第4話 乗り越えられると思ったんだ、君がいてくれるなら その3

 手土産に選んだのは、優花が喜びそうな可愛いスイーツ。予想通り、優花は、満面の笑みで受け取ってくれた。

 それは、俺にとって救い。いつかの謝罪のための、賄賂。優花に、もっと俺を必要として欲しいという、俺の欲望を叶えるための道具。そんなケーキを美味しそうに頬張る姿に、胸が痛んだ。

 だからだろう。ちょっとしたトラブルで、優花に押し倒される形になった時、俺は我慢ができなかった。抱きしめて、キスをしてそれから……彼女の全てを手に入れたくなってしまった。彼女の意思はお構いなしに。

「ごめん……優花」

「え……?」

「変なことしないようにと、思ってた。でも……」

 俺は、止められなかった。心の奥底に無理やり押し込んだ俺の不安と、隠されていた優花のプライベートに触れたという喜びが、俺の興奮を掻き立てたのかもしれない。

 もっと、触れたい。もっと、欲しい。

 理性で堰き止めようとしても、本能があっという間に上回る。ふわふわで、優しい花の匂いがする彼女の肌は、俺を虜にする。

 彼女が俺を受け入れてくれているという好意に甘えて、もっと彼女の秘密を暴こうとした、そんな時だった。急に真っ暗だったテレビ画面が、色鮮やかになったのは。

 エメラルドグリーンが広がっていた。

 それは、悲しみと苦しみにもがき苦しんだ俺を受け入れた、ハワイの海だった。

「ご、ごめんなさい……!」

 優花が、急にパニック状態になった。無音だった室内に、急に想定外の音が流れたからだろう。このまま進めていたら、俺は彼女の体を確実に奪っていた。それくらい、自制が効かなくなっていた。そんな自分の暴走を止めたのもまた、ハワイの海とはなんて皮肉なんだろう。

 目に見えない何かの力を、俺は信じていなかった。ただ、ハワイにいた過去、そういうものと触れる機会も多かったこともあり、完全に否定することはできないとも、思っていた。

だからだろう。

 ハワイの海が、俺の行動を止めた事は、きっと意味がある。お前には、その資格がないと、言われている気がした。

「今日は、これ以上はやめよう」

 断腸の思いで優花の体から、そっと離れた。それで、今の俺から優花を守ろうとした。

 だけど困ったことに

「だっ……だって……私の体が……その……」

 と、優花は自分を責める。

 いつも、そう。優花は、必ず何か起きると、自分のせいだと謝る。客観的に見て絶対に優花が悪くないとわかることでも。

 せめて、この誤解だけはすぐに解きたい。例え、どんなに恥ずかしい事を言ったとしても。

「俺は、君を早く抱きたいと思ってる」

 こんなたった一言で、顔を真っ赤にさせる可愛すぎる優花への欲望が膨れ上がる。それと同時に、重くのしかかってくる、俺の過去。

 橘の事が、特に気がかりだった。いつ、奴が優花に接触をしてくるか分からない。

 今日、優花の家の最寄駅で俺を待っていたくらいだ。優花の家まで、もしかしたら掴んでいるのかもしれない。

 でも、まだ仮説の段階で優花に事情を話したところで、無闇に怯えさせるのも本意ではない。

 幸い、優花は自宅で仕事をしているため、平日の外出機会はほとんどないと聞く。

 せいぜい、仕事終わりに買い出しに行くくらいらしい。

 土日は俺が守れば良いとして……平日に極力1人で外出させるのは止めさせた方が良いだろう。


 それでも、どこかで漏れる可能性は、0ではない。

 あの子の事を知っているのは、ごく一部だけだったはずなのに、橘はどう言うわけか知っていたからだ。

 つまり、秘密はどんなに取り繕っても穴があり、予想もしない形で明らかにされてしまうということなのだろう。

 どうするのがいいのか、本当の正解は分からない。だけど、俺の過去が他人から優花に伝わるくらいなら、ちゃんと自分で伝えるべきだろうと、覚悟を決めるしかないと悟らされた。


 優花は、テレビに写っているハワイの映像に釘付けになっている。

 行きたいか、と聞いてみた。

「行けるなら……」

 遠慮がちに言ったが、特にハワイのスイーツ特集のコーナーで目を輝かせていたので、興味があることはしっかり伝わってきた。

 優花に、ハワイを見せたいという気持ちがないと言えば、嘘になる。ハワイは、俺の人生を変えた場所。悪い意味でも、いい意味でも。

 あの時ハワイに行かなければ、もしかすると優花まで辿り着くことはできなかったかもしれない。それくらい、俺を救ってくれた土地だ。そしてあの子も、あの人もいる。

 自分勝手なのは分かっている。だけど、過去を全て懺悔した上で優花に俺を選んで欲しい。生涯を共にするパートナーとして。もう、優花以外の女性を選ぶなんて、考えられない。

 優花の誕生日はクリスマスイブ。聖なる夜に、聖なる土地の力を借りて、俺は人生を賭ける覚悟を決めた。

 優花と会わない平日は今まで以上に頻繁に連絡を取り、常に彼女の状況を確認した。

「何か、おかしなことはないか」

 毎回必ず確認してしまうので

「一体どうしたんですか?」

 と返されてしまったこともあった。まさか本当の事は言える訳はなかったので

「優花が心配で」

 こう返すのがギリギリだった。優花は、最初は俺の説明に納得がいかない様子だったが、俺が繰り返し心配していると伝えると、最後には

「わかりました」

 と返事をくれた。 これで俺は安心しきっていた。

 だから、俺に嫌われたくないという理由だったからとは言え、彼女が俺に嘘をついていたと知った時は、とてもショックだった。

 ただ。ショックだったのは、彼女に嘘をつかれたという事実だけではない。彼女が俺を、どんな些細な事であるとは言え、嘘をつかないといけない存在だと、思われていたことにもだ。

 彼女が、俺に全てを委ねても良いと思えるほどには、俺を信用していないという証だから。

 皮肉だ。俺自身は、優花に全てを曝け出すのを怯え、1度は隠そうとした。その上で、結局他人の介入により、真実を伝えざるを得ない状況になってしまった。

 覚悟は決めたつもりだったけど、その日が来るのを怯えている。そんな男だ。にも関わらず、優花には、俺に全てを見せて欲しいだなんて……。

 きっとこれから俺が、彼女に与えるショックは、こんなものじゃないだろう。

 俺の側にいて欲しい。それ以外、何も望まないから、どうか俺を捨てないで。恥ずかしい本音だ。でも、もしも。全てを告白した上で、優花が俺を拒絶してしまったら?

 俺は、もう1つの覚悟もしないといけないだろう。そんなことを考えながら、俺はあの人に連絡をした。

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