俺と唐揚げにレモンかけてくる後輩。

星野アガサ

俺と唐揚げにレモンかけてくる後輩。

 本日もにぎわう大学の学生食堂の一席。

 特盛の唐揚げ定食を前に、俺は前後左右…ついでに上下も確認する。

 俺の左右の席に座るのはどっちも男。よし、安全。


「いただきま…」


 ビュッ…!ピシャシャ…


「せーんぱーい」

「キャアアアアアアアアアア!!」


 俺の金切り声が学食に響き渡る。


 右側に座っていた男…だと思っていたその人物がおもむろにウィッグをとる。

 そこにいたのはよく知った顔の後輩女子。にんまり笑って両手にくし切りのレモンを持っている。もちろん、そのレモンは俺の唐揚げにもう絞られた後だ。


「唐揚げにレモンかけんな――――!!」


 俺の慟哭が学食に響き渡る。何回響かせてんだ俺は。


「えーでもこっちの方が美味しいですしー」

「だとしても変装してまでかけにくんな!!!」


 ぎゃあぎゃあ言い合いしていると付近の学生たちがダルそうに席を移動する。

 すまん。本当にすまん。声のトーンおさえます…。


 ちなみに学食のおばちゃんは俺の悲鳴が何度響いても慣れたもんだと動揺せず仕事を続けている。センキュープロフェッショナル。いつも美味しい唐揚げありがとう。


「あと何回かけたら好きになってくれますかねー?」

「何回かけられても俺はそのままの唐揚げが好きなの!!!ほっといて!!」

「将来のお嫁さんがレモンかける派だったらどうするんですか?」

「彼女いない歴が年齢なのでその心配は当分ない!!!!」


 言っててだいぶ悲しくなってきた。


「頑張りましょうね……」

「せ、先輩を哀れむな…!後輩のくせに…!」

「年齢でマウントとってくるあたり彼女出来ない理由が伝わってきますー」

「うっ…」


 痛いところをグサグサと!


「それに私の名前、後輩じゃなくて林檎ですー林檎ちゃんって呼んでくださーい」

「常々思ってたけどなんでそこは【レモンちゃん】じゃないんだ林檎ちゃん!!」

「お母さんがの実家が青森でー林檎農家なんですー」

「それは確かにレモンちゃんにはならないね!?」


 この生意気なレモン大好き後輩は「林檎ちゃん」という。ややこしい。

 林檎ちゃんは初対面の俺のから揚げ定食にもレモンをかけてきたヤバイ奴である。ヤバイ奴、なんだが…


 黄色のインナーカラーがはいった黒髪を高めの位置でお団子にしている髪型はテディベアの様な愛らしいシルエットだし、いつもちょっと眠そうだけど楽しそうなぽやっとした喋り方やイタズラした時にみせるにんまりした笑顔、少しだけのぞく八重歯は小悪魔的な魅力に溢れている。…悔しいが、林檎ちゃんはめっちゃ可愛いのだ。


 そんな子が昼食時はなぜか俺を追い回してくる。俺勘違いしちゃう。助けて。


「あ、まだ絞れそうですーえいー」

「ああああああああああああああああ!!!!」


 しかし勘違いしそうになるたびにレモンを絞ってくるので「こいつ、俺の事好きなんじゃね?」とか以前に攻防戦になるので甘い展開にはならない。


「くそぅ…」


 観念して箸をとろうとすると先に林檎ちゃんにパッと箸を奪われる。


「なんだかんだいいつつ食べるんですねー」

「そりゃそうだよ食べ物にはきちんと感謝しないと。箸返してね。」

「先輩、そういうところですー」

「なにが…むぐっ!?」


 林檎ちゃんがレモンのかかった唐揚げを俺の口に突っ込んできた。

 え?やっぱ俺の事好きじゃね?

 とか考える間もなく次の唐揚げが口内に襲来する。


 待て待て待て待て!!!


