「なぜか無人島に漂流できる系社畜の話。」

白柳テア

なぜか無人島に漂流できる系社畜の話。


一言で言おう。


俺の勤める会社「アキヤマ・インク」は、すでに時代的・コンプライアンス的にオワコンである。設立から3年、先月東証一部上場をし、ついこの前深夜帯のCMも放送し始めた、映像配信サービスの新進気鋭ベンチャー企業。そんな俺の会社の社長、秋山正則は、所謂ブラック企業であることを隠し通すサイコパス経営者だった。そのせいで今年新卒社員として入った25名のうち、17名は既に辞めていった。今日も俺は社長に呼びだされ、一対一で怒鳴りつけられる。


「あのさ、第三四半期終わったけど、磯山君の進めているプロジェクトの結果は?」

「いや、あの俺今年の4月入社ですし、トレーニング一切受けてないし、まだ結果は…。」

「これだから無能は困るよ…。悪いが、これから君は相当苦しむことになるよ。覚悟しておきなさい。」


「え、ちょ、冗談辞めてくださいよ…。」


だが、俺は社畜である。いくら脅されようとて、辞めることはできない。


新卒の年収が一番高い、それだけの理由でここに入社して7ヶ月、メンター制度、新人研修等教育は一切皆無で、毎日新規営業に立たされてきた俺は、企画とプレゼンの作成に追われ一日4時間の睡眠と土日出勤を、ひたすら繰り返してきた。そのせいか、俺は、この頃食欲がなく、日中に何度も強い眠気に襲われるようになっていた。

今の俺には、常習化した過酷な労働環境をひた隠しにするこの会社を内部告発し、是正する矜持しか残っていない。それから、明らかに何かを隠している秋山の素性を暴くこと。何度試そうと、社員の全てを監視するこの秋山に、内部告発は全て止められてきた。

辞めない俺も大概だが、どうも俺がこの会社に留まる、もっと大事な理由があったような気もする。だが、今はどうしても思い出せない。余りの疲労に頭が働かない。社畜にも限界はある。


―ああ、社長。とりあえず、一度くらい休ませてくれないか?頼むから。

俺は、柄にもなくその場に立ち止まり、力なく目を瞑った。後ろから殴られたような強い眠気が襲ってくる。


―もう、限…界だ…。

俺はその場に倒れ、意識を失った。



***

ザーッ、ザーッ。

波音と、潮のにおいが俺の感覚を刺激する。

異様な事態に気づき、俺はうっすらと目を開ける。

妙に足が冷たく、うつ伏せに倒れていた右頬にびっしりとこびりついた白砂がヒリヒリとしていたい。俺はこの状況を、一瞬で理解した。

俺は、無人島に漂着している。

ニヤつく秋山の顔が浮かぶ。「相当苦しむことになる」って、まさか、あの野郎の仕業か…?

っておいおいおい、流石にうちの会社の社長も、ここまでしねえだろう!

急いで立ち上がり、島の形状を確認する。左右に広がる砂浜は、視界の範囲でその縁の終焉を迎えているから、とりあえずそこまで大きくはなさそうだ。植生は、亜熱帯気候のヤシや性の高い植物が目の前の黒いジャングルを形成し鬱蒼と茂っている。勿論、小道具も食料も見当たらない。

ちなみに、俺は、サバイバルの知識が皆無だ。つまり、完全に詰みである。

23歳の俺は、現実社会では限界社畜、理解不能な理由で無人島に漂着し、生涯を終える?そんなの、嫌だ。

嫌だよ。何としてでも、戻ってやる。死ぬなら、あのサイコ秋山の化けの皮を剝がしてからだ。

限界社畜である俺の中に芽生えた、「生きたい」という欲求。我ながら、人間臭い。

俺は両手の拳をぐっと握りしめる。とその時、左手に何か固いものが当たるのを感じた。時計だ。

まさか動いてたり、しないよな?咄嗟に時刻を確認すると、水没したせいか、ヒビの入ったガラスのカバーに覆われた俺の時計が、止まっていた。15時23分。大体、俺が倒れた時刻だな。

今度は右手がズボンの右ポケットに触れた。


―ん、待てよ!?

そうか。俺のスマートフォンがあった。動くはずもないが、一応確認のために、右手の親指で機械の右の腹のボタンを押し、いつも通り画面を起動させる動作を行う。


<>


―おい。噓だろ?

