全然見習うべきではないけどこういう先生が好き

「あ~、お前も吸う?」

「生徒がいるんですからタバコやめてくださいよ、なんで進めてくるんですか。未成年ですけど僕」

「うるさいな、居酒屋でタバコ吸わなかったらどこで吸うんだよ」

 悪態をつきながらも先生は灰皿に煙草を押し付けるようにして火を消した。後ろで結んだ綺麗な黒髪。しゅっとしたフェイスラインに儚げな目元。泣き黒子と綺麗な鼻筋がアンニュイな印象を添えている。すらりとした端正な出で立ちはただ道を歩いているだけで周囲の目を奪う。隣を歩く者としては、周囲に品定めされているような心地になる。アイツがこんな綺麗な人連れて歩いてるのかよ、みたいな陰口も聞こえるが、まぁ、そうだろう。僕が周囲から見ていても同じように思う。

「ま、付き合わせておいて迷惑かけるのもアレだしな。ガキの前でくらい大人として振舞ってやるか。お前何飲む?ハイボール?」

「未成年だって言ってるでしょうが」

 が、中身はこれだ。酒カスヤニカスギャンブルカス。カスの三拍子そろった終わりのような人間だ。教師は教師でも反面教師。なぜ高校生の生徒を連れて二人きりで放課後飯食いに行くのかも分からないし、チョイスが居酒屋なのかもわからない。

「私の酒が飲めないって言うのかよ、お前。内申点下げるぞ」

「横暴が過ぎるでしょ、大暴君じゃないですか。暴動が起きますよ」

「はいはい。お前は真面目過ぎるんだよな。お前の授業態度や成績で5以外を付けたら私が怒られるっての。もうちょっと学校サボってパチンコとか行け」

「最悪すぎる。何もかも間違ってますよ、先生。……で、今日はなんで僕を呼んだんですか。先生のことだから、またガス抜きとかしたいんですよね」

 僕が薄切りされたトマトを口にしながらそう言うと、先生の動きが一瞬だけ固まった。「お見通しか」と小さくため息をついた先生は、そのまま机に突っ伏して続ける。

「無いんだわ」

「何がですか」

「出会いが」

「はあ」

「お前らはいいよな。運動部の元気っ子から図書館の物静か女子まで選り取り見取りじゃねえか。どうせ放課後に『うちだれもいないから……』とか言ってセックスしてるんだろ、くそムカつくわ」

「そんな綺麗な顔でセックスとか言わないでください」

「あ?いいだろうが。こっちは飢えてるんだよ。男子は人目も気にせず脱ぎやがるしさ、まだ私が教室にいるだろうが。出てから着替えろよ。私が何のために授業早めに終わってると思ってんだ」

「僕らの着替え時間を確保してくださっているのは助かりますが」

「違う」

「え」

 彼女は、強くビールのジョッキを机に置いた。半ば叩くような勢いだったかもしれない。

「私が、お前らに手を出さないためだ」

「そんな人間としての大前提に関して熱弁されても」

「なんでダメなんだよ、年下男子が好きでもいいだろうが」

「先生今おいくつですか」

「女性に数字にまつわるものを訊くなよ。27だけど、何」

「10下じゃないですか僕たち。しかも高校生ですよ、犯罪者じゃないですか」

「あ?いいだろうが、こんなに面のいい女なんだぞ、私は。抱かれて損はないだろ」

「無いですけど」

 損得勘定で抱く抱かれるを決めるべきなのか、と訝しむところではあるものの、さすがにこれに関して言及するのは藪蛇だろう。

「大体、未成年の場合でも婚約者とかで両親から真摯な同意があれば法には触れないんだよ」

「あるんですか、同意」

「ないけどさ」

 じゃあだめじゃねえか。

「でも大変ですね。学校だと本当に学校の先生だけで精一杯っていうか」

「いやそうなんだよな。普通に仕事があほほど忙しい。お前らがおとなしいからまだ何とかなってるけど、もし警察に補導されたとかあったらその対応もだるいからやばいわ。結婚して産休取ってるやつ見ると呪いたくなる」

「そんなめちゃくちゃな」

「仕方ないだろ、こっちだって必死なんだぞ。もう30見えてきてるんだから」

「なんかこう、マッチングアプリとか使ったらいいじゃないですか。先生見た目だけならマジで美人なので引く手数多だと思いますけど」

「見た目だけならってなんだ。中身もこんなに素晴らしいだろうが」

「まぁ、素敵なところもありますけどね。文句言いながらも誰かのために頑張ってたりするところは普通に尊敬できるので」

「お、口説いてんの?いいよ。近くのホテル検索するわ」

「ちょろすぎる」

「いいよもう、ちょろくて。てか大体私がお前をサシ飲みに誘ってる時点である程度察してほしいもんなんだけど。わかんない?美人の女性教師と放課後デート、この後の流れはもうそれしかないだろ」

「……いや、それはその」

「え、お前彼女いたっけ。だとしたらダメじゃん」

「いたら諦めるんですか」

「そりゃそうだろ、私NTR地雷だし」

「倫理的に良くないからとかじゃないんだ、自分が気に入らないからなんだ。あと彼女はいないですが……」

「ビビらすなよ。じゃあいいじゃん。ホテル代も私が全部出すからさ。悪くない話でしょ、お前にとっても」

「……それはそうかも、ですけど。ばれたらまずいですよ。先生めっちゃ目立つんですから」

「バレないようにすりゃいいだろ。行くぞ」

 先生は言うが早いか、飲みかけだった酒を飲みほしてから僕の腕をつかんで会計を済ませる。思いのほか掴む力が強い。どんだけ必死なんだ、この人。


 ちなみにこの後5回戦くらいした。

 先生はこのノリに反して可愛らしく啼いていた。

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