第四話 チェイス&セフト

 従業員二人を後ろに叩き込み、俺達はトラックをジャックした。

 運転役はリンダ、俺は人質二人の見張り。

 走り出すトラックの後部ドアを僅かに開き、外の様子を伺っているマックスはホルスターから拳銃を抜いた。


「で、行き先は本来の"待ち合わせ場所ランデヴーポイント"でいいわけ?!」


 事前に渡されたイヤホン型通信機から、リンダの大声が響き渡る。

 耳の痛みに悶絶しながらマックスは答える。「それでいい」


「もう少ししたらケツにサツ共がひっついてくるわよ…」


「ああ、わかってる。そろそろアイツから逃走経路が送られてくる筈だ。それに従ってくれ」


 けたたましいサイレンの音と共に、背後に三台のパトカーが猛追する。

 あっという間に後部に密着され、スピーカーで投降を促される。


 こんな、知らない土地知らない街で犯罪者としてパクられてたまるか。自分の事すらわからないのに、檻の中は御免だ。畜生が!


「送られてきた…了解!飛ばすわよ!」


 急に速度を上げたため、僅かに開いていた後部ドアが全開になる。近くにある手摺りを何とか掴み、踏ん張る。

 手足を縛られている従業員はそうはいかない。一人は勢い良くトラックの外に投げ出され、俺達を追っているパトカーの一台に轢かれてしまった。

 バランスを崩したパトカーはスピン、そのままフェード・アウト。


「ここまで連れ回しちまって悪いな、今解放するぜ」


 運良く生き残った方もマックスによって外に投げ出される。

 これで二台目の退場だ。


 残り一台となったパトカーがトラックに追突、そのまま密着する。

 ドアガラスが開き、中から出てきた警官の手に握られていたのは拳銃。

 人質を放棄した犯罪者を生かす理由などこの街にはないらしい。


 スピーカーから警官の声が聴こえる。


「生憎だがうちの署は弾丸不足でね、威嚇射撃を禁じられてるんだ」


「へぇ、そうかい…これから人手不足も深刻化するだろうな」


「ぬかせ!」


 マックスは全開にされていたドアを掴んで引き戻し、射撃戦を開始する。

 パトカーのフロントガラスは防弾仕様らしく、弾丸が通る気配はない。

 対してこちらのドアはいくら金属製といえど、弾丸用には出来ていない。いつかは貫かれる。形成は最悪だ。


「俺も加勢する!」


 防弾仕様だろうが、弾幕を張ればある程度は牽制になるはずだ。そう思っていたのだが、マックスに制止される。


「弾は残しておけ!それに、お前はまだ見習いだ。怪我させられねぇよ」


「でも、このままじゃ皆殺しだ」


「うちの参謀が作った逃走経路を信じな…」


 その刹那、忙しなくハンドルを捌くリンダの耳に"参謀"からの通信コール、手早くそれでいて簡潔に参謀は伝える。


「脇道に外れてください。すぐそこに車高制限2.5mの地下道に続くトンネルがあります。そこへ向かってください」


 リンダは困惑した。このトラックはどれだけ低く見積っても3mを下回ることはない。トラックの全貌を眺めたのは時間にして約数分といった所だろうが、その程度の予測は立てられる。


