ナマハゲが、来る!

◎◯

第1話

「おにいちゃん! きょう、ナマハゲがくるって!」


 それは、もうすぐお正月になろうとしている12月31日の夜のことだった。


 妹の日和ひよりがボク--風月ふうがに、そう言ったのだ。


「……ついに、来るか!」


 夏休みに入ると同時にここに引っ越して来たボクたち兄妹にとって、この日、初めてナマハゲの襲撃を受けることとなる。


「ナマハゲって、なにしにくるの?」


 ボクは日和のこの問いに、戸惑った。はたして真実を伝えていいものか?


 告知。それは非常にデリケートな問題を孕む。


 ガン患者を持つ家族は、本人にその真実を伝えるべきかどうかを悩む、と聞く。


「……日和、ナマハゲは悪い子を探し出して連れて行くためにくるんだ」


 暫しの逡巡のあと、結局ボクは日和にそう伝えた。知れば恐怖心を煽ることになるかも知れない。だけど、知ってさえいれば何か対策が打てるかもしれない。


 なにも知らずにただ運命に身を任せる行為は戦うことへの放棄とその魂への冒涜だ。ボクはこの小さな妹を信じた。いや、信じたいと思った。


 諦めさえしなければ必ず光明が見える--なんて甘い考えを抱いたわけではないが、少なくとも足掻くことくらいはできるはずだ。子供にだって、意地はある。


「なんだぁ。だったらあんしんだね」


 日和はまるで雲間から顔を覗かせた太陽のような笑みを浮かべ、そう言った。


「だって、あたしたちなにもわるいことしてないもん」


「…………そうとも限らない」


 眉根を寄せながら、そう答えたボクに日和は、


「どういうこと?」


 と、再びその表情を曇らせた。


「ナマハゲの中に『攻撃的ヴィーガン』がいるかもしれない……」


「こーげきてきびーがん……て?」


 日和は小首を傾げてそう言った。知らなくても無理はない。日和はまだ四歳になったばかりだ。三つ上でしかもSSR神童と呼ばれたボクの知能と博識には遠く及ばない。いくらボクの妹と言えど、だ。


「日和、攻撃的ヴィーガンってのはね、肉を食べる人を許せない人たちだ」


「え、なんで? なんでおにくたべちゃいけないの? なにをたべるかはわたしたちのかってでしょ!」


「ああ、だが、攻撃的ヴィーガンにそんな理屈は通じない。自分たちが肉を食べるのが嫌いだからって、他の人たちにも肉を食べさせないようにする人たちなんだ」


「おにくたべたくないんだったらじぶんたちだけそうすればいいじゃん! なんでわたしたちにまで……」


「それが、攻撃的ヴィーガンなのさ」


「そんな…」


「……日和……唐揚げ、食べたか?」


「たべたよ! だっておいしいもん!」


「ハンバーグは?」


「だいすきだよ!」


「ボクもだ。だからひょっとしたらボクらはナマハゲに狙われるかもしれないんだ」


 日和の両目に大粒の涙が光り出した。


「なんで……なんでこどもをねらうの? おとなだってたべてるじゃん!」


「日和……正義の味方を気取る奴らは決して自分より強い奴とは戦わない。常に自分たちより弱い者しか叩かないんだよ!」


「そんなの……ひきょうじゃん!」


「そうだ。だが奴らは自分の正義を信じて疑わない。だから敵と見做した者にはどんな酷いことだってできるんだ」


 呆然とした双眸が力なくボクを見つめている。そして暫しの沈黙の後、日和が口を開いた。


「……なんで。なんでパパはこんなところにひっこしちゃったの? ここにこなければナマハゲなんかにあうこともなかったのに」


「日和……パパは……派閥争いに敗けたんだ」


「はばつあらそい?」


 パパの会社は社長派と副社長派に分かれていた。この争いは副社長派の勝利に終わり、社長派だったパパは島流しの憂き目にあった。


「だったらパパだけくればよかったじゃん! パパはおとなだからナマハゲにおそわれないんだから!」


「……日和、そんなことを言うもんじゃない。ボクたちは家族じゃないか。パパが苦しいときはボクたちも一緒に苦しんであげよう。そうすれば、きっとパパの苦しみも少しは楽になるはずだ。それに、もう忘れたのか? あの、夏の日のパパがしてくれたことを……」


