第15話 【side親友】はじめての生徒会のお仕事

「はーい、会長、あーん」


 小さくて化粧をしている可愛い女の子みたいな男子生徒が、生徒会長にケーキを食べさせてあげている。親衛隊の子だ。ライオンヘアーの生徒会長は満更でもない感じで親衛隊を侍らせている。


「ん。おい、お前紅茶入れてこい」

「はい」


 突然紅茶を入れるように指示された俺は、仕方なく立ち上がる。


 本来の俺は、フリーターの成人男性だ。起業した幼馴染の仕事を手伝っていたんだけど、全寮制男子校で生徒同士のトラブルがあるということで、今回も幼馴染の仕事を手伝うために、山の上に隔離された、お金持ちの子息が通う全寮制男子校に潜入することになったんだ。


 そして、なぜか生徒会に呼ばれた挙げ句、今はこき使われている。てっきり俺を侍らせたくて生徒会に入れたのかと思っていたら、仕事は会長の召使いみたいだ。


 生徒会長は自分の親衛隊の可愛い子たちとイチャイチャしてばかりで、生徒会の仕事は何一つしていない。俺が紅茶を入れていると、副生徒会長、この子は俺の幼馴染に突然キスした、この子に足をこっそり踏まれる。なぜか、この子に俺は意地悪されている。多分、突然生徒会に入ってきた俺を警戒しているんだと思う。


「紅茶の入れ方、間違ってますよ。これだから庶民は」


 銀縁の眼鏡を掛けた副会長は、俺からティーカップを取り上げると、細い指で丁寧に紅茶を入れ始めた。生徒会はこの学校の中でも特に金持ちの息子が集まっていて、他の生徒を平気で庶民って呼ぶんだ。十分他の生徒もお金持ちなんだけどね。彼ら生徒会の基準で言ったら俺は庶民以下になっちゃうよ。


「紅茶入れるの上手なんだね。ためになるよ。だけど庶民って呼ばれたら傷つくな」

「そんなこと知りませんけど。はい、できました」


 三杯の紅茶を入れて、一杯は自分用に持っていった。


「ありがとう」


 2つの紅茶のうち1つは自分用にもらって、もう一つを生徒会長に渡す。


「ふん」


 生徒会長は鼻を鳴らして俺からティーカップを奪い取った。


 お礼も言わないのかこいつ。ムカつく!


