第37話 高校生は金欠

「……涼音、随分遅くなったが約束は果たす。だから、また後で」

「そっか。うん、わかった。またね」


 細かい説明は何もしていないのだけれど。


 それでも涼音には俺が彼女に初めて会ったときの記憶を取り戻したことが伝わったらしく、彼女は口数少なく別れを告げそのまま通話を切った。


「待たせて悪かったな。とりあえず、少し早いが晩飯でも食べに行くか?」


 スマホをしまってから、本殿の柱を叩いたり鳥居の質感を確かめたりと何やら周囲の状態を探っているらしい金髪碧眼の小学生へと声をかける。


「……あんなことがあったばっかりなのに、もうご飯の話?」

「嫌か?」

「別に。まあ、せっかくあんたが奢ってくれるんだし、焼肉くらい付き合ってあげる」


 この場に留まっていても大した手がかりはなさそうだと判断したのか、少女は俺の提案に対し肯定の返事を口にしてから、しれっと図々しい要求を付け足してきた。


 俺は焼肉に行くとも奢るとも言っていないのに、さもそれが当然であるかのように語る少女の口調には一種の畏敬の念さえ覚える。


 いや、まあ、過去からやってきたであろう目の前の小学生に支払いをさせるわけにはいかないし、最初から奢るつもりではあったのだけれど。

 それにしたって、初対面の相手によくここまで自分の欲望を素直に口にできるな。


 一応、考えようによってはそれだけ俺に気を許しているともとれる、と言えるような気がしないこともないし