 ここに引っ越してきてすぐ、日和は仲良くしていた友だちたちに会えないと知り、泣くに泣いた。元々友だちがいなかったためダメージが0だったボクと違って妹の悲しみはいかほどだったろう……ボクはそんな妹が不憫でならなかった。


 それから数日後のことである。


「夏祭りをしよう!」


 と、笑顔を湛えたパパが、買ってきたばかりの、三本の水鉄砲、家庭用プール、花火、キャンプセット等をボクらに見せた。


 水鉄砲といっても片手に収まるチャチなものじゃない。両手で持つライフル型のものだった。ボクたち子供の力でもかなり遠くまで飛ばせる強力なやつだ。


 ボクたち家族は水着に着替えて庭に出た。引っ越してきた家はボロ屋だったが、かなり広く、庭まで広い。始めてきたときには妹と二人で家の周りを何周もして笑い合ったものだ。


 しかも、周囲に家は無く、ここに来るまでの道も一本道なので、ほぼほぼ我が家専用の道だ。どんなに騒いだって近所迷惑にはならない。


 パパは広い庭の中央にプールを置き、水を溜めた。しばらくそこで水を掛け合いながら遊んだのち、パパとボクたちの戦いが始まった。


 最初こそ渋々付き合っていた妹だったが、ボクが考えた最強の『プランA』でパパをプール付近まで追い込み、その中に追い落としたときには兄妹二人して膝を叩いて大いに笑った。あんなに笑ったのは生まれて初めてだったかもしれない。


 そのあとママが用意してくれたBBQでボクたちは存分に食べて飲んだ。ママも大好きな赤ワインを呑んで機嫌がよかった。


 そして、夜も更けたころ。ボクたち一家の花火大会が始まった。


 オープニングは打ち上げ花火。


 闇夜の空に咲いた七色に輝く火の花。


 30連発のそれに日和は目を丸くして驚いていたが、自分もやりたいとパパから100円ライターと打ち上げ花火を奪おうと必死だった。


 パパも必死にそれを阻止。そんな姿を見てボクとママは大笑いをしていた。


 そして、ボクの中に一つの提案が生まれた。


「ねえパパ。その花火打ち上げるのやめにしない?」


「ん?」


 どうしたんだ? とパパが目で問いかけてきた。


「それ、来年までとっとこうよ。来年の夏もまた花火大会しようよ」


 パパは「ん〜」と少し考えたのちにこう言った。


「いいね、それ!」


 結局、この花火は日和に見つからないように家の中に隠した。この場所はパパとボクの二人だけの秘密だ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎた。


 ボクはこの夏休みの思い出を一生忘れない。きっと、日和も。


「……パパ、おもしろかったね」


「ああ、いつも怒ってばかりいるママもな……」


 暫し、僕らは思い出の余韻に浸った。それはとても心地よい、何度でも戻ってこれる、心の奥に点いた、決して消えることのない灯火だった。


「ねえ、おにいちゃん」


「ん?」


「にげよう! ふたりで!」


「逃げるって……どこにだ?」


「……えっと……」


 ボクが問うと日和は言い淀んで、口を噤んだ。


 たしかに今夜のナマハゲとの遭遇を躱せば少なくとも来年のナマハゲ襲来まで一年の猶予ができる。アイデアとしては悪くない。が……。


 我が家の立地に問題がある。


 ここは学校や幼稚園へ車で送り迎えしてもらっているほど人里から遠く離れている。しかも夜間の雪道。ボクはまだしも日和が耐えられるとは思えない。


 周囲はといえば、柵こそあれ、切り立った崖。断崖絶壁ってやつだ。実質逃げる道は家正面の一本道しかない。


「風月〜、日和〜」


 考えのまとまらないボクを呼ぶ声がした。パパだ。その声を聞いて、日和がパパに向かって駆け出した。


「パパ! ナマハゲがきちゃうよ! こーげきてきびーがんだったらどうしよう?!」


 攻撃的ヴィーガンのくだりでパパは小首を傾げたが、笑いながら日和に答えた。


「そうか、じゃあ隠れてなさい。お風呂場なんていいんじゃないかな? まだお湯も張ってないし」


「わかった! そうする!」


 そう言うが早いか、日和は今度はお風呂場に向かって駆け出した。ボクは歩いてあとを追う。


 お風呂場に着くと、その中に日和の姿はなかった。あるのは蓋のしてある風呂桶だけだ。ボクはその風呂桶に近づき無言で蓋を捲った。思ったとおり日和はその中に身を潜めていた。


