると、樹さんが私を見て
「…………言いたいことがあるなら、言ってくれ」
まるで死刑宣告でも待つかのような表情で言った。
「すごく元気な……娘さん……ですね」
私がそう言うと、樹さんは、今までで1番長いため息をついた。
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