あかね荘では幼なじみラブコメディが繰り広げられている。

有機栽培無機質

第1話 5月30日 曇り

 

 目を覚ますと、お姫様のような少女が隣で眠っていた。その人が誰なのか認識するのに、寝ぼけた頭では少しだけ時間がかかった。

「八尋先輩……?」

 僕のベッドにはちっこい生徒会長、八尋やひろあいおが紛れ込んでいた。モコモコのパジャマから白い肌を覗かせ、幸せそうな顔で眠りこけている。柔らかく甘い香りが鼻孔を突き、遅れてことの深刻さを脳が理解する。

 鍵をかけて就寝したはず、にも関わらず朝起きると部屋の扉は開いていて。

 これ完全に事後──。

「あっ、八尋先輩、起きて!」

「…………すゥ」

 ガチ寝してる。抱っこして運ぶか。いいやそれこそ見られたらおしまいだ。妙な誤解を生む前に誰かに見つかるわけにはいかない。共同生活の場においてそういうのが一番マズいからだ。

 もちろん決してやましいことがあるわけでもなく、僕と八尋先輩は何もない。何もしていない、されていない。そのはずだ。

 だがこの状況、他の寮生たちに見られれば間違いなく人生のサービス終了通知が送られてくる。

「先輩っ。あいおちゃん、起きてっ」

「……んん…なんね」

 起こされたことが至極不快である。

 そんなしかめっ面で、ただし瞼は頑なに閉じたまま、侵入者は口を開いた。

「なんでここで寝てるの!?」

「私の部屋やもん」

「やもんじゃないよ、ここ僕の部屋」

「…………すぅ」

「あーこりゃだめだ」

 普段隠している方言が丸出し。間違いない寝ぼけている。いま文句を言っても何も通じない、昔からそういう子だ。

 この人が目を覚ますのを待つより、僕がこの部屋を離れるのが一番手っ取り早い。寝ぼけた先輩が空っぽの部屋に入り込んでしまった。それなら波風は立たないし言い訳の種類も増える。

 きっぱり睡魔とお別れできたのは不幸中の幸いだ。あいお先輩をベッドに残し、僕はそろりそろりと部屋を出──。

「お、おはようっ、ユーキ!」

「てぇ───お、おはよう!?」

 まるで待ち伏せでもしていたかのようなタイミングで声をかけられた。部屋の扉の斜め前、開けたら丁度顔を合わせるベストポジションに彼女は立っていた。

 美しいブロンドの髪。アリサさんの髪だ。

「どうしたのいきなり」

「べっ、別に。おはよう言うために待ってたとかじゃないっていうか、なんていうかその」 

 驚かせてきた割にはもじもじしている彼女、下荒磯しもあらいそアリサはブルーの瞳を泳がせた。指先をクネクネさせ、唇を噛み、少し頬を赤らめて居心地悪そうにしつつ。

「昨日はゴメン、急にココに住みたいとか言って。ほら、ワタシ、ユーキに恩返しに来たのに、かえって迷惑かけちゃった、みたい、な──」

 泳がせた目が、チラリと僕の部屋の中を盗み見た。なんてことないたまたま偶然の視線移動。

 そして、もじもじが止まる。


「──え。なんでアンタの部屋で生徒会長が寝てるの」


 先程より1オクターブほど低いトーンでその言葉が出てきた。



────────────────

 ⚠サービス終了のお知らせ⚠

────────────────



 あちゃー終わったわ。

 人生終了です。

「待ってくれ違うんだ」

 諦めの悪い僕は終わったなりに弁明を試みる。

「聞いてくれアリサさん」

「ウソでしょ……まさかアンタが寮の管理人してるのって、こうやって女の子を……!」

「先輩が勝手に入ってきたんだ、断じて、断じて!」

「サイテーッッッ、フケツ、ヘンタイ、ロリコンッ!!」

「先輩だよ!? ロリコンではないよ?!」

「それでもサイテーフケツヘンタイだわ!」

「本当に何もしてないっ、あいお先輩が僕の部屋の鍵を開けて勝手に侵入して眠ってただけなんだ、信じてくれ!!」

「嘘ばっかり。大変だわ、みんなに言わなきゃ……」

「うわーーーーっやめてくれっ、面倒臭いことになるっ!」

 ドタドタと駆け下りていく背中を追って階段へ向かう直前。

 そのタイミングで、隣の部屋の扉も開いた。

「何事だよ」

「あぁっ、鷹虎、ちょうどいい」 

「朝っぱらから騒がしい。ちょうどいいとはどういうことだ」

 身支度途中なのだろう、親友の鷹虎が自室からひょっこり顔だけ出してきた。小学生の頃からの悪友たるコイツなら理解してくれると思い、懇切丁寧に今朝のあれこれを説明する。