「ここなら、バレないよね?」


 秒でバレてんだが……


「いや、ここはまずい。逃げ場がない。ここまで侵入を許した時点で敗けがほぼ確定になる」


「じゃあ、どうしたらいいの?」


 日和の眼に涙が溜まり出した。


「おいで、他の場所に隠れよう」


 ボクは日和の手を引いて風呂場から出た。そして、信じ難い光景を見てしまった。


「ねえ、ナマハゲさんのご飯ってこんな感じでいいのかな?」


「うーん、いいんじゃない? 上手にできてるよ」


 なんと! ママがナマハゲのためのご飯を用意していた! しかもパパも同意の上らしい。


「どういうこと? おにいちゃん?」


 日和は不安げな声でボクに訊いた。


「あれは……ストックホルム症候群シンドロームだ」


「すとっくほるむしんどろーむ?」


 1973年。スウェーデンの首都ストックホルムで人質を取った立て籠り事件が起きた。そのとき実に奇妙な現象が起こった。なんと、人質が犯人に協力する行動を取り始めたのだ。中には犯人への好意だけにとどまらず、信頼や結束にまで至った者もいた。


 この実例からつけられた心理学用語がストックホルム症候群だ。


「じゃあ、パパとママは……」


「ああ、もうナマハゲの仲間と考えたほうがいい。さっきの風呂場だってわざと逃げられない場所に行かせたのかもしれない」


「……そんな」


 日和の眼に大粒の涙が溢れ出した。無理もない。目の前で親が自分を売る姿を見てしまったのだから。


「……日和。逃げるのはやめだ」


「え?!」


「戦うぞ!」


 日和は不安そうな顔でボクを見つめた。


「プランAだ。覚えているよな?」


 そう言った途端、日和の眼に涙以外の輝きが見てとれた。戦う光。戦士の目だ。


 あの夏の日、パパに圧勝した日。ボクは日和の心に絶対的な信頼を植えつけることに成功した。


「……かてるん……だよね?」


「当然だ!」ボクは日和に微笑んだ。あの日のように。


 ボクは日和に向かって敬礼した。


「これより、ナマハゲ迎撃戦を始める!」


 日和も見事な敬礼でこれに答えた。



 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



「あれ? ママ、玄関の消毒液がもう空だよ」


「え〜? ごめん、補充しといて」


「了〜解!」


 パパとママの呑気な会話が家の外にまで聞こえてくる。


 その反面、戦闘準備を終えたボクと日和はそれぞれの配置についていた。防寒対策にも抜かりはない。もうすっかり雪にも慣れてしまったボクたち兄妹。雪上でも充分に戦える。


 そのまま待つことおよそ五分。


 我が家に続く一本道が徐々に明るくなってきた。エンジン音が聞こえる。車のヘッドライトだ。下から坂を登ってくる。


 ボクは日和に『待機』のハンドサインを送った。日和も『了解』とサインを返す。


 パパかママの知り合いの可能性もあるし、囮の可能性も捨て切れない。あれをナマハゲと断定するのは時期尚早といえよう。


 坂を登り終えた車は我が家の駐車場スペースで停まった。白い軽自動車だ。ボクは首から下げていた双眼鏡で運転席を見た。目の前に巨大化された顔が拡がった。


 ナマハゲ……ではなかった。人間のおじさんだ。


 ホッとしたような拍子抜けしたような弛緩した空気が漂う。


 おじさんはポケットから取り出したスマホを操作し、耳に当てた。誰かに電話している。その時--。


 家の中から着信音が聴こえた。


「はい、あ、部長」


 パパの声だ。おじさんのリアクションとパパの会話を聴く限り、この二人が話していることはほぼ間違いない。


 部長と呼ばれたおじさんは地声が大きいようで、パパのスマホからその声が聞こえてくる。


