第五話 桜文字の懐刀

 目の前には桜色の甲冑を着込んだ武士が佇んでいた。

 背丈は2mを優に超え、背には俺の背丈程の長さはあるだろう太刀を背負っていた。どれだけ低く見積っても1.7mはある。


 辺りを一瞥する。リンダとマックスが後退りし、ホルスターにしまったばかりの拳銃に手を掛けていた。

 何かやばい。目の前の男から発される殺気は尋常ではない事が、素人の俺にもわかる。


「お、おい…アイツは何者なんだ…?」


「桜華お抱えの傭兵さ…それもトップ級のな」


 マックスは冷や汗を頬に垂らしながらも両の拳銃をホルスターから抜き、武士の前に対峙した。


「貴様らの様な雑兵に名乗るつもりは無し。後ろのテックは返してもらおう」


 武士は太刀をゆっくりと抜き、最上段に構える。

 剥き出しとなった殺気。全身に鳥肌が立つ。

 恐ろしい。数秒後ぶつ斬りにされ、悲惨な末路を迎える自分を簡単に想像できる。


「では、行くぞ」


 吶喊する鎧武者、その両側方から突如として現れた伏兵がいた。

 光学迷彩機能を搭載した装甲に身を包んだ桜華お抱えのサイバー忍だ。敵は一人ではなかった。

 武士よりも速く、こちらに飛び込んでくる。


 即座にリンダが右側方の忍をハッキング、全身の自由を僅かな時間だが奪う。そのスキにマックスと左方忍を集中砲火フォーカスし、撃破する。

 次いで持ち直した右方の忍、弾幕を避ける為に身体を低く、獣の様な姿勢でマックスに飛び込んだ。

 彼は攻撃を半身で避け、ガラ空きとなった敵対者の顔面へジャストタイミングで膝を合わせ、意識を刈り取る。


 だが、第三波。

 鎧武者が烈波の如き勢いでこちらに向かってくる。構えは最上段ではなく霞の構え、所謂突きの構えに変更していた。


 奴と目が合う。

 まさか、標的は俺か?

 いや、よく考えてみろ。俺がヤツならまず一番にショボそうな奴を狙って、数的有利を多少はマシにしようとするだろう。

 この中で一番ショボそうなやつ。間違いなく俺だ。


 剥き出しの殺意が目前に迫る。

 俺はリンダから受け取った拳銃を両手で構え、対峙した。

 腕が震えている。落ち着け。こいつを当てなきゃ俺は確実に死ぬ。

 いや待てよ…こんな銃から発射される一発や二発程度でこんなバケモノが止まるのか?


 迷うなよアーサー。記憶喪失のままこんな所で野垂れ死んでたまるかってんだ。



 俺は引き金を引く。

 が、弾丸は打ち出される事はなかった。


(摂取後数週間でアソコのサイズ20cm増大!男性諸君!見栄を張れ!)