バッテリーの残量、100%。時計は15時36分を指し、なぜか時が流れ続けている。俺が倒れた時刻から、少し経っているようだ。他に持ち物は、ない。電波時計は故障している。なのに、なぜかスマートフォンが起動している。

音楽配信アプリ、ネットワーク、全て起動を試す。だがどれも「押せない」。アプリは確実にそこにある。設定もそのままだ。な、なんの冗談だよ…?一気に混みあがった期待と極度の興奮が吹き消される恐怖に震えながら、すがる思いで一つ一つ無茶苦茶に押していった。


「電話マーク」

俺はそれを震える右手で押す。


―あれ、押せたぞ。


電話帳が開く。俺の口の両端の口角が自然とぐいーっと上がる。電話機能が、動作している。時計と電話以外、一切動作しねえのに、本当、何の冗談だよこれ。もとから私用携帯の電話などほとんど使わないから連絡先など数名だが、この際つながりゃ誰でもいい。そう思った俺は、同期の信太の名前を押す。激務でさえ飄々とこなす俺の数少ない同僚の一人のアイツは、この事態が秋山の茶番だとしても、信じてくれるに違いない。


しばらくして、電話は、つながった。笑える。そりゃつながるよな。これが悪夢なら、一刻も早く冷ますに限る。慎重に深呼吸をし、信太が応答するのを待つ。その時だった。


「あなた、だあれ?」


人の声がする。俺は反射的に目を瞑る。頼む。嘘だと言ってくれ。これ以上理解不能な要素をこの悪夢に詰め込まないでくれ。俺はあともう少しで、帰れるんだぞ…。

「どうして、ここにいるの…?」

それは少女の声だった。俺は仕方なく目を開ける。

声のする方を見ると、ヤシの木の陰から、白いワンピース姿の金髪の女の子が、こちらを見つめていた。え、誰…てか。


―可愛い…!


俺の頭の中の語彙「可愛い」と等式の右辺に全て当てはまる要素…ミステリアス天使ロリ金髪。咲き誇るコスモスのように可憐で、雨宿りをする小鳥たちの憂いを帯びた瞳のような儚さ…を持った美少女が、そこに立っていた。一瞬で俺の顔が真っ赤になる。


「…っ、えっと、君は…!?」

「私は○○○!あなたは…!?」


その少女は何かを叫んだが、俺の耳には届かなかった。その時スマホの向こうから物音がした。

「…磯山、どうした?」

「もしもし、信太か…?あ、あのさ…。」

俺はその金髪美少女の姿と声が消えていくのを感じながら、意識を失った。

この無人島を理解することから、俺は逃げた。



***

さて、何度も言おう。俺は限界社畜である。

無人島から信太に電話を掛けた俺は、電話が「つながった」その時、またオフィスに引き戻されていた。あの後すぐに電話が切れたので信太は少し怒っていたが、事情は伝えていない。時計を見る。時刻は15時23分。俺が無人島にいる間、現実世界の時は、止まっていた。社長に話すべきか?いや、話すだけ無駄か…。そもそも、既に会食で席を外している。俺も、16時からミーティングが立て続けに入っているし、現実世界の時間は悲惨な目にあった俺に構わず、無残にも前に進んでいく。その日も結局、夜11時に帰宅した。疲れ切った俺は、シャワーも浴びずベッドに倒れこむ。片手に握りしめたままのスマートフォンをぼんやりと眺める。


―このスマートフォンが、無人島で動くって、どういうことだよ…。


「異世界転生」じゃあるまいし、意識失って無人島に漂流して、すぐ帰されるって、そんなシナリオ聞いたことがない。俺はただ「電話をかける」という一つの行為のみ許される妙な「縛り」がかかった俺のスマホから外部へ連絡しただけだ。まるで、かけるかかけないか試されているみたいじゃないか…?


―にしてもあの女の子、可愛かったな。名前とか、あんのかな。

俺は無人島で、こっちを見つめていた謎の美少女のことが頭から離れなくなっていた。


翌日、6時に起床した俺は、まあ、変わらず出勤をしていた。テレワークが大分普及した現在は、6時台の電車は結構空いている。欠伸を嚙み殺して日が昇り始めた外の景色をぼーっと眺める。疲れが尋常じゃない。俺の脳は自動的に考える。


この電車、いっそのこと俺を、無人島に連れて行ってくれないか?