「あと5年……いや3年だけ我慢してくれ。そうすれば必ず君だけは本社に戻すから」


「私だけ?! それでは部長は……」


「……僕はここに骨をうずめるつもりだよ」


「だったら私も!」


 部長はウインドウガラス越しに優しい笑みを浮かべた。


「なに言ってるんだ。君はまだ若い。チャンスは必ず作る。どう活かすかは君次第だ」


「…………部長」


「気にしないでくれ。ご存知の通り、僕は身軽な独り者だ。こちらで家族を作るのも悪くない」


 どうやらパパは早ければあと3年で東京に戻れるらしい。そして--。


 --部長さん。いい人だな。


 冬の夜空の下、ボクは身体の真ん中が温かくなった気がした。だが、その気持ちは思いもよらぬ早さで裏切られた。


「そうそう、子供たちは居間にいるのかな?」


「いえ、言われた通りお風呂場に行かせました」


「そうか、じゃあそちらに向かうとしますか」


「はい、玄関の鍵を開けてお待ちしてます」


 ボクは自分の耳をを疑った。


(言われた通りお風呂場……だと?)


 まさか……。


 悪い予感とは何故にこうも当たるのだろう?


 部長は助手席から何かを取り出し、被った。


 --ナマハゲ……だと?!


 それは大きな赤い仮面と稾で出来たミノだった。そして--。


 ギラつく巨大な包丁。


 これはもうストックホルム症候群なんてチャチなものじゃない。


 本社復帰と引き換えにボクたち兄妹を部長に引き渡す、人身販売だ。


 そして、その責任を全てナマハゲに押し付けるつもりだ。


 ボクの心の中を虚しい風が通り抜けた。それはパパとの思い出を連れ去り、儚くも消えていった。


 --あの優しいパパが、なんで……。


 仕事ってなんなんだろう。出世ってなんなんだろう。そんなに大事なものなんだろうか? 長年連れ添った家族よりも……。


 車からガチャリと音がした。ドアを開ける音だ。


 ボクは大きく吸った息を、長く、長く吐き出した。


 --心を乱されるな!


 尚も息を吐き続ける。


 心が乱れれば作戦実行の支障となる。


 ナマハゲに化けた部長が車から降りた。包丁を片手玄関に向かってくる。


「悪いごはいねがー! 泣くごはいねがー!」


 部長は口調を変えた。偽装工作だ。近所の人などいないのにご丁寧なことだ。なぜその情熱を他には向けられなかったのか?


「悪いごはいねがー! 泣くごはいねがー!」


 --覚悟を決めろ!


 今この場で自分と日和を守れるのはボクたち自身しかいない。


 頼れるのは自分たちだけなんだ。


 恐れるな! 進め! 前に!


 心の底で眠っていた勇気が漸く目を覚ました。


 ボクは日和にハンドサインを送った。


 高く掲げた三本の指。それをナマハゲ部長の歩みに合わせて一本ずつ折る。


 3、2、1--今だ!!


「悪い子--」


 そう言った部長の胴体にボクのライフル型水鉄砲が水を噴いた。日和のは仮面に。


 十字砲火クロスファイア


 玄関に向かってまっすぐ向かってきたナマハゲ部長に対してボクと日和はそれぞれ家の両側から射線を交差させ、見事に命中させた。


 二人とも腕は落ちていなかった。ナマハゲ部長はあっというまにびしょ濡れになった。


「な、なんだぁ?!」


 ナマハゲ部長の間の抜けた声。


「んん? この臭いは?」


 気づいたようだ。そうでなくては困る。その消毒用のアルコールの臭いに。


 日和は命中と同時に家の裏に隠れた。作戦通りのいい動きだ。ここから先はボク一人で勝負を決める!


 ボクはライフルを投げ捨て、隠れていた場所から身を躍らせた。目指すは玄関の前。つまり、ナマハゲ部長の進路の正面。


 ここで迎え撃つ。いや、追撃する!