「アンタ、正気?《マジ?》」


「ええ、本気マジ


「…了解!」


 彼女と"参謀"の付き合いは決して長いわけではない。だがリンダは信じ、脇道へ外れ例の地下道の入り口までやってくる。

 背後ではパトカーとマックスが苛烈な銃撃戦を繰り広げている。

 遠くからは特徴的な風切り音、サツのヘリが近い。このままでは命はない。リンダは察し、腹を決めた。


 通信機に向かって彼女は叫ぶ。


「突っ込むわよ、衝撃に備えて《Brace for impact!》!」


 二人に伝わった時には、既にトラックは突っ込んでいた。

 激しく強い衝撃。トラック上部、天井が削げ落ち、追従するパトカーのボンネット部分に激突、瞬く間に爆発炎上。


「軽量化と追手の排除を兼ねた経路計算です。何か問題は?」


「今の所は…それで、次やる事は?」


 衝撃で多少脳が揺れ、頭痛に苛まれながらもリンダは次の指示を仰いだ。


「只今こちらでトラックの独自GPSを解除しました。これで追跡の心配はありませんが、公道ではありとあらゆる地点で検問が行われています」


「じゃあ…どうすれば」


「道を走らなければ良いだけです。指示に従ってください」


 下水臭の激しい地下道を五分ばかり走行した後、前方に上り坂、光明が見える。出口だ。

 そして、外からはおびただしいサイレンの音が聴こえ、彼女の耳を劈く。


「そこを出た所ですぐ近くに検問があります」


「このまま出ていいの?パクられるじゃない」


「問題ありません。計算上は」


 "参謀"の不安を煽る倒置の一言に、リンダは心底ソワソワしながら光明にトラックを進ませた。

 刹那のホワイト・ホール。彼女の眼は義眼だが、それでも感覚器だ。


 瞳孔の調節が済んだ後、目に映るは久々の娑婆。サイレンの音は鳴り止まない。

 明順応が済んだ後、彼女の義眼に映る指示ルートは実に奇妙なものであった。"道を走らなければいい"。その言葉の解釈をもう少し広げるべきだったろう。示していたのはビルの中、だが今更躊躇しても遅い。リンダは決めた腹を覆すことなくブチ破るはガラス張り。ビル内は巨大なオフィスで、中では大勢の社員がせっせと業務を進行している最中であった。


 アポ無し突然の来訪者来訪車に驚愕し逃げ出す者もいれば、状況を理解できずにその場で固まる者、大声を上げるだけの者。彩りみどりである。

 その中をトラックは駆け抜ける。


 次に向かうはもう一軒先のビル。このまま市内のオフィスを縫うように検問を潜り抜け、ランデヴー・ポイントに辿り着くのが"参謀"の作戦である。

 次の目的地が建設されている土地は盆地の様になっており、こちらのビル一階があちらではビル五階程度の高さの差があった。


 ガラス窓をブチ破り、次のビルへ飛ぶ。

 距離にして10mあるだろうか、その程度の距離をトラックは勢い良く飛ぶ。

 三階の窓を破り、中に躍り出るトラックの周りにアーサーにとっては奇妙な光景が広がっていた。


 そこには足の先から頭の頂まで、肉ではなく金属で包まれた人型の機械人形の群れ。

 それらが何やら奇妙な椅子に管で繋がれ、痙攣に似た動きを繰り返している。


「ここはなんだ?」


「労働用機械人形の調整クリニックさ。高度な人格プログラムを擁したロボットの作業効率は高いが、人間と同じくストレスを感じる。そのままにしておくと自壊に走ったり、他の人形や人間に危害を加える事もある。だからこうやって"娯楽"を与えてんのさ」


 マックスは壁に寄りかかる様に腰掛けながら、こちらを見る事なくそう語った。


「どういう仕組みなんだよ…一体」


「そりゃあ、人間と同じだぜ」


「よくわからないな」


『ちょっと、こっちは必死こいて運転してんですけど!?何くっちゃべってんだ野郎共』


 リンダの怒号が再び通信機に響き、会話はそこで終了した。


 再び窓を破り、外へ飛ぶ。目に映るは先程の光景とは打って変わり、城の様に複雑で大きいボロの駐車場だった。


 落下防止用フェンスを突き抜け、中に入る。

 打ち立てられている柱のどれもが落書きまみれ、ドラム缶にガソリンを撒いて着火した焚火を囲む浮浪者達は、ここの正当な利用者ではないだろう。


 駐車されている車は大体が窓が割られているか、スクラップと化しており、手がつけられていない車も中にはあるが車内は埃まみれでフロントガラスは灰に染まっている。


「到着した…待ち合わせ場所ランデヴー・ポイント


 三人はトラックから降り、辺りを一瞥する。


 だが、周囲に待ち人らしき人物はいない。本来であれば、受取人がこの場に既に到着しているはずだった。


「アルバートの寄こした遣いがいる筈なんだが、妙だな」


『遣いと云うのは、此奴の事か?』


 無造作に投げ出された死体の前には、招かれざる客人。

 血に塗れた追跡者との望まぬ逢瀬が口火を切った。


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