俺はつり革に全身を預けて、目を瞑る。眠…




***

ザーッ。ザーッ。

波音と潮のにおいが鼻をくすぐる。顔にこびりついた砂を感じ、目を開ける。

俺は、無人島に漂流していた。

ハッとして所持品を確認する。通勤時のバッグは消えている。壊れた時計は、6時45分を指している。やはり、意識を失った時で時間は止まっていた。起動するスマートフォンは、バッテリーの残りが100%で、変わらず「電話」だけは出来るようになっていた。


「だいじょうぶ?」


突然、聞き覚えのある声がして顔を上げると、金髪の美少女が倒れている僕の側にしゃがんで、俺を見ていた。憂いを称えた大きな瞳は、澄んだ若草色をしている。

「私、サラ。あなたは、どうしてここにいるの?」

俺は慌てて体を起こしてサラ、という名前のその少女と向き合う。

やっぱり、彼女は可愛い。いや、少し可愛すぎる。「俺」の理想の可愛いを全て詰め込んだような少女が目の前に現れるなど、都合が良すぎると思うくらいだ。

着ている純白のワンピースは、少女の可憐な魅力を引き立てるために存在しているようなものだ。思わず肌に触れたくなるのをぐっとこらえる。

「わ、分からない。俺が目を瞑ると、いつもここに漂流しているんだ。君こそ、どうしていつもこの無人島にいるの?ここはどこなの?」

「それはね…あなたがここにいるから、私がいるんだと思う。」

「えっ、それってどういうこと?」

「質問はあと。とりあえず、この無人島を案内するね!」

そう言って、少女は俺の手を引いた。ほっそりとした指が、俺の左手をそっと包み込む。

ちょっと待ってくれ。もしかして、今から無人島で美少女とのサバイバル生活が始まろうとしているのか?理想の美少女と…?俺の期待が一気に膨れ上がり、鼓動が早まる。

今俺、もしかしてこの世で一番幸せな男なんじゃないか?

俺の今までの苦労が全て報われる時が、ついに来たようだ。ふと気になった俺は右ポケットのスマホを確認する。電源、残り98%。到着してから数分だろうか?

既に2%、減っていた。


俺が始めて漂流した時に鬱蒼と茂っていたジャングルに、少女は裸足で迷わず入っていく。道などないのに、どこかを目指しているかのように、どんどん奥深くへ入っていく。俺はこの無人島がこの地球上に存在する場所なのかは愚か、これが現実なのかすら分からない。

「君は、ここに住んでるの…?」

「私は、ここであなたが来るのをずっと待っていたのよ。」

「俺のことを待っていたって?君一人で?」

「いいえ。私には沢山お友達がいるわ。」

お友達。俺は瞬時にジャングルに湧く温泉で戯れる美女達を想像した。艶やかな肌ときれいな谷間にのった水滴がきらめき、笑い合う俺好みの美女達…。サラとの出会いがあったんだ。それくらい、あってもいいよな?

「ぼーっとしてちゃだめ。私のお友達が来るわ。」


「ちょ、ちょっと待って!」

俺は、サラに向かって叫んだ。


きょとんとした顔でサラが俺を見つめる。こんなに調子がいいはずがなかった。俺には、現実世界での義務がある。第一、限界を迎えた社畜となった途端、この楽園に漂流するなど都合が良すぎる。出来るだけ考えないようにしていたが、俺はポケットからスマートフォンを取り出した。バッテリーの残り、20%。思った通りだ。


「サラ。よく見てくれ。これ、俺がこの無人島から帰る唯一の方法。このスマートフォンで俺の世界に電話をかけることで、俺は帰れる。充電がある限り、俺はいつでもこれを使える。だけど、君と時を過ごして、楽しいと思えば思うほど、充電が減っていくんだ。今、俺が君の友達なんかと遊んだら、確実に電源が切れる。そしたら、もう俺は、二度と現実世界に戻れなくなるんだよ。」


