第3話 信じられると、ようやく思えたのに…… その11

夕飯は、樹さんが宅配サービスで頼んでくれた、ダイエットにも良さそうなヘルシーなメニュー。そのおかげもあり、久々にしっかり食事をすることができた。栄養が、体に入り込んだからか、私の体調はすっかり良くなっていた。

「健康が、何より優先だから」

 私が食べるのを躊躇う度に、怖い顔で樹さんに言われたので、逃げられなかった……というのもあるが。

 体重が減るのが嬉しかったし、そのためなら食事を抜くのも頑張れると思ってた。だけど、こうして樹さんと一緒にご飯を食べて

「美味しい」

 と言い合えるのが、とても幸せだと思ってしまったので

「樹さんとご飯食べるの、好きだなぁ……」

 などと後先考えずに、呟いてしまった。すると、樹さんはくすりと笑ってから、ぺろりと私の口元を舐めてからこう言ってきた。

「俺は、優花が幸せそうに食べているのを見るのも、好きなんだよ」

 脳みそが沸騰するかと思った。

「さっき、ありのままでって言ったけど、1つだけ、君に変えて欲しいことがあるんだけど」

 樹さんに私の家まで車で送ってもらってる間、急にそんなことを言われた。

 何だろうと思っていると、樹さんは私の服を指差した。

「黒い服を、できればあまり着ないで欲しい」

 この樹さんからの指摘で、私は改めて、樹さんと会う日は黒い服ばかり着ていたと言うことに気づいた。

 どうして樹さんは、そんなお願いをするのだろうか。私が不思議に思っていることに、樹さんは気づいたのだろう。


「君には、もっと明るい色が似合うと思う」

「いや、それはちょっと……」

 今更この体型で、かつ40にもなる年齢で明るい色を着るのには抵抗があった。

 だけど樹さんは譲らなかった。その結果、次の週には服を買うためのショッピングデートに連れていかれ、ピンクや黄色といったパステルカラーの洋服が、樹さんによって買い与えられてしまった。

 自分には似合わないと思っていた、可愛らしい洋服の数々に眩暈がしそうになったが、試着室から出ていく度に

「可愛いよ」

「素敵だ」

 と、繰り返し樹さんが褒めてくれたおかげで、ほんの少しだけだが明るい色に挑戦してもいいかも、と思えるようになった。そんな自分に再会できるなんて、夢みたいだと思った。

 だからこそ、私は頭の片隅で考えてしまう。樹さんの秘密は、知りたくない、と。

 樹さんは言っていた。私に秘密を言ってしまえば、私が樹さんから去る決断をするかもしれないと。

 だったらいっそ、知らない方がずっと良い。知らないままで、いさせて欲しい。自分がどれだけ臆病者かを、思い知らされた。

 そんな私だからだろうか。神様は、私に大きな試練を与えてきた。お前なんかに耐えられるはずがないと、嘲るように。


 今日は12月22日。

 私は、樹さんとの待ち合わせのために、羽田空港のロビーにいた。

 樹さんの知り合いのおかげで、無事にハワイ便のチケットと泊まる場所を手に入れたとのことだった。

 期間は12月22日〜26日まで。しかも、最終日は現地時間で私の誕生日になるので、樹さんがとっておきのホテルを予約してくれたと教えてくれた。

 初めての海外旅行がハワイで、しかも好きな人と2人きり。それに例の約束もある。年甲斐もなく、浮かれてしまっていた。

 さらにもう1つ。12月に入ってから、私にとっては奇跡とも言えることが起きた。なんと、派遣先から切られて、一時的に仕事が無くなるだろうと覚悟していたのだが、なんと逆に正社員への登用の打診があったのだ。

 まさかこの年になって、正社員になることができるなんて。良いことが起こりすぎるとなにが起こるか分からないと、頭の片隅では分かっていても、嬉しいものはいくつになっても嬉しいものだ。

「樹さん、まだかな……」

 浮かれた気持ちを抑えられず、ついついスマホを見てしまう。今の時刻は16時過ぎ。樹さんとの待ち合わせは17時だったのだが、楽しみのあまり少し早く来てしまった。

 なので時間潰しのために、久々にスマホの恋愛ゲームをしていた。

 昔ほど熱中できない自分に気付き、そっとスマホの画面をスリープ状態にした時だった。

「あら?森山さん?」

 思い出すだけでも蕁麻疹と吐き気が出そうになる、嫌と言うほど知っている声が頭上から聞こえた。嫌な予感がしながらも、恐る恐る顔を上げると

「あらあ、こんなところで何をしていらっしゃるの?」

「美夜子、このブタ知り合い?」

「ええ、うちの会社に来てる派遣さんよ」

 明らかに高いものをつけていて、少々下品な雰囲気を醸し出している、整髪料とタバコの臭いが混じった男性に肩を抱かれ、いかにも女優さんが身につけそうなツバが広い帽子と、セクシーさを際立たせる露出が高い洋服を身につけた……あの佐野さんが……仁王立ちで私を見下ろしていた。

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