「……てなわけで、勘違いされて」

「なるほど面白い」

「面白くないよ助けてくれよ」

「まぁ君のような男だ。たとえ会長が全裸で入り込んだとしても、手を出す勇気すらないだろうね。つまり君はまだ童貞だ、当然といえば当然だが」

「うるさいなぁ、けど、なら」

「でも無理だ」

「どうして」

「時すでに遅し」

 ……何やら1階でがちゃがちゃ物音がした。

「う そ で し ょ ー ! ?」

 とても面倒臭いことになると予感させる物音だ。

「ほらね」

 鷹虎がシニカルに笑う。

「助けてあげるタイミングが来たら助けてあげるよ、親友として」

「今がそうだろ!?」

「いいや。その節操の無さは一度徹底的に議論され、糾弾されるべきだ。とっかえひっかえ女で遊ぶ君の神経は一般のそれではないよ」

「人を女たらしみたいに言いやがって」

「はは。無自覚ジゴロめ、一度痛い目を見るがいいさ」

 怒ったようにバタンと扉が閉まる。

 同時にがばり、何かが背後から腰に巻き付く。

 振り返ると見覚えのあるつむじだった。

「八尋先輩!?」

「おはよう♡」

「おはようじゃないです、腰に抱きつか……ってか巻き付かないでください、離れてっ」

「ばりすいとーよ♡」

「八尋先輩っ、離れなさいっ、先輩、こらっあいおちゃんっ、離れろっ、余計強く抱きつくなっ!」

 がっぷし。

 マンディブラリスフタマタクワガタのハサミかよってくらいの圧力でもって、八尋先輩は僕の腰に巻き付いて一体化している。

「大好き♡」

「なぜこうなる?!」

「ぎゅーっ♡」

「ってか、あいおちゃんはどうして僕の部屋に入れたのっ」

「ぴっきんぐ♡」

「うわ」

 寮の部屋の鍵を見直さなければならない。

 管理者として心底そう思った。


「………ハーレムのために」


 また階下で何かきこえる。

 そうしてこちらに向かってくる2つの足音。

 ひとつがアリサさんだとして、もつひとつ。

 

「ハーレムのために寮の管理をしてたなんて、節操なし!」


 このやかましさ。

 すべての元凶の声だ間違いない。

「ねねちゃん、誤解だよ!」

「じゃあなんで抱きつかれてるの!」

 美禰坂みねさか寧々音ねねね

 僕の管理する学生寮、あかね荘に最初にやってきた幼なじみ。彼女は階段を駆け上がって、今僕の目の前へ。

「責任取ってね♡」

「何の!?」

 それはそれとして腰に巻き付く八尋先輩は僕に頬ずりしてくる。もうなりふり構わないあたり、節操がないのはこの人の方だ。

「やっぱり不潔だわ、ユーキは、先輩と……!」

 誤解したまま勝手に確信したアリサさんは僕を指差し、鼻血をティッシュで拭う。

「そうだ不潔だー、朝っぱらからすけべだー」

 着替え中の親友も扉越しの野次で火に油を注ぐ。防音設備もしっかりしないと、と思う次第で。


「もうこの際ハッキリ言っておくわね悠希ゆうき。抱くなら! 私を抱けばいいじゃない! 昔みたいに!!」


 そこに美禰坂寧々音が適当を言う。

 それがここに住む他の住人4人の耳に届き、皆一様に静まり返った。



 なんか、こう、突然隕石落下してきて全部あやふやになんないかな。

 心からそう思う5月末。

 新生活にも慣れてきたころに、あかね荘は大きく揺れた。


 すべての元凶の飛来は先々月、3月末まで遡る──。

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あかね荘では幼なじみラブコメディが繰り広げられている。 有機栽培無機質 @Repop44

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