俺が説明し終えると、サラが涙を流していた。

「どうして…。どうして…?」

「俺だって、君に説明できたらいいさ。俺、妙なゲームに巻き込まれちゃったんだよ。「無人島に遭難できるゲーム」にさ。誰が糸を引いているのかは分からない。君だって、誰かに操られているかもしれない。これは俺の問題なんだ。俺は出来るだけ君を巻き込みたくない。」

「そんなことない。私、あなたをずっと待っていたのよ。もっと一緒にいたい。ダメ?」

サラが俺の腕にぎゅっと抱き着いてくる。俺の鼓動は自然と早まり、抱きしめたい衝動に駆られる。俺は目を瞑って、横を向く。

「ごめん、今は君を信頼できない…。」

いつの間にか日が暮れていた。

だいぶ、長いことこの無人島にいてしまった。再びスマートフォンを取り出すと、電源は10%まで減っていた。「電話マーク」を押す。信太雄太を選択。信太は間違いなく出てくれるはずだ。まだ半べそをかいているサラを見つめて、俺は頭を撫でた。

「俺、またここ来ちゃうんだと思う。サラは、俺のことなんて、待ちすぎないで自由に過ごしてくれよな。」

「えへへ。だったら、楽しみにしてるね。」

サラは、本当に可愛い。本音を言えば、この子と過ごしていたい。だけど、だからこそ、俺はこのゲームに巻き込まれた理由を知らないといけない。信太に電話をかける。

すぐに信太が応答した。俺はサラを見て一度強く頷く。

「ああん?今度はどうした。」

信太のダルそうな声が聞こえてきた。

「信太、あのな…。」

俺がそう答えた瞬間に、俺は再び現実世界に引き戻された。




**

そんなわけで、俺は「無人島に遭難できる系社畜」となった。

遭難できる時。それは、激務の合間に現れる。ふと目を閉じて、無人島を想起する。逃げたい、と。それだけで俺は毎回毎回、同じ無人島に遭難している。俺の遭難条件は変わらない。毎回、止まった時計、スマホ上でタイマーのように流れる時間。減っていくバッテリー。

もちろん、毎日サラは俺のことを待っていた。最初に見惚れたように、サラを前にして俺は緊張しっぱなしだ。俺がこの島にいられる時間は、平静を保っていても、6時間が限度だった。これだけ興奮しなければ、毎回無人島に長く居られたはずだ。例えば、その、エッチとかしたら、確実にバッテリーが切れる、よな。

俺が遭難できるようになった理由は未だに分からなかった。ただ、今期の結果が出せなかった俺は、「第四四半期の結果」を出すと社長に公言しながら会社に居残りつつ、内部告発の証拠を集めづける。疲労のせいか、稀に意図せず無人島に飛ばされることもあった。そうして、神経だけが擦り減っていった。

俺の理性が崩壊するまで、あと少しのところまで来ていた。



俺の漂流が始まってから、1週間が立った頃、

俺がオフィスに戻ると、異様な空気が流れていた。

新入社員の一人、天音琴が消息を絶ったとのことだった。

実家暮らしの天音の両親から、連絡も一切繋がらず、一週間家に帰っていないとの連絡が入った。もちろん、その1週間、俺たちは天音を見ていない。新入社員が突然来なくなる、そんなの日常茶飯事だった。

社長から緊急招集がかかり、俺と信太を含め、新入社員7名が会議室に集められた。

「まさか、秋山のやつ、俺ら疑ってんじゃねえだろうな。」

信太はダルそうに頭を掻きながらそう言った。俺の無人島ループが始まってから一週間が経っていたが、俺はまだ信太にそのことを言っていなかった。にしても、いきなり天音がいなくなるなんて、何の予兆もなかった。あまりに突然すぎる。

会議室に入ると、俺達は他の新入社員と一緒に直立不動で社長を待った。それにしても、皆何かに憑りつかれたように憔悴しきっていて、目が落ち窪んでいる。まるで、俺みたいに。突然扉が開き、社長が入出する。

「さて…察しはついていただろうが、今日は天音琴の失踪の件で集まってもらった。お前達の中で、事情を知っている者がいるなら今すぐに私に言いなさい。」


天音と仲良くしていた女性社員が歩み出る。

俺は、一つおかしいことに気づいた。


―この社員、この前見た時から滅茶苦茶太ってないか?


「…社長。私達が知っているはずありません。天音さんは、自宅を出てすぐに失踪したんですよ。働きすぎて嫌になって、どこかに逃げたんじゃないですか。」

「「逃げた」だと?」

社長が怒りを込めて天音の言葉を繰り返すと、女性社員ははっとして口を抑えた。だがその言葉を聞いた社員たちが顔を見合わせたのを、俺は見逃さなかった。

「…な、なんでもありません…。でも、本当に知らないんです。」

「まあ良い。お前達が同僚の行方すら知らないなら、それまでだ。天音の件は、こちらで片付ける。一つ忠告をしておこう。下手に嗅ぎまわると、その分苦しむことになるぞ。」


社長に脅された俺たちは、文句を言いながら会議室を出た。

さっき、社長を責めた女性社員が、隣の男の同僚に話しかけた。

「絶対、天音さん、無人島に取り残されたよね…。」

俺は、その言葉を聞き逃さなかった。

「…なあ、今、「無人島」って言ったか…?」

「え…う、うん。知ってるの?」

「知ってるも何も、俺毎日巻き込まれてるから。」

女性社員は目を丸くして、声を潜めて言った。


「実は、あたしもなの。それって、ケーキが無限に現れる無人島よね?

本当に美味しくて、あたしがこんなに太ってしまって…。」

「ケーキ?いや、違う。俺の無人島は、絶世の美女が住んでる。」

「え…噓…。」

「僕の無人島…。僕は、そこで100mを3秒で走れるんだ。」

俺達の会話を盗み聞きしていた、さっき女性社員に話しかけられた男性社員が

顔を突っ込んで、俺たちにそう言った。

よく見たら、その男性は、ガリガリに瘦せてしまって、見る影がない。

「僕、もともと貧弱な体だから有頂天になって走りまくって、でもギリギリのところで帰ってきた…。」



俺は、気づいてしまった。「無人島に漂流できる系社畜」は、

俺だけじゃないことに。

社長に集められた7名。少なくともそのうち3名は、俺と同じ「無人島ループ」を繰り返していた。条件は全く一緒だ。スマートフォンからの外部への連絡一つで、現実世界へ戻れる。だが、一つだけ決定的に違うこと―それは、「サラ」は俺にだけ見えていること。

つまり、サラは俺の欲望の結晶だった。皆それぞれ、欲望の結晶が違う姿となって表れる。

人によっては、それは際限なき「美味」だったり、形のない「体の万能感」だったりする。だが皆、その欲望に引き込まれる手前で、何度も漂流しては、何度も帰還していた。 皆、欲望に食われかかっているから、その分、身が擦り減っていく。巻き込まれた3名は、俺も含め、1週間前と比べて、見る影がないほどに変わり果てている。


これで合点がいった。つまり天音琴は、欲望に呑み込まれ、現実世界から姿を消した。

だが、漂流した者が唯一の脱出方法をはく奪され、無人島から帰ってこれなくなった後のことは、誰も知らなかった。天音の消息は、彼女が漂流している無人島に行かない限り、知る余地がない。

無人島がいくつ存在するのか、同じ無人島に漂流し得るのか、誰がこのゲームに巻き込まれているのか、何も分からなかった。

信太にも事情を伝えた。彼は巻き込まれてはいないらしかった。同じ新入社員の立場でも、巻き込まれる者とそうでない者の違いがあることも、検討がつかなかった。


俺は、無人島ループに巻き込まれた二人から、社長に天音琴の失踪について固く口留めされていることを聞いた。このゲーム、秋山が確実に関わってる。間違いねえ。


ここまで来ると、俺に残された道は二つだけになる。


1.現実世界と無人島を行き来して、この無人島ループから俺達を解き放つこと。

2.現実世界へ戻ることを諦め、無人島に留まり、堕落した生活を送ること。


1つ目の選択は、俺たちを堕落させるこのゲームを解明し、終わらせることを意味する。

2つ目の選択は、俺がサラに伝えた通り、サラと永遠にいることを示した。



俺は目を瞑った。


波音と潮のにおいがする無人島を、想像した。 サラを

それと同時に、このブラック企業を牛耳る秋山、それに信太、変わり果てた俺たちの同僚の姿を想像した。


俺の答えは、もう決まっている。

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「なぜか無人島に漂流できる系社畜の話。」 白柳テア @shiroyanagi

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