 俺もソファに座って、俺の親衛隊の子とお茶する。生徒会室には他に、ピアスをたくさんつけたチャラ男会計、そして書紀と生徒会委員の双子がいる。


 こうやってダラダラしているうちに昼前になり、生徒会室の扉が勢いよく開いて、風紀委員長が入ってくる。


「仕事をしないなら生徒会を解体しろ」

「あぁ? 俺様にケチつけるってのか。出ていけ野蛮人」

「体育祭の書類がまだこちらに届いていないんだが? 何度催促させるつもりだ!」

「ここにあるから持っていけ」


 生徒会長の机に、書類の束が載っている。風紀委員長はズカズカと入ってきて、書類の束をめくって内容を確認する。


「判子が押されていない。ここ」

「ほらよ」


 生徒会長が印鑑を放り投げ、風紀委員長が勝手に判を押して書類を持っていった。

 仕事をしている生徒会長の姿は見たことなかったけれど、いつ書類に目を通したんだろ。


「お前、俺様の隣に来い」

「うん」


 生徒会長に呼びつけられた俺は、親衛隊とは反対隣にある一人がけソファに座ってボードゲームの相手をさせられる。


「ルール教えてよ」


 しばらくボードゲームをして、俺は散々負けた。そりゃ初めてやったから仕方ないね。そして生徒会長はどこかに用があるらしい。


「この仕事、俺様の代わりにやっとけ」


 生徒会長は副会長に命令した。


「自分でやればいいでしょう」


 腕を組んでそっぽを向く副会長。


「俺様の家が何をしているか分かっているのか。おまえの家なんてこうだ」


 生徒会長は指でデコピンの動きをした。離れたところにあるボードゲームが崩れる。


「くっ、仕方ありませんね」


 仕方無しに席につく副会長。生徒会長は親衛隊まで追い払ってどこかへ行ってしまった。


 机に向かって仕事をする副会長は、折れそうな腕に青白い顔をしている。美しいが今にも手折られそうな花のようだ。


「あなたも手伝いなさい」

「オレはちょっと、かわい子ちゃんとニャンニャンしてくる」


 そういってチャラ男の会計は仕事を放棄して、親衛隊たちを連れて生徒会室を出ていった。


「オレも遊んでくるー」

「オレもオレもー」


 双子も仕事を任せられる空気を察して、さっさとどこかへ行ってしまった。


「俺これから仕事するから、みんなと遊べなさそう。それでもよかったら休んでいって」


 俺は自分の親衛隊に声をかけて、書類に目を通している副会長の元へ行く。


「仕事ちょうだい」

「あなたもどこかへ遊びに行けばいいのに」

「自分の分やったらね」

「じゃあ、これとこれ」

「これ会計の分じゃない」

「印鑑はそこの机の引き出しに」


 要は、俺の分と、会計の分の仕事を任されたというわけだ。書類の半分を渡される。何をするのかよく分かっていなかったけれど、意外とわかりやすく、ここにこれを書く、ここに誰の判子を押す、と書式がわかりやすくて俺でも仕事になった。


 装飾がオシャレな生徒会室に、疲れにくいデザインの椅子。飲み物はどれも高級で、味が濃くて舌が貧乏な俺は驚いた。こんなに居心地の良い生徒会室なのに、みんなどこかへ遊びに行ってしまう。仕事に打ち込みやすい環境なんだけれど。


「意地悪してごめんなさい」

「え?」


 副会長からの意外な言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「どうせ生徒会長と仲良くなりたくて生徒会に入ったのかと思っていたもので」


 生徒会長と仲良くなりたいのは確かだけど、それは生徒会長がなぜあんなに横暴になってしまったのか知りたいという話だ。遊びたくて入ったわけじゃない。


「副生徒会長は、生徒会長と仲いいの」

「幼馴染なんです。腐れ縁ですね」

「そうだったんだ。会長って昔からあんなに自由人なの」

「口は悪いし自分勝手ですけど、理不尽な暴力を振るったり、仕事をサボったりするような人ではありませんでした。魔法が彼を変えてしまったんです」


 書類から目を離さず、手を止めずに話す彼の横顔を覗き見る。


「ほんとうは優しい人なんです」

「そうは見えないけど、君のことを信じようかな」

「ふふ、ありがとうございます」


 顔を上げて笑う彼は、年相応の可愛らしさがあった。冷徹な美人みたいな印象があるけど、笑うと保健室に休みに来た体調不良の高校生って感じだ。早く休ませてあげたいから、俺も仕事を頑張らなければ。


「ねえ、ここの予算って」

「去年の書類がありますから、あそこの棚から探して同じ金額を」

「はーい。君たち、探すの手伝ってくれない?」


 棚にいっぱいのファイルは、俺ひとりで探すのには骨が折れそうだ。ずっとソファで俺のことを眺めていた俺の親衛隊の子たちに頼んで、一緒に目的のファイルを探してもらう。


 ようやくファイルを見つけた頃には昼休みになっていた。俺も副会長も親衛隊に昼ごはんを食べに行かせて、俺たちは仕事を続けた。昼食代わりにカップケーキを食べる。紙に包まれているから手に付かないし、片手で食べられるからね。


「副会長はどんな魔法を使えるの」

「お見せしていませんでしたっけ」


 副会長が飲み物に手をかざすと、パキパキと音を立てて表面が薄氷で覆われた。氷魔法だ。かき混ぜ棒で表面の氷を割って続きを飲んでいる。


「すごいね。俺の魔法とは大違いだ」

「あなたは何ができるんですか」

「四次元ポケット」

「国民的アニメじゃないですか。教えたくないならいいです」

「冗談だよ。なんでも入るポケットだよ。ほら、ほらほら」


 リップクリームにハンカチ、ハンドクリームにスマートフォン。あれやこれやといっぱいポケットから出てくる。


「便利ですね」


 褒められるなんて意外。散らかさないでくださいって怒られるかと思ったよ。


「ほんと? 副会長のこともポケットに入れられるよ」

「出られなくなったら怖いので遠慮しときます」


 とっくに夕飯の時間も過ぎて、夜空に星が輝いている。星座には興味がないから名前は分からないんだけどね。忙しかった書類仕事が終わった。けれど最後まで、サボってた会長や書紀、双子は帰ってこなかった。

 俺は後ろ髪をちょこんと結んでいた髪ゴムを解いて、椅子に座ったまま、うーんと背伸びをする。


「この書類を提出してきます。あなたは寮に帰りなさい」


 副会長は小脇に書類を抱えて、眼鏡をくいっと持ち上げた。生徒会室に鍵を掛ける様なので、副会長と一緒に生徒会室を出る。


「それじゃあお先に。また明日」

「ええ、明日もよろしくおねがいします」


 エレベーターで一階に降りると、体がふわっとなる。玄関は通らないので目の前を通り過ぎたら、俺の気配を察知した自動ドアが開いて、また閉まった。外の冷たい空気が一瞬だけ吹き込んでくる。コンビニ前を通り過ぎて、屋根のある渡り廊下を通って、夕飯の匂いが漂ってくる食堂の前を通って寮のエントランスに着く。更にエレベーターで自分の部屋がある階まで上がると、一番奥の部屋まで歩く。道程が長いよ。


