1.戸棚の中から出てきたものは

 三月末。

 引っ越しシーズンである。

 どこにこのごみの山が埋まってたんだよ? と首を傾げたくなる季節がやってきた。

 俺、こと山越海人(やまこしかいと)はS町のごみ処理場で粗大ごみなどの解体をしているしがないバイトだ。山だか海だかよくわからない名前だが、この名前のおかげで最初は笑ってもらえる。小さい頃は嫌だったが大人になったらそれなりに覚えてもらいやすい為、これはこれでいいと思っている。

 それはともかくこの時期は粗大ごみがとても多い。俺は主にそうやって持ち込まれた粗大ごみの家具の、修理や手入れをしている。まだまだ使えるのにもったいないって家具は多い。でも田舎の家なんかだと箪笥とかも大きくて重いから、修理しても売れなさそうなものは解体することになっている。判断をするのはS町から委託を受けて販売している業者だ。

 その日、引っ越しするからと持ち込まれたある戸棚を見ながらその業者が呟いた。


「これは……うーん、解体かな」

「まだ使えそうですけどね」


 町の職員がため息をついた。


「量産品の安いのは、新品の方が売れるからねぇ」

「そういうもんですか」

「ただ、まだキレイだから町のバザーに出す分にはいいかもしれないね」


 そんなことを業者と町の職員が話していた。


「町のバザーか……山越君、これって直すのにどれぐらいかかりそうかな?」


 職員である内田さんに声をかけられた。俺より年配のおっさんである。


「うーん……特に欠けとかも見当たらないんで、中見て汚れとかなければ外側磨くだけでいいんじゃないですかね」


 まぁまだざっとしか見てないからわからないが。


「午前中に作業が終わるようだったら、バザーに出してもいいんじゃないかな。山越君はどう思う?」

「……出して売れなかったらどうするんですか?」

「その時はまた考えるよ」


 内田さんはもったいない精神の人だ。まぁ気分的に処分したくないってのはわかるけどな。

 俺は戸棚のガラス戸を開けたり、引き出しを出したりして中を確認することにした。中の損傷が激しかったりしたら解体するようである。まぁ中の損傷が激しいなんてことはめったにないのだが。

 そうして、その戸棚もいつも通り修理される予定だった。

 戸棚の中に何もいなければ。

 下の段の木の扉を開けた時、何か黒っぽいものが見えた。


「ん? なんだこれ?」


 軍手をしっかりはめていることを確認して手を伸ばした。


「内田さーん、この書類、ハンコがないんですけど~」


 ちょうどその時、事務棟から女性のパートさんが駆けてきた。


「え? どの書類?」

「鳥、か?」

「あれ? 山越さんどうしたんですかその子?」


 手で掴んで出したものは、黒っぽい羽の生えた生き物のようだった。死んでいるのかどうかはわからなかった。


「これ、どうします?」


 死んでいるなら処分するようだろう。その場合俺が書類書くのかなとか思った。ぐったりしているそれは鳥のようだった。それなりにずっしりしている。カラスとは違う、黒は黒でも緑がかったような羽である。目は閉じていて、その目の周りは黄色い。そして嘴も黄色かった。


「死んでるの、かな?」

「鳥って……仮死状態とかにもなるって聞いたことがあるので、動物病院に連れていきませんかっ?」


 パートの女性が鳥を見て食いついた。


「あ、ああ……」


 確かに死んでると思って処分しようとしたら、なんてことになったら寝覚めが悪いしな。


「仮死状態だったらできるだけ早く処置してあげないと……」


 女性が泣きそうな顔をした。


「えーと……」


 この場合はどうしたらいいだろうかと思ったら、内田さんがため息をついた。


「生きてたらこの戸棚を持ってきた人を調べないとね。本山(もとやま)さん、山越君と一緒に動物病院に行ってきてくれるかな? 僕は戸棚を捨てにきた人を調べておくよ」


 どうやらこの戸棚は持込ごみらしい。女性―本山さんは肩からかけていたショールを取り、慌てたように鳥を包むのに使ってほしいと言った。


「汚れますよ?」

「いいんです。もし、死んでいたとしても可哀想だから……」

「優しいんですね」


 俺は苦笑して鳥をショールに包ませてもらい、動物病院へ本山さんと一緒に向かうことにした。


「うん、寒さで仮死状態になってたんだね。虫とかもついてないし、キレイなもんだよ」


 動物病院の院長だという白髪頭の木本医師はにこにこしながらそう言った。


「でも戸棚の中に入ってたんだって? 飼ってたんだろうに、ひどいことをするなぁ……」


 医者は難しい顔をした。


「これって、野生の鳥じゃないんですか?」

「全然違うよ。この鳥は日本では生息してないしね」


 俺は本山さんと顔を見合わせた。


「え? ってことはわざわざ買ったのにってことなんですかね?」

「多分密輸だね。だってこの鳥、絶滅危惧種だし。商業目的の取引は可能だけど、輸出国からの輸出許可証なんて取ってないと思うよ。そもそも繁殖だって難しい鳥だし、弱ったなぁ……」

「「えええええ」」


 それなのに戸棚の中にいたって、いったいどういうことなんだろう。


「いらなくなったんだろうな。まだヒナなんだけどねぇ」

「え? けっこう大きかったですけど、あれでヒナなんですか?」


 俺が持ったかんじかなりずっしりしてたぞ? 多分15cmか20cmぐらいあるんじゃないか?


「うん、ミヤマオウムっていってね、オウムの中ではかなりでかくなる種類なんだよ。雑食でなんでも食べるし、すごく頭がいい子なんだ」

「へえ……」


 そのミヤマオウムは籠の隅に縮こまるような形で留まっていた。余程怖い目に遭ったのかもしれない。


「じゃあ、戸棚の持ち主を探しても……」

「多分処分してくれと言われるだろうね。絶滅危惧種だから処分なんてできないんだけど、どうしたものかなぁ……どっかの動物園に頼むにしてもうちじゃ預かって二日ぐらいだしねぇ」


 医者がため息混じりに言う。疑問が湧いた。


「なんでですか?」

「運動が必要なんだよ。それなりに広い敷地とかないと難しいんだよね。オウムだから、慣れれば放し飼いにしても飼主のところに戻ってくるんじゃないかな」

「そうなんですか」

「ま、とりあえず今日のところはこっちで預かるから、役所の方で確認してきてね~」

「わかりました。ありがとうございます」


 頭を下げて、俺は本山さんとごみ処理場に戻ったのだった。




ーーーーー

国外から生き物を持ち込むには本来検疫が必要です。生き物は検査のための係留期間があります。

詳しくは動物検疫所の「ペットの輸出入」をご確認ください。

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