 ボクはナマハゲ部長に向かって切り札を向けた。


 既に火をつけてあるそれ・・に気づいた瞬間、ナマハゲ部長の身体がビクついた。


「花火?! アルコール塗れのこの体に?! ちょっ! ちょっ!!」


 ご名答。だが容赦は、しない!


「当たれぇ〜〜ッ!! 打ち上げ花火30連発!!」


 タイミングはバッチリ。ボクの掛け声が終わると同時に手元の花火が火を噴いた。甲高い音と共に高速で飛翔した火球がナマハゲ部長の胴体にクリーンヒットした。次の火球も、次の火球も……。


「な、な、やめろーっ!」


 ナマハゲ部長は大慌てで背中を向けて逃げ出した。そこに火球が何発も当たる。


「ぎゃーっ!」


 慌ててるようだが心配は要らない。ボクのライフルはただの水だった。胴体にいくら当てようが引火はしない。


 第一、ボクまでアルコールを扱ったら逆にボクが引火して自爆しかねない。そんなミスをボクがするものか。


 ナマハゲ部長は停めていた自分の車の横を通り過ぎて、唯一の逃げ道--一本道の下り坂を慌てて駆け降りようとして……。


「うわーーーーッ!!」


 と、叫びながら転げ落ちていった。


「おにいちゃん、ナマハゲたおしたの?!」


 ナマハゲ部長の断末魔が聴こえたようだ。いつの間にかボクの隣に日和がいた。


「ああ、ボクたちの勝ちだ!」


「さすおに!(さすがおにいちゃん!)」


 日和は両手に持ったライフルを高く掲げたまま、何度も大きく飛び跳ねた。ヤッター! ヤッター!


「ボクらにかかればこんなもんさ」


「だよね! おにいちゃん!」


 ボクたち兄妹は軽く拳を合わせた。


「なにをやってるんだッ! お前たちッ!!」


 背中からの声にボクら兄妹は同時に背すじをビクつかせた。パパの声……だと思う。いつもと口調と温度が違う。何となく背すじがゾクゾクする。


「部長〜〜ッ!!」


 パパはボクらの横を通り過ぎ、大慌てで雪だるまになりつつあるナマハゲ部長を追いかけていった。


「……風月。……日和」


 さらに後ろから声がした。


 ママの声だ。ガチギレしているときの。


 ボクらは恐る恐る後ろを向いた。途端、体が凍りついた。


「あんたたちぃ〜」


 そこには、ナマハゲが……いや、ナマハゲなんかよりももっともっと怖い、ママの姿があった。



 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 幸い、パパと部長へのボクの誤解は解けた。


 そして、ナマハゲはそんなに悪い奴じゃなかった。


 ナマハゲは働かない怠け者を諌めるための存在だった。


『勤労』と『思いやり』の二文字を決して忘れぬよう、子供の魂に深く刻みつける教育法といったところか。


 ボクの思い込みのせいでナマハゲにとんでもない風評被害を齎すところだった。


 そうそう、風評被害といえば……。


「風月、日和、忘れ物はないか?」


「うん、全部カバンと段ボールの中に詰めたよ」


「……また、ともだちいなくなるの?」


 ボクと日和のやった行為は話に尾鰭がついて『鬼兄妹の住む家』としてこの地に広まった。


「さあ、じゃあ出発するぞ」


「はーい」


「……はーぃ」


 ボクたち一家は冬休みが終わる前に、また引っ越すことになった。引っ越し先は東京。前に住んでいた所だ。


 パパはあれからすぐに会社を辞めた。


 部長さんはそこまで怒っていなかったけど、部長さんのお嫁さんになる予定の人が激怒したそうで、この地にも会社にも居づらくなったみたいだ。


「ま、やっちまったもんはしゃーない。次に活かそう」


 ママは明るくそう言った。


 パパの運転で車が走り出した。


 ボクは決してあの日のことは忘れないだろう。


 そして思った。


「勝っても負けることってあるんだな」と。


 長く、長く続く一本道を下りながら。




 Fin

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ナマハゲが、来る! ◎◯ @niwakazuma

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