「ただいま」

「おかえり」


 机で試験勉強に打ち込んでいた幼馴染が、振り返った。小さなお顔に大きなおめめ。ほんとかわいい。それなのに挙動が男らしいから、ついふふってなる。

 報告をしたり、勉強をしたりして、遅くなったら夜食におにぎりを食べる。幼馴染はエナジードリンクでいいって言ってたけど、そんなの毎日続けたら体に悪いから、パンかおにぎりにしようって俺が説得したんだ。

 小さい口を思いっきり開けて三分の一くらい一気にかじりつく幼馴染を見ながら、テーブルを挟んで反対側のソファに座って俺もおにぎりを食べる。しゃけ美味し。


「ほら急いで食べるから、海苔の屑がボロボロこぼれてるよ」


 幼馴染の膝の上を指差す。


「ん」

「やだ、床に払わないで」

「あとで掃除する」


 まあ、掃除は幼馴染に任せっきりだから、そう言われちゃうと俺は何も言えないけどさ。洗濯は俺がしてるよ。寮の地下にランドリールームがあるんだけど、三年生から順番ってルールがあるから、俺が行ったほうが早いんだよね。ほら俺は三年生、幼馴染は二年生として潜入してるから。


「よし、勉強の続きするぞ」

「うん!」


 いっぱい勉強したら、またお腹が空いちゃう前に幼馴染を引っ張ってベッドに入って布団被っておやすみなさい! うーん、丁度いい抱きまくら。


「こら、苦しいだろ」



 次の日、俺はお茶会に呼ばれて、植物園にお邪魔していた。大きなビニールハウスの中に、レンガの遊歩道と、真ん中に噴水、白いテーブルと椅子がいくつか置いてあり、道の所々に木のベンチがある。

 その白いテーブルに俺の親衛隊の子たちがチェック柄のお洒落なランチョンマットを敷いて、陶器のティーカップが4つと、ティーポットがある。三段あるケーキスタンドにはマカロンとか一口ロールケーキみたいな小さいスイーツが並んでいる。

 夢みたいなオシャレ空間。一度はケーキスタンドでお菓子を食べてみたかったんだ。


「こちらに座ってください」


 親衛隊長が椅子を引いてくれた。親衛隊副隊長がティーポットから紅茶を入れてくれる。


「ロイヤルブレンドです。渋くなくて、ミルクに合いますよ」

「素敵。ミルクはいっぱい入れたいな」


 たくさんミルクを入れてもらった紅茶を飲んでみる。生徒会室で飲んだやつより味が柔らかくて飲みやすい。親衛隊の子がお皿と銀のフォークを出してくれて、小さな四角いケーキを乗せてくれた。上がホワイトチョコの層になっていて、フォークを突き立てるとパリッと割れた。その下はスポンジの柔らかい層だ。上品に食べるように頑張る。


「おいしい。ありがとうね」


 俺の感謝の言葉に頬を赤らめて喜ぶ親衛隊の子たち。


「そのアイメイクかわいいね。どこのブランド使ってるの?」


 俺たちは化粧品の話で盛り上がった。新作の話とか、普段の肌ケアの仕方とか。楽しくお話して、紅茶がなくなった頃に解散。片付けておくからと、親衛隊の子のひとりに部屋まで送ってもらった。


「送ってくれてありがとう。今日は楽しかったよ。君が教えてくれて化粧品、今度買ってみるね」

「光栄です。僕も凄く楽しかったです。またお茶会しましょうね」

「うん!」

「あの」


 ちょっと親衛隊の子がうつむいた。


「どうしたの」


 少しかがんで顔を覗き込む。親衛隊の子が慌ててしまった。顔を近づけすぎたみたい。


「好きな子のタイプを教えてくれませんか。あの、駄目なら、その大丈夫ですから」

「俺の好きなタイプはね、頑張り屋さんで、俺の苦手なことが得意で、反対に俺が得意な部分は面倒見させてくれる子だよ」

「そういうお相手がいるんですか」

「まだいないなぁ」


 パアッと顔が明るくなった俺の親衛隊の子は、お辞儀をして帰っていった。可愛いなぁ。

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