第2話 本当の依頼 in 理事長室

 小波について歩いているが、道が長い。とにかく長い。商店街の端から端まで程ある長い歩道を歩いて、ようやく見上げるほど高いガラス張りのビルや、おしゃれな外装の高級ホテルのような建物が見えてきた。周辺には色々な建物が、この2つの高い建物を囲うように建っている。ガラス張りのビルには時計と紋章がデカデカと飾ってあるので校舎と思われる。高級ホテルみたいな建物は寮だ。ホームページで見た。


 ドッカーン!


 爆風と爆発音。驚いて音の方向を見ると、金持ちの息子がグレたみたいな集団が騒いでいる。もう一度、爆発。続いて爆発、爆発。ひとりの生徒の手から爆発が出ているようだ。どういう仕組みだろう。


「こらー!」


 止めに入ったのは俺たちではない。腕章をつけた制服の強面が走ってきた。どこからかロープが出てきて、カウボーイのようにロープが生徒たちをふん縛った。


「あれは風紀委員。何でも力技の粗暴なやつらです」


 フンと鼻を鳴らして、ガラス張りのビルに小波が入っていく。おそらく生徒会と風紀委員はすごく仲が悪いんだろう。続いて中に入ると、靴箱がない。


「土足です」

「あぁ、はは」

 

 俺が入り口で立ち止まって周りを見渡しているので察したらしい。恥ずかしい。玄関から左手の方に、チェーン店のコンビニが入っている。


「すげえよな」


 友人にも共感を求めてみる。うんうん頷いている。やっぱりコンビニが学校にあるのは便利すぎて羨ましい。ガラス張りの向こうに雑誌コーナーが見える。


 玄関右のエレベーターに入ると、小波がブレザーのポケットから黒いカードを取り出して、読み込ませている。屋上を除いて一番上の階が押される。外が見えるタイプのガラス張りエレベーターって怖いよな。


 遠くまで見渡せるが、どこまでも森が続いているばかりで、さっき入ってきた門が見えない。


「あの、さっきから変じゃない」

「知らずに転校してきたんですか?」


 小波はそういってエレベーターから降りる。


「え、転校って」


 俺たちもしかして高校生と間違われてる?

 まあ確かに俺の身長は158センチ、友人は165センチくらいだけど、失礼だな。

 

「4月が過ぎた頃から、急に生徒みんなが魔法を使えるようになったんです。門が見えなくなったのも、誰かの仕業でしょう。ああなってからめちゃくちゃですよ」


 ため息をつく小波。頭が混乱してきた。友人の方を見ると、俺に聞かれても、といった感じで首を横にブンブン振っている。


「着きました」


 理事長室の札がついた古めかしく重厚な木製扉。もう理事長に聞いたほうが早いな、そう思ってとりあえず案内してくれた感謝を述べようと振り返ると、数メートルずつワープしながら廊下の遥か向こうに行ってしまった。本当に魔法を使っているようだ。


「失礼します」


 ノックして扉を開ける。ちゃんと蝶番に油をさしているようで、古いにしては軽く開いた。部屋に圧迫感を与えるほど大きいシャンデリアに、洋書の並んだ猫脚の本棚。そして赤い絨毯に重厚感のある机。椅子にふんぞり返った若社長のような男。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、そこへ座って」


手前のローテーブルを挟んだソファーを指差す男、声が電話越しの理事長だ。高そうなスーツが胸筋でパッツパツになっている。


「まず、なにからお伺いしたらいいか」

「魔法ってなんですか」


 友人が真っ先に聞いた。まあ、一番気になるよな。


「それが、私がお二人を呼んだ理由と関係しているんです」

「どういうことですか」

「まあまあ、まず座って。コーヒーでいいですか」

「お構いなく」


 ソファーに腰掛けると、思っていた倍、尻が沈み込んだ。俺の次に腰掛けた友人も座ったときに目を見開いたから、同じことで驚いたのだろう。部屋に置かれたコーヒーメーカーから、挽いておいたコーヒーをカップに入れてくれる。電話したときに入れたのかもしれない。とりあえず一口飲んだ。程よく温かい。


「魔法というのは、小波くんから聞いたんですね」

「ええ。どういう、原理というか。あれはなんでしょうか」

「それは、分からないんです。今までは不思議な現象は起こっていなかったんですけど、4月すぎくらいかな。急に生徒たちが魔法が使えるようになって、しかも、それがおかしいという認識さえ歪められてしまったようなんです。教師陣には魔法は使えなくて、そのせいで、ただでさえ金持ちのお子さんを預かっているから教師の言うことを聞いてくれないのに、よけい言うことを聞かなくなってしまったみたいなんです」

「親御さんたちにはなんて」

「それが、途中で生徒が親と会う機会がないもので、いまのところバレてないんですけど」

「バレてないって」

「いや、魔法がどうのなんて、おかしくなったと思われます」

「まあ、それは」

「私、婿養子なんです。妻のお母様から任された学校が、ものの数ヶ月でこうなってしまって。こんなことが知られたら、クビだけじゃなくて離婚の危機です。どうか、助けてください」


 座った膝に頭がくっつく程、頭を下げる理事長。やはり、ホームページに載っていた女性理事長は母親、想像から外れていたのは、婚約者の母親、つまり義母の写真だったということだ。


「頭を上げてください、そう言われても、怪現象は専門外でして」

「任せてください!」


 隣から元気な返事が聞こえてくる。


「今までも、絶対に子供を見放したことはなかったでしょ?」

「そ、そうだな。わかりました! それじゃあ、魔法はさておき、生徒同士のトラブルについて詳しく教えていただけますか?」

「まだお伝えしていませんでしたね。生徒が魔法を使えるようになってから生徒会が魔法で生徒たちを乱暴したり、脅したりと好き放題暴れる様になってしまったんです。もともと働き者でいい子たちなんです。どうしてこうも変わってしまったのか。先生には話してくれないんです。生徒たちからも困っていると教員に相談が押し寄せていて。しかし生徒会は教員より立場が偉いんです」


「恐怖政治を敷く生徒会に困っているんですね」

「魔法が使えるようになって人が変わったようになってしまったんだね」

「どうにかいい子に戻って欲しいんです。きっと悩みがあって、暴力に訴えているんだと思います」


 生徒思いの良い理事長だ。最近理事長になったばかりで自信がないようだが、とてもこの仕事が向いているように思う。


 もしかしたら生徒会の人たちは、もともと立場が偉い上に魔法の力を得たことで、気が大きくなってしまったのかもしれない。世界が自分中心で回っているように勘違いしてしまう。成績優秀だったり、スポーツが優秀だったりして、周囲や親、先生からよく褒められたりする中高生によく見られる。


「理事長、いいえ、新堂さん。新堂さんはとてもよく頑張っています。一生懸命で、今はいっぱいいっぱいになっているでしょう」

「ありがとう。でも私は力不足です」

「そうなんですね。周りに相談できないのなら、俺達に相談してください。専門は子どもたちの相談ですけど、いち大人として、いつでもお話聞きますよ」


 力不足って部分は否定しないのか。


「君たちに相談して本当に良かった。私からも、困ったときは相談させてもらいますね」

「ええ、いつでも」


 友人は人の心をほぐすのがうまい。こいつに話を聞いてもらうと、つい心をひらいてしまう。


 俺と友人は幼馴染だが、女みたいだと小学生からからかわれて、やつは小中と不登校だった。明確ないじめはなかったが、心無い言葉をたくさん受けて、自分を守るための選択だったんだろう。高校は通信制で四年かけて卒業、そこからバイト生活だ。その間、俺は大学で起業して友人を引き入れ、今は卒業して完全にこれ一本でやっている。


 友人は、学生時代につらい思いをしたからこそ、今の子供達には健やかに育ってほしいと思っているという。


「それでもうひとつ、小波くんから転校生って呼ばれたんですが」


 友人の勢いに押されてしまったが、原因がなんにせよ、生徒同士のトラブルなら止めて入るのが俺らの仕事だ。それはさておき、転校生だと思われていたところは見逃せない。


「あ、いや、その。大人のいうことは聞いてくれませんから、生徒として潜入してもらおうかと。もちろん、経費は出しますから」

「はー、最初からそのつもりだったんですね。魔法で門が消えたのも、あなたの差金ですか」

「いや、それは違います! まあ、ああいうふうになることは知ってましたけれど」


 視線を泳がせる理事長。たまに門が消えるが、おそらく生徒の誰かが魔法でいたずらしていて、今回も外から入ってきた俺たちを驚かせようとやったいたずらだろうということだ。


 生徒になりきるのは、普段から子どもたちと同じ目線で接している俺達にとっては問題ない。ルックスも童顔と女顔だから、うまく溶け込めるだろう。


「うちは全寮制の学校です。夜に教師の目が届かないところでトラブルが起きている可能性もあるので、泊まり込みでお願いしたいのです。このあと、教員に寮を紹介させます」


「ちょっと待ってください、着替えも持ってきていませんから」


 泊まるつもりなどなかったので、一度帰って荷物を持ってきたい。


「コンビニですべて取り扱っています。このブラックカードでお好きなだけ買い物してください」


 理事長はスーツの懐から、黒いカードを出した。これは小波がエレベーターで取り出したやつと同じだ。


「カードキーになっていて、ふつうの生徒には白いカードを与えています。黒いカードは教員や生徒会、風紀委員など、一部の生徒に与えられるカードで、すべての階に行くことができるんです。私のものを預けます」


 理事長のカードキーらしい。両手で丁重に受け取る。


「食堂の支払いもこのカードを使ってください。限度額まで、100万ほど入れています。足りなくなったらおっしゃってくださいね」


 自由に使っていい100万円。三ツ星ホテルのような食堂で3食。高級ホテルみたいな寮で寝泊まり。まるで夢のような生活だ。ホームページに載っていた豪華絢爛な建物内の紹介画像を思い出していた。


「生徒のことは、俺たちに任せてください」


 これで貧乏生活とはおさらばだ!

 一応、途中で他の依頼が入ったらそちらにも向かうことに関しては了承を得た。何回も門に向かえば、ときどきは開いているらしい。たまに門を消滅させる、悪質ないたずらをするやつがいるようだが。

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