「まっふぇ、ひんごふぁん!んう…!!!」

「?おいしいですか?おかわりですかー?」


 良かれと思ったのか林檎ちゃんは嬉しそうにさらに唐揚げをつっこんでくる。

 嬉しいけど苦しい。いや苦しい。


「おかわりどうぞー」


 むぎゅ、とトドメの唐揚げが押し込まれた。

 良い子も良くない子も真似しないでほしい。

 ぼんやりとした意識の中、

 林檎ちゃんの「せんぱーい?ギブですか?え、あ、やば…」という声を聞きながら俺は意識を手放した。



「ん…?ここは…?…はあ…ッ!?」


 目を覚ますとそこはテーブルの上だった。

 何を言ってるかわからないと思うが俺が一番わからんから許してほしい。


 …正確に言えば食堂のテーブルの上に、小さくなった俺がいる。

 食べようとしていた特盛唐揚げ定食もそのまま存在している。

 状況を理解できないまま、ふと近くに置かれたどでかいコップを見ると


 そこには


 人間ではなく唐揚げが映っていた。


「か、唐揚げになってる―――!?!?!?!?」


 パニックになる俺。しかし唐揚げなので身動きが取れない。

 左右にゆらゆら揺れるだけ。どうしてこうなった!?

 頭を抱えようにも腕がないのでより混乱する。


『せんぱーい大丈夫ですかー?』


 突然頭上から聞こえてきた声の正体は林檎ちゃんだった

 いつもの林檎ちゃんだが、いつもと大きく違う点がある


 めっちゃでかい。

 巨人だ。


 というか、俺が唐揚げだから俺が小さいのか。


「いったい何がどうなってるんだ…まあ十中八夢だとは思うが…」

『せんぱい唐揚げ好きすぎて唐揚げになっちゃった感じですかー?』

「よくわからんけどそうらしい…っていうかよく俺ってわかったな」


 唐揚げになった俺は美味しそうではあるが俺要素が1㎜もないのに。


『わかるにきまってるじゃないですかー』

「なんで…」

『そんなことよりーレモンかけてあげますねー』


 ジュッッッッッッッ!!!!!!


「……は?」

『あ、はずしちゃいましたーもったいないですねー』


 レモン汁が落ちた場所が、溶けていた。

 テーブルにクレーターが、できている。


「溶岩…?」

『レモン汁ですよう』

「いやいやいやいや絶対ただのレモンじゃないって!!」

『レモンだもんー!』

 ぷくっと頬を膨らませた林檎ちゃん(巨)が俺の上にレモンをかけようと近づいてくる。あの、一滴で地面を抉り溶かしたあのヤバいレモン汁を。


「待って待って待って林檎ちゃん!!」


『待ちませーん!』


 おこだ。激おこだ。

 いつもぽやっとしてるのになんでレモンが絡むと過激になるんだ林檎ちゃん。

 とにかく逃げないとまずい。一旦逃げてから対策を練ろう。


 しかし逃げようにも今の俺は唐揚げだ。唐揚げなのだ。

 手も足も出ない。というか、無い。

 そうこうしている間にもレモンは迫ってくる。



「アアアアアア!動けよおおおおおおお!!!!」



 ヌ゛ッ…


「アァ!?生えた!?」


 人間の足が二本生えた。俺のお気に入りのヴィンテージジーンズを履いた足が。

 ついてきてくれるのか、ジーンズ…!!


 感極まっている足の生えた唐揚げである俺を林檎ちゃんはきょとんとした目で見ている。いやそうだよな…唐揚げから足だけ生えてるの我ながらまあ…キモイよな…いやいやいや!そんな事言ってられない!これで走って逃げられるんだから…!


 汁を噴射する直前だった林檎ちゃんは急に足が生えた俺(唐揚げ)を見てフリーズしている。今しかない。しかし足だけではうまく立ち上がれずもたついてしまう。バランスをとるためには…!


「来い!!腕!!」


 ズバッ!!!!!!


