第13話 ほんの少し懐いた不良

 ガラス張りのエレベーターに乗り、日が沈んだ外の景色を眺める。山の上だから、空が澄んでいて星が綺麗だ。一階に着いたら、少し生徒がいる。食堂の扉が開いていて、夕飯を食べている生徒がいる。俺は昼飯しか食堂を利用していない。


 不良が食堂の中を、通り過ぎざま、じっと見ていた。誰も腹減ったとか言わなかった。多分、金銭的余裕がなく食堂が利用できない不良への遠慮が合ったと思う。


「コンビニで夕飯買っていきたいから俺はここで。いつも夕飯はビニ飯なんだ。それじゃ」


 俺はコンビニの前でみんなと別れる。今日も友人は遅く帰ってくるだろうから、適当に何か買っていってやろう。朝ごはん用にサラダも買っていかないとな。今日から夜遅くまで勉強がしたいから、夜食も買っていこうかな。


「あれ、お前も寄ってくの」


 不良が何気なく、俺の横で弁当を選んでいる。増量中のシールが貼られたラスイチの唐揚げ弁当を、すごい勢いで手に取っている。やっぱり高校生はガッツリ肉食わないとな。


「ボンボンでもコンビニ飯食うんだな」


 別に俺はボンボンじゃないけどな。


「美味いじゃん。俺これにしよ」


 薄っぺらい焼き鮭が乗っている和食の弁当を手に取る。申し訳程度の漬物と煮物が入っている。


「もっと腹にたまるもん食え」


 不良が横から口を出してきた。残念ながら成人男性は高校生と同じ量のご飯を食べられないんだ。


「唐揚げ好きなの?」

「おう」


 紙パックの1リットルあるオレンジジュースを弁当とは反対の手に取る不良。わかる、百円ちょっとでその量はお得だよな。俺も学生時代によく買ってた。


 さっさとレジに向かう不良。俺は友人の分の夕飯も選んで、追加で夜食用にカップ麺を買おうとしてから、お湯を入れる方法がないことに気づいて、やっぱり菓子パンにしようと決めた。


 焼きそばパンがある、懐かしい。せっかく高校生に戻ったのに、購買が無いから懐かしいものが食べられなかったんだ。友人は甘いパンとか、可愛いパンとかが好きだ。食べ物に可愛いの意味はわからないけど、多分砂糖が入っているパンとか、珍しい形のやつが良いんだろう。ほんのり甘いって書いてある細長いパンがある。量は多いけど、一個ずつは小さいから食べやすいだろ。


 会計を済ませたら、コンビニを出て寮に帰る。

 さっきの不良の様子を思い出す。懐かない猫がちょっと構ってくれたみたいで可愛かった。庶民の味が分かる仲間ができて嬉しかったのかもしれない。


 寮の部屋に戻って電気をつけると、天井のシャンデリアが煌々と部屋を照らした。おばあちゃん家の絨毯みたいな模様の高そうなカーテンを閉める。


 そしてさっきまで試験勉強に使っていたノートを机に広げた。分からなかった問題をまとめたやつだ。右側を隠して、左側の問題を解く。答えを見て、合ってたら二重線。今のところ、わからないところはない。自分が卒業した学校とは別の学校に入ったから、難しかったらどうしようと心配もあったが、これなら大丈夫そうだ。


 机に齧りついているうちに、部屋のドアが開いて、友人が帰ってきた。


「ただいまー。さっそく勉強してるね」


 その足で、そのまま冷蔵庫に吸い寄せられていく友人。頭を斜めに傾けて、冷蔵庫の中を覗いている。


「コンビニ寄ってきてくれたんだ」


 友人の分の弁当を冷蔵庫から取り出して俺の方に振り向いてきた。


「パンも買ってきた。テーブル」

「うわぁ、なにこれ、牛乳パン? ありがと」


 視線を机に戻して勉強する。早速食べているらしい、もぐもぐ音が聞こえてくる。


「なんか俺も腹減ってきたな」


 ノートを閉じて机に置いて、友人の向かいのソファに腰掛ける。友人が食べているパンの、甘い匂いが周辺に広がっていた。俺も焼きそばパンの袋を開けると、ソースのいい匂いがして食欲が刺激された。懐かしい美味しさだ。


「そうだ、副会長の様子はどうだった? 初日にあったときは目の隈ひどかったけど」


 そういって俺は焼きそばパンにかじりつく。口の中で広がるソースの香りに次の一口を急いでしまう。


「相変わらずかな。目の下の皮膚が薄いから、目立ちやすいのかもね」


 友人は小さなひとくちでパンをちまちま齧っている。


「そういうもんか」

「気にかけてたんだね」

「やっぱ一回会ってるのに、放っておけなくて」


 焼きそばがパンから垂れてきて、俺は顔を傾けて慌てて食べる。


「そういう性分なんだね。俺も気にかけておくよ」

「よろしく。他の生徒会の奴らのことも」

「オッケー」


 焼きそばパンはすぐ食べ終わってしまった。程よく腹が満たされたところで、シャワーを浴びてくる。シャンプーしながら頭をマッサージする。血流が巡って視界が明るくなった。体を洗うときは肩と首もマッサージして、コリをほぐしていく。シャワーから上がったら、友人が待ち構えていた。