 拳銃上部から突如浮き出たホログラムには、下品な広告が映されていた。

 広告時間は15秒。スキップ不可。


「今使いたいのはソッチじゃねぇ!」


 ああ、ヤツがもうすぐそこに来てやがる。

 死ぬ。死ぬ。確実に死ぬ。

 死ぬんならさ、せめて金持ちになって、女抱きまくって、酒池肉林の限りを尽くした後、午前2時頃寝具の上で眠る様に死にたかったぜ。


「まずは一人────」


 ───神速の突き。


 2m超えの体躯と膂力から繰り出される不可避の刺突。

 だが、その切っ先は俺の目前で止まった。


 切っ先は血塗られている。マックスが俺を庇った。

 口からは大量の血液を吐き、太刀に穿かれた胸元は朱に染まっているが、意識は喪失しておらず、武者に向かって銃を構え叫ぶ。


「撃てぇッッ!!!」


「ッッ!」



 目障りな広告はいつの間にか終わっていた。

 俺は引き金を引く。


 マックス、リンダ、そして俺。

 三者から浴びせられる弾丸の嵐は、強固な鎧を着込んだ武士を大きく怯ませた。


 奴は篭手で頭部付近の致命的な一撃を防ぎ、太刀を引き抜き一瞬で距離を取る。

 全身の被弾箇所から白煙を立たせ、甲冑の所々が欠損したり傷付いてはいるが、戦闘続行が不可になる程度の損傷ではなかった。


 その直後、マックスが膝から崩れ落ちる。

 出血多量で意識を失ったらしく、こちらの呼びかけにも応えない。


「…予想以上に損傷を受けた。もう貴様らを雑兵とは呼ばぬ」


 鎧武者はそう言うと、再び最上段の構えを取った。

 先の吶喊を更に上回る殺気で、こちらに迫る。


「うおおおお!来るぞ!」


 俺は叫ぶ。だが、もう一人いる筈の戦闘員が反応しない。

 俺は後ろを振り向く。


 リンダは呆然とその場に立ち尽くしていた。


「マ、マックス…」


「リンダ、何してるんだ!?ヤツが来るぞ!」


「そんな、嫌だよ…マックス…私、アンタがいないと…」


 ああ、ダメだ。パニックを起こしてる。

 マックスはうつ伏せに倒れ、大量の血を床に流して動かない。

 鎧武者は先程と違い、ゆっくりと距離を詰め、必殺の間合いを推し量っていた。

 万事休すか…。


 瞬きの刹那に武者の姿が一瞬消え、目に映るは刀剣の眩く艶やかな輝きだった。


 嗚呼、せめて息絶える前に記憶だけでも取り戻したかった。

 まだ始まったばかりだってのに…。


「ッ!?」


 俺に振り下ろされた剣撃が何者かに弾かれる。


「オイ、オイオイオイオイオイ」


 聞き覚えの無い男の声。

 武者は動きを止め、声の在り処に振り向いた。


「ここは"ダイヤモンド・ベイ"の自治区だぜ〜?なんで"桜華"のボケがいやがるんだよ?オイ?」


 青色のラインが入った黒ずくめのタイトなコンバット・スーツに身を包んだ男がそこに一人。

 手には聞き覚えのないメーカーの瓶コーラ。栓はまだあけちゃいない。


 ─────────────────────


「その言葉そっくりそのまま返すぞ。"スキップ"ジェスター。なぜ貴様が此処にいる。」


「姐御がここのCEOに用があってね。時間まで暇だったんで街をぶらついてたら、こんなトラブルに巻き込まれちまったワケだ」


「にしても出くわしたのがオマエで良かったよ。"ハジメ"」


 彼は余裕綽々な態度を崩さず、腰に提げたクナイを一本抜く。


「"中野"だったら…楽な仕事じゃなかったさ」


「あの方は別件だ。此処にはおらぬ」


「そうかい。ならよかった!」


「……猿芝居はよせ」


「アン?なーにが芝居だってんだよ〜」


「貴様が得にもならぬ人助けなどする筈が無い」


「オイオイ!失礼極まりねぇな!」


 男は額に手をあて笑う。

 直後にこちらを見据えた目は、先程のおちゃらけた雰囲気とは異なり、殺意の籠った目だった。


「…まぁ、その通り。"Z.S.M"もその件に一枚噛みたいんだってさ…」



「テックは渡さん!殺されたくなければ立ち去れ!」


 今まで殺し合っていた筈の俺達には目もくれずハジメは翻り、眼前の男を威嚇する。


「怖いからやめてくれ〜。でもなんか勘違いしてね?オマエ」


「逃げなきゃ死ぬのはだよ。一」


「オレが"格上"で、お前が"格下"。ユーノー?」


 ジェスターの煽りを真に受けた一は、激怒し大声で叫びながら彼に斬りかかる。

 凄まじい剣速、不可避。の筈だった。

 軽々とした身のこなしで難なく一太刀躱したジェスターは、瓶コーラの飲み口をがら空きとなった一の顔面に向け、一言。


「BANG!」


 その刹那、突如として栓が弾け飛び、暴れだした二酸化炭素と共に内容物が噴き出す。


「!?!?」


 予想外。しかも顔面に。

 完全に不意を突かれた鎧武者はいまやただのデカい的でしかない。

 ジェスターは的確に念入りに執拗に、鎧の隙間を狙って攻撃をする。


「コーラは缶より瓶のがウメェ!オラァッ!」


 合間の無い連撃に、もはや反撃は叶わない。

 かと思われたが、一は自慢の耐久性を活かし無理矢理太刀を振り回し、ジェスターに距離を取らせた。


 先程の攻撃がかなりの痛手となった様で、彼はぎこちない。

 全身義体、足指の先から頭の先まで鎧で包んだ彼でも、関節部の耐久性だけは克服出来なかった。


 このまま膠着状態を作ったとしても、勝利はない。ならば賭けに出よう。彼はそう考える。


 内外に大きな変化をもたらす全身義体化はこの街の人間にとってかなりの忌避感を持たれている。

 AIやロボット技術の進化により、限りなく人間に近い機械人形も開発される様になった。


 要するに、の区別がつかないのだ。

 霊長類。全ての優秀な生物の長という傲慢なカテゴリーに自分達を類し、その枠組みの中でも頂点を自覚している我々人類の半数は、そのアイデンティティの喪失に耐えられない。


 それこそ、それよりも大きく重要なアイデンティティが無ければ。



─────────────────────


「義体化ってロマンだけど、実際やるなら結構課題多いですよね。共通規格とか、耐水性とかそのあたりの耐久力、経年劣化とかも考えないとね…」


水を差す作者 より






































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る