 生えた。


「……手羽先…?」


 手羽先が。


『手羽先に

   体は唐揚げ

       足は人』


 混乱しすぎて謎の句が頭をよぎる

 肝心の林檎ちゃんは


『フォルムがきしょーい…』


 腐った生ごみでも見るかのような目でこちらをみていた。ですよね。

 でも今がチャンスだ。俺は走り出した。


 気を隠すなら森の中。

 俺はひとまず付け合わせのレタスにスライディングした。


「ひんやりしてて気持ちいいな…レタス臭いけど…ん?」


 レタスの裏に何か書いてある。


【レモンをうまくかわし5問のクイズすべてに正解せよ】

【問1 彼女と初めて出会った場所は?】


 なんだこのクイズ。

 林檎ちゃんと初めて出会った場所?



 林檎ちゃんと初めて出会ったのは学食だ。

 入学して二年が経ったが俺はいまだに大学に馴染めていなくて。

 その日も気を使った同じ学部のやつらに外にご飯に誘われたけど断ってしまった。

 ひとり虚しく学食に向かい、券売機に並んでいた時…前の子がもたもたしていて…それが林檎ちゃんだった。ポケットというをポケットを首をかしげながらまさぐっている。ああ、財布忘れたのか。券売機を見ると500円の唐揚げ定食を選んでいたようだ。ちょうど500円玉が2枚財布にあったので俺は深く考えず券売機に500円玉をいれてしまった。今思い返すと見知らぬ男がいきなり奢ってきたらちょっと怖かったかな。


 ≪すみませんー今度お返ししますのでー≫

 ≪気にしないで良いよ、唐揚げ好きの同志って事で≫

 ≪……変な人ー…でもーありがとうございますー≫


 その後自分もワンコインのから揚げ定食を購入して席に着くと林檎ちゃんは隣に座ってきた。えっフラグ立った?こんなことある?と内心若干浮かれていた俺だったが…


 ≪お礼にレモンかけてあげますねー多めに貰ってきたので―≫

 ≪うわああああああああああああ≫


 同志だと思っていた彼女は、テロリストだった。


「答えは学食!!!!」


【ピンポーン 次は調味料周辺】


 どこからともなくアナウンスが流れる。天の声ってやつ?どうやら次のクイズは調味料付近にあるらしい。とにかく今はこの謎クイズに頼るしかない。駆けだそうとした瞬間ジュッと眼前にレモン汁が落ちてきた。


『せんぱいここにいたんですねーえーい美味しくなあれー』

「なってたまるかあああああああああ」


 俺は何度もレモンを避けながら調味料の置いてある場所に走った。

 一回でも食らったらゲームオーバー(人生的な意味で)だから必死だ。


 調味料置き場に滑り込むとソースの裏にまたクイズがあった。



【問2 彼女の名前を初めて呼んだのは会ってから何回目?】


 学食での忘れられない初遭遇から数日後、再び学食で彼女に遭遇した。

 券売機でからあげ定食を購入しようとしていたら、後ろから伸びてきた手に先に500円をいれられた。心当たりはある。


 ≪これーお返ししますー≫

 ≪…奢りで良かったのに律儀だな≫


 流れるように券を受け取り自然と並んで学食のテーブルに着く。


 ≪恩は感じてるんですけどーでもーレモンはかけたいなってー≫

 ≪なんでだよ!やめろよ!このレモン娘!≫

 ≪違います―私の名前は林檎ですー林檎ちゃんって呼んでくださーい≫

 ≪レモンちゃんじゃないの!?≫

 ≪よーんーでーくーだーさーいー≫

 ≪…林檎ちゃん≫


 はい、と言ってにんまり笑う林檎ちゃんは可愛くて不覚にも俺はドキッとした。

 ドキッとしたが「隙あり~」と、まんまと唐揚げにレモンをかけられてしまったのである。俺、ちょろいかもしれない。



「答えは2回目!!」



【ピンポーン 次はおしぼりの下】


「いやおしぼり全席に置いてあるんですが!?!?!?」


 でもやるしかない。

 林檎ちゃんは『まてまてー』と楽しそうに溶岩レベルの破壊力のレモン汁を滴らせて俺を追尾する。加減してくれ。なんとか避けながら付近のおしぼりの下を確認していく。もたもた持ち上げていると避けれないのでテキパキこなすがちょっと疲れてきた。


「…あった!!」


【問3 彼女がやたらと構ってくる理由は?】


 それは俺も気になっていて何度か聞いたことがある。

 なんでかけるんだよって。


 ≪好きになって欲しいからですー≫


 今日もそれに近い話はした。


 ≪あと何回かけたら好きになってくれますかねー?≫


 …唐揚げを、だよな?