「髪乾かしてあげる。ここ座って」


 友人に促されるままに、ソファに座って、髪を乾かしてもらう。この前、俺がこいつの髪を乾かしてあげたから、逆に俺の髪を乾かしたくなったという。指遣いが優しくて、なんか眠くなってきた。頭の筋肉の緊張がほぐれていく気がする。


「テスト勉強どんな感じ?」

「今の所いい感じ。お前は赤点回避できそうか」

「む、むりかも」

「俺は習ったところ一通り覚えたから、せっかくだし今からお前のテスト範囲教えるよ」

「今から! 頭疲れないの? ほら、頭固くなってるよ」


 俺の頭を乾かしてくれていた友人が、タオル越しに俺の頭のツボを押してくる。


「イダダッ。やめてー。お前の勉強見たら、いい気分転換になるって」

「そういうもんなの? 頭がいい人って」


 ドライヤーの温風で髪が乾き終わった。巨大なテレビに反射した俺の髪が、過去一サラサラになっている。


「す、すげぇ」


 感動のあまり、色々な角度で自分の髪型を確認してしまう。


「シャワー浴びてくるから、夜は一緒に勉強しようね」

「おっけー、いってら」


 友人がシャワーから戻ってきたら、机に広げていた俺の勉強道具を避けて、三年生の数学の教科書を読み込む。友人は定規で丁寧に教科書の要所にマーカーを引いている。


「ノート綺麗にとってるんだな。どこが分からないの」

「全部」

「え?」


 ノートには例題と、正しい中間式と答えが書いてあるが?


「これは、先生が黒板に書いたのを書き写したから合ってるんだけど、プリントはほら」


 数学のプリントは最初の一問以外、全部バツがつけられている。これは授業中に配られたプリントで、教科書を見ながら解いていいと先生に言われていたが、全く分からなかったのだという。


「それでこんなに間違えたのか? たぶん、数式を問題文に当てはめるのが苦手なんだな」


 例えば数式がA×B=ABだったとして、問題文に出てくるどの数字をAに置き換えて、どの数字をBに置き換えれば良いのかがよくわからないという感じだ。


「暗記問題は得意だろ」

「どっちかといえば、そうかな」


 数式の暗記まではできているから、数式がそのまま問題として出れば、解くことができるだろう。けれど、大体の数学のテストでは数式を使って解く問題が出る。それを解けるようになるのには近道はない。いろんな問題を何度も解くことで、感覚で覚えていくしかないからだ。


 友人は覚えが良くて、俺が横について説明すれば、乾いたスポンジのように吸収していく。キリのいいところまで復習したら、同じ数式を使う別の問題を解いてもらう。


 そして、そろそろ俺も自分の勉強をする。ソファに座ってノート片手に復習。寝る前と寝起きに勉強すると、よく脳みそに刻まれるらしい。特に寝る前は暗記ものを勉強する。


 遅い時間になり、ベッドに入って友人とダラダラ話していたら、とんでもないことが分かった。


「やったことない範囲だったのか!」

「そうだよ」


 友人の勉強を見た限り基礎は分かっているようだったから、高校で習った範囲だったのかと思っていた。しかし、どうやら完全所見の範囲だったようだ。友人が通っていた通信制学校ではこの範囲はやらなかったという。


「それでよく授業についていけてるな」

「たくさんクラスのみんなとか先生に教えてもらったんだ」

「熱心だな」

「ふふ。偉い?」

「すげー偉いよ」

「わーい」

「うわ重たいよ、身長差考えてくれ」


 大型犬が飼い主にじゃれてくるみたいに、俺の上に乗っかってくる友人。ゴールデンレトリバーみたいだ。俺の首に頭を埋めてきて、長めの髪がかかってむず痒い。


「寝れないだろー。明日になっちゃうよ」


 ただでさえ今日は遅くまで勉強していたんだから。なんだかんだ文句をつけつつ、友人の頭を両手で撫でる。整った顔が間近にある。メイクを落としてカラコンを取ると、切れ長の目がかっこいい。友人も俺の目をじっと見てくる。


「いいなー目がぱっちりしてて」

「うるせっ」


 見られてたまるかと、目をぎゅっと閉じてやった。俺の目が大きかろうと、特しない。切れ長三白眼に憧れてるんだ。


 こうやって抱きついたり、おしゃべりしたりしているうちに、寝落ちした 。こうやって友人と一緒に眠るようになってから、寝付きが良くなった。というか、あまり遅くまで起きていることがなくなって、徹夜も減って睡眠がしっかり取れるようになったようだ。

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