人欲-16

 アイに会いたいか会いたくないかと訊かれれば会いたいが、接触してまた傷つけてしまうような気がして、なかなかメッセージを送れずにいた。


もう終わるかもしれない。付き合いはじめてまだ1ヶ月も経っていない。情けない。



 確かにアイは、わたしが景雪に対して抱く負の感情をすべて理解してくれた。


同じ分の重さを彼女から受け取っていない。それで恋愛関係が成り立つはずがない。頭で考えればわかる。



 スマホでレズビアン風俗のサイトを眺めた。きょうは「ちょこ 23歳」が空いている。この子とは1回したことがある。


好きなひとの体を知ってしまったら、好きじゃないひとで体を慰めることに対する興味は薄れつつある。


でももはやアイのことさえ好きかどうかもわからなくなってきた。



 レズビアン風俗のサイトを見るのをやめた。その代わりにメッセージアプリの「友だち一覧」を眺めた。


友だちじゃないひとがほとんどなのにその名称は皮肉だ。



「ミヤマ」の3文字を見つけ、指を止めた。



 わたしたちはべつに喧嘩をしたわけではない。わたしの気持ちを景雪は知らない。だから携帯のメールアドレスが変わったら景雪のほうは律儀に連絡してきたし、メッセージアプリを始めたら登録お願いしますと言ってきたのも景雪のほうだ。


わたしが同級生に「親切」をばらまいたのと同じように、景雪はわたしにそれを返してくれただけ。



 もう絶対一生会うことないと思っていた。会わなくてよかった。


ずっと深山景雪の名を持った空想の敵であってほしかった。


「ミヤマ」のアイコンをタッチするとウルトラマンのアイコンが大きく表示された。彼のホーム画面の背景の画像はどこかの雪景色だった。



「音声通話」のボタンを押す。完全に勢いだった。



「え、もしもし? ほのかちゃん?」



「景雪、久しぶり」



 ちゃんと景雪と呼ぶことができた。



「忙しいところごめん」



 景雪くらいの小説家が忙しいかどうかわたしにはわからない。



「ううん、大丈夫だよ。どうしたの?」



 わたしの声がデータとして変換され、どこにいるかわからない景雪に届く。



「この前顔見たら、懐かしいなって思ったから、よかったらご飯行かない? わたしは今週、平日は19時以降なら毎日大丈夫だし、土日は終日予定ない。場所は景雪の都合のいいところでいいよ」



「え、ほんとに?」と彼の声は喜びに満ちていた。わたしは感情を殺して話すのがやっとだというのに。



「ちょっと確認してまた連絡する、でいいかな?」



 忙しいじゃん、と思いながら「突然ごめんね」と言って通話を切った。



 死にそうなくらい、鼓動が速い。そして寒い。一気に体温が下がった。そのくせ、顔が熱い。



 翌日、取引先からの帰り道、ミヤマからの「電話ありがとう。金曜の夜お願いします」というメッセージを受信した。なんでこんなことをしてしまったんだろうと後悔に苛まれ続けた。

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