「なあ林檎ちゃん、好きなものを好きになって欲しい相手ってどんな人?」


 レモン汁を避けながら思い出ではなく目の前の巨大な林檎ちゃんに問う。


『…?そんなのー好きな人に決まってるじゃないですかー?』

「……」


 自惚れそうになりながら俺は答えを叫ぶ


「答えは…好きになって欲しいから!」


 何を、誰を、とまでは自信がなくて言えなかった



【ピンポーン 次はピッチャーの後ろ】



 正解判定で良かった。

 ピッチャーってのは…あれか、水追加するポットみたいなやつね。


 俺はまた走り出すがモヤモヤしていて集中力が切れそうになる。

 話を聞かず楽しそうにあのやばいレモン汁をかけようと追いかける林檎ちゃんはやばいやつに違いない、違いないんだが…俺に構う理由。その答えが「好きだから」で正解だった。俺はずっと「レモンをかけた唐揚げを俺にも好きになって欲しい」から構ってくるのかと思っていたけど今さっき林檎ちゃんは言った。自分の好きなものを好きになって欲しいのはどんな人か。それは、


 ―――好きな人だと。



 ピッチャーの裏に滑り込むと今まさに考えていたことが書いてあった。


【問4 彼女の好きな人は?】


 ここで俺だと叫んで間違いだったらとんだ勘違い野郎だし恥ずかしいし悲しい。

 自棄になって走れないかもしれない。だから思い出せ。自信を持てるような言葉を。林檎ちゃんと過ごした思い出を。


 思い出の中の林檎ちゃんはいつも笑顔だった。俺を見かけると走って寄ってくる。

 隣に座ってくれる。レモンをかけようとはしてくるけどずっと楽しそうに笑っている。その時間が心地よくて毎日楽しみだった。


「…あ、」


 今日の会話を思い出す


 ≪なんだかんだいいつつ食べるんですね≫

 ≪そりゃそうだよ食べ物にはきちんと感謝しないと≫

 ≪先輩、そういうところですー≫


 林檎ちゃんは「そういうところ」だと言って目を細めて笑った。

 そういうところが、なんだろう。

 一か八か俺は人生最大の自惚れを無理やり自信に変換して叫んだ


「答えは…林檎ちゃんは、俺の事が好きだ!!!!」





【ピンポーン 次は彼女の手の甲】




『え、あ、はああああ!?』

 アナウンスを聞いた林檎ちゃんが名前の通り真っ赤な林檎のように赤くなった。


 マジか。

 マジで林檎ちゃんは俺の事が――…


『わああああああああ!!!!!』

「ギャ―――――――!!!!」


 3倍速くらいの速さでレモン汁が襲い掛かってくる。

 本人にその意図はないが殺人的な照れ隠しが俺を襲う。


 ていうか次の問題この状態で手の甲!?


 腕は二本しかないのに千手観音に見える位むちゃくちゃに動いている林檎ちゃんの手の甲を確認しなければならない。なんという高難易度――…!


