マジック・パブリックスクール・コンサルティング

@mayoinu

第1話 いざ学園、お迎えは副生徒会長

 太陽が真上から西に傾いてきた。ハンドルをしっかりと握りしめて、アクセルを踏み込む山道。身長が低い俺は、座席をとにかく前に出す。本当は大型バイクに乗ってみたかったが、車屋で試乗したら足がどう頑張ってもペダルに届かなかった。短足ではない。身長が平均より低いだけだ。


 助手席にはサラサラの髪を肩丈に伸ばして後ろに結んだ、女みたいな顔とファッションの男友達がドリンクを飲みながら暇そうにしている。同い年で幼馴染のこいつとは、俺が立ち上げた小さい会社でともに働いてもらっている。


 俺たち二人がやっている仕事とは、いじめなどで悩んでいる子供の相談を無料で受けたり、場合によっては助けに入るものだ。主な収入はサイトの広告や動画の広告で、それを友人への給料に充てている。


 いま車で山道を走っているのは、この先に、全寮制男子校があり、そこの理事長から依頼を受けているからだ。


「学校から依頼って珍しいよね」


 ドリンクホルダーにプラカップのバナナジュースを戻して、窓から外に顔を出す。タピオカミルクティーの次に流行っているのがこれらしい。バナナジュース専門店に寄ったついでに友人と一緒に買ったが、そのままバナナを食べているような感じで、タピオカよりは好みの味だな。



「いつもは生徒から頼まれるもんな」


 サイトから俺宛にDMを送ることができるようになっていて、悩みを抱えた生徒が書き込んでくれるのだが、今回は公開しているメールアドレスに、大人の男の声で連絡が来たのだ。ハキハキした頭の良さそうな声で、偉い人なのに頭が低い話し方だった。


 大学の教授よりバイト先の居酒屋の店長に近い雰囲気がある。ただ頭がいいというより、柔軟で人当たりがよくて偉い人といった感じだ。学校のホームページを見たときは理事長は年老いた女性の顔が乗っていたのだが、そもそも古いホームページだったから、理事長が変わったのに更新していないだけだろう。だから、実際に行ってみるまで、顔は分からない。名字は年老いた女性と同じだったから、息子だろう。


「耳がキーンてする」

「だいぶ登ったからな」


 かなり標高が高くなったから、友達は耳抜きをしようと頑張っている。


 学校がこんな山の上にあるのは、俗世から子供を離して勉強に集中させるためらしい。いわゆるお坊ちゃま学校で、金持ちの子どもたちが、敷地内のホテルみたいな寮と三ツ星レストランみたいな食堂を利用して自由に生活する。


 せっかく俗世から断つのなら、僧侶の修行みたいな生活を遅らせればいいのにと思ったのは、金持ちへのひがみもある。


 道が突然コンクリートに変わった。両側も桜の木の散り際のやつに変わる。少し前に来れば、きれいな満開の桜が見られただろう。いまはもう葉桜になり始めている。


「着きそう?」

「うん、もうすぐ」


 隣で必死に化粧直しをする友人。コンパクトを持って粉をバタバタと顔にはたいている。


「お前ネイルもして来たのか」

「こっちを見ないで、前見て運転してよ」


 今から教師が手を付けられないような問題児を相手にするのに、丁寧にネイルまでしてくるなんて、本当におしゃれ命なやつだ。


 今朝だってこいつのアパートに迎えに行ったら、ピクニックにでも行くつもりなのかってくらいカバンに色々詰めだしたんだから。


「これでもネイル、シンプルにしたし」


 声がちょっと怒っている。


「まあ、服も今日はあんまり派手じゃないよな」



 白ブラウスの上からカーディガンを羽織っている。カウンセラーって感じのファッションだ。一方俺は動きやすい格好だ。最悪、力でねじ伏せるのが俺の仕事だからだ。ちなみに言葉で説得するのはこいつの仕事。俺が口を出すと余計に怒らせることがあるから。


 道がひらけて広場と巨大な校門が見えてきた。事前に調べたとおり、横の細道を高い塀に沿ってしばらく走ると、駐車場が見えてきた。車がたくさん止まっている。おそらく教師用の駐車場だ。さっきの正面にあった門よりは小さいが、オシャレな装飾の施された鉄製の裏門が開いている。


「着いたねー」


 俺が駐車場にバックで止めている間に、こいつはすでにシートベルトを外してしまう。サイドブレーキまで止めておく。山の上というのもあって、少し傾斜があるからだ。


 カーナビを止めて、スマホで理事長に電話を掛ける。シートベルトを外しながら相手が電話に出るのを待つ。プルルル、プルルル。あ、繋がった。


「お疲れさまです理事長。ただいま裏門に到着いたしましたが、車はこちらに停めてもよろしいでしょうか」

『ああ、ご苦労さまです。迎えに生徒を遣うので、理事長室までおいでください。車はそこで大丈夫です』

「かしこまりました。お迎えありがとうございます。それでは失礼します」


 通話を切ると、隣で大きな目でじっと友達がこちらを見ていた。


「なに」

「敬語珍しいなって」

「まあな。降りるぞ」


 車から降りて、助手席のドアを開けてやる。冷たい風が前髪を揺らす。かわいいぺたんこ靴が地面に着くと、すっくと立ち上がった友人。俺より背が高い。後ろからトートバッグを取る友人。俺は四角いリュックをとって、背負う。友人にはランドセルみたいと言われたが、ノートPCが入るから他は考えられない。


 金持ちの学校にしてはバキバキに割れたコンクリートの駐車場は、隙間から雑草も生えてきている。生徒の生活空間に金はかけても、一般市民である教師しか使わない駐車場には一銭も掛けたくないのだろう。


「サングラス」


 友人が呆れたように言う。俺は慌ててサングラスをとってポケットにしまった。運転中はいつもサングラスをしているのだ。童顔だから、なめられないように。


「すげー、校舎が見えねぇ」


 どこまでも遊歩道が続いていて、両脇は森みたいだ。整った芝生に丸く切り揃えられた広葉樹がランダムに奥まで植えられている、人工の森。歩いて入るようにはできていない静かな場所だ。なにかカラスや雀とは違う鳥の声が聞こえる。


「ここで待ってれば迎えが来るってさ」

「うん、じゃあ待ちますかー」


 カバンからペットボトルの飲み物を取り出して水分を補給している。


「飲み物持ってきた?」


 友人が俺に聞く。


「いや」

「はい」


 飲みさしを俺に差し出してくる。ドキッとしたがありがたく頂いた。スポドリだ。

「あれじゃない」


 友人が遠くを指差す。制服っぽい格好の人が小さく見えた。こちらに向かってきている。俺は背を正して髪をなでつけた。


 俺は正直驚いた。友人と同じくらい女の子みたいな美人顔の、髪が肩まである男子生徒だ。銀縁眼鏡をしているからか、すごく冷たい印象だ。性格のきつい美女みたいな感じで、のほほんとした友人とは雰囲気が違う。そしてすごく細い。飯食ってんのか。心配になる。


「こんにちは、ようこそ遠野坂学園へ。僕は生徒会副会長の小波です。よろしく」


 急に取ってつけたような笑顔。マセてるな、という印象だ。先に友人が小波の手をとって握手している。俺も手を出して握手し返した。


「疲れてんの。無理して笑わなくていいよ」


 生徒会なら、トラブルの対処でクソ忙しいんだろう。


「なぜ、俺が本当は笑ってないって分かったんですか」


 さっきは自分のことを僕っていっていたが、高校生で本当に自分のことを僕って呼ぶやつはなかなかいない。こっちが普通だろう。俺が対応してきた子どもたちは、たいてい子供同士で話すときに笑顔を見せても、大人の俺たちが近づくと顔がこわばる。俺も子供の頃に大人に笑顔を振りまいていた記憶はない。そんなもんだ。


「心が笑ってなかったから」


 今となりから鼻で笑われた。友人の足を踏みつけてやる。臭いセリフだが、いつもの友人も子供の相談に乗るときはこんな感じのことを言っている。


「まさか見透かされるなんて。興味が湧きました」


 小波が俺に顔を近づけてくる。少し屈んだ。どいつもこいつも俺より背が高い。


「あっ」


 友人がつぶやく。俺もあっ、と思った。今俺は、小波にキスされている。なんで。


「あのなあ、俺だからいいけど、許可なくこういうことしたら駄目なの」


 顔が良いから今までこうしてもトラブルがなかったのかもしれないが、大人になってからこんなことしたら犯罪だから。俺はほっぺにキスが親しい人への挨拶代わりの国で育ったから慣れているし構わないけれど、日本でこれをやったら駄目なんじゃないか。


「ふふっ、いいんですか」

「そういうことじゃ」

「あわわ、大丈夫? いやでもあんまり怒鳴っちゃだめだよ?」


 俺の怒声を気に留めず歩き出す小波を追いかける。友人は俺がブチギレないようになだめてくれているが、殴られたわけでもないし、あまり怒ってはいない。

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