 考えながらもレモンをよけなければならない。至難の業だ。

 どうしたらいい、どうしたらー…

 一か八か、ハッタリをかけてみる事にする


「林檎ちゃん!そのレモンなんかついてるよ!!」

『えー?』


 目論見通り林檎ちゃんは手を止めてレモンをまじまじと見つめ出した。

 くるりと裏返った掌。つまり眼前に手の甲が見えた。

 全神経を視力に集中させ最後の問題を読み取った。



【問5 お前は林檎ちゃんが好きか?】


 考えるまでもないだろ、こんなの。

 大きく息を吸い込んで叫ぶ。


「俺は、林檎ちゃんが、好きだ――――!!」


 強がって平気な顔をしていたけど一人の学食は寂しかった。

 勉強するために来てるし、と自分に言い聞かせていたけど

 林檎ちゃんがたくさんの人の中からいつも俺をすぐに見つけて、駆け寄ってきて、隣に座って、レモンの攻防戦をして、一緒にご飯を食べながらくだらない話をして笑って。


 俺はずっとその日々に救われていた。


 今だってそうだ。林檎ちゃんはこんな姿でも俺を見つけてくれた。

 レモンをかけてくるのは相変わらずだけど…正直危険度は普段より高いけれど、この状況を受け止められるのは他でもない、彼女が好きだからだ。




【ピンポーン】




 俺の告白と正解を告げる音声に林檎ちゃんが赤い顔のままフリーズした。

 でかくなっても可愛いな。林檎ちゃん。開き直ったら気恥ずかしさはどこかに行ってしまった。


【脱出方法は二つ。ボーナス問題に正解したら安心安全無痛の方法で脱出できます】


「待って、もう一つは痛いってそんなことある?俺なんかした?」


【ボーナス問題 好きな子が唐揚げにレモンをかけてきたら受け入れる?】


「え、それとこれとは話は別っしょ。林檎ちゃんは好き。でもレモンはこれからも可能な限り避ける。そのままのが美味いし。」


 反射的に何も考えず回答してしまった。実際問題レモンがかかってても食べれないわけじゃないが、かかってない方が好きだ。好みの問題。それはそれとしてかけようとしてこようがこまいが林檎ちゃんの事は好き。それも俺の本心。


【ブブ―!!ブブ―!!!ブブ―!!!不正解!!!!!】


「なんでだよ!天の声、お前さてはかける派だな!?」


【レモンかけない派は適当に彼女に食べられてください。そしたら戻れんじゃね?】


「急に雑になりやがった!!!!」


 ええい、こうなりゃヤケだ!俺はいまだ赤い顔で固まっている後輩めがけて走り出す。手から腕へ、腕から肩へと身体を駆け上がる。俺が身体の上を走る感覚で我に返った林檎ちゃんは慌てて『せんぱい、はれんちですー!』 と俺を払い除けようとするが、その手を華麗に避けて手羽先をはばたかせ肩から林檎ちゃんの口めがけて飛び立った。これが両想いに浮かれた男の本気だ。正直羽ばたいてる俺はめっちゃキモイと思うけど。でもこんな姿の俺をちょっとキショがりつつもいつも通り先輩と呼んで楽しそうにレモンをかけようとしてくる林檎ちゃんが俺は好きだ。

 だからこそ元の姿に戻りたい。日常を取り戻したい。食べられるのは怖いが…レモンをかけないそのままの唐揚げの美味さのプレゼンみたいなものだと思おう。

 そう、これは俺の愛とそのままの唐揚げの美味さの証明だ!!


 意を決して林檎ちゃんの口に見事飛び込む。


『むぐっ…』


 林檎ちゃんは何が起きたかわからないまま口をもごもごさせる。

 噛まれたら痛いだろうが耐えて見せる。


『おいひー…初めひぇ食べひゃ…手羽先…』


 あ、そっち…?


 ごくん、という音と共に俺の意識は暗闇に沈んだ。




 目が覚めると俺は、学食のテーブルに突っ伏していた

 隣の席で林檎ちゃんも突っ伏すように寝ている。

 良かった。ふたりとも無事だ。

 時間はそんなに経っていないようだけど人はまばらになっていた。


「常連のお兄さん、娘が迷惑かけたねぇ」


 背後から声がして振り向くとそこにはいつもの学食のおばちゃんがいた


 娘…?


「大好きな先輩に唐揚げ食べさせてたら気を失ったって泣きついてきてねえ…慌てて身に来たら唐揚げは吐き出しててぐーぐー寝息立てて気持ちよさそうに寝てるから様子見てたんだけど身体、大丈夫かい?」

「はい…大丈夫です…あの、娘さんってもしかして…」

「そこで寝てる林檎だよ」


 なんと。


「ほんとにごめんねえ。昔っから猪突猛進で…ペット飼った時も飼育委員になった時も可愛がり過ぎて嫌われちゃったりねえ…」

「僕は人間ですが…まあ想像できますね…」


 林檎ちゃんが動物を可愛がり過ぎて威嚇されてる姿が瞬時に目に浮かぶ。


「でもね、悪気はないんだよ。大好きなだけで。あの子ねえ…家でアンタの話ばっかするんだよ。構ってちゃんな子だけど仲良くしてあげてくれる?」


「ふ、ふーん…そうスか…ま、まぁ全然、なんかこう大歓迎?みたいな…?」


 やばい。親御さんに言われると挙動不審になる。恥ずかしさと緊張で変な汗が止まらない。しかもなに?家で俺の話ばっかりしてるの?可愛すぎじゃない???


「お詫びと言っちゃなんだけどこれ、食べとくれよ!」

 どん、と目の前にほかほかジューシーな唐揚げ定食が置かれる。


「え、いいんスか?」


 さっきまで自分が唐揚げだったから複雑ではあるものの、できたての唐揚げを前にしたらおなかが一気にすいてきた。結局さっき昼飯食べ損ねたし。


「じゃあ遠慮なく、いただきます――…」


 林檎ちゃんは横で寝ているのでレモンの心配はない。

 完全に安心しきった俺は大ぶりな唐揚げを口いっぱいに含んだ。


 …え?


「ま、待って下さい これ 唐揚げ まさか」

「ああ、あらかじめレモンはかけといたよ」


「似た者親子かよおおおおおおお!!」


 俺の泣き叫ぶ声が学食に響き渡る。


「そんなに喜んじゃって…!嬉しいねえ!! あ、娘が明日は唐揚げ弁当作ってくるみたいだからよろしくね」


 親子の嬉しくない絆に嘆く俺に夢のような言葉が与えられる。

 て、手作り弁当…だと…!?


「すんごい嬉しいけど…できたらレモンはかけないでって言っといてください…」

「ふぁ…先輩?生きてましたー?」


 俺とおばちゃんのやりとりを聞いてか林檎ちゃんが目を覚ました。

 な、なんか照れくさいな…


「生きてたっつーか生き返ったよ!一回死んだようなもんだあれ!」

「えへへごめんなさーい」


 ごめんなさーいじゃない!と叱りそうになったが、気絶した俺を心配して泣いたのか少し赤くなった目元を見たらなんだか怒れなくなってしまう。


「甘いなあ俺も…」

「レモン足りませんか?かけますかー?」

「酸っぱいのが欲しいって話じゃない!!」


 じゃれついてくる後輩

 ツッコミをいれる俺

 後ろで笑ってる学食のおばちゃんこと林檎母

 レモンのかかった特盛の唐揚げ定食。


 なんだかんだ、俺はこの日常が愛おしいのだ。


「…ん?あれ?林檎ちゃん覚えてるの?」

「?なにがですかー?あ、そういえば先輩さっき夢の中で手羽先になってたんですーおいしかったー」

「レモンなしの唐揚げと手羽先のハイブリッドな」


 二人同時に同じ夢を見ていた、なんて事あるか?

 もしや現実?ぐるぐると考えを巡らせていると林檎ちゃんが「先輩も美味しいか味見してまーす」と俺の肩に噛みつこうとしてくる。


「ぎゃー!!!食べないで!!!待って!!林檎ちゃん―!!!」


 何度目かわからない俺の悲鳴が学食に響き渡った。


 きっとこれからも騒がしい日々は続いていくんだろう。

 とりあえず今は、明日の唐揚げ弁当が心底楽しみだ。


 めでたしめでたし。

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俺と唐揚げにレモンかけてくる後輩。 星野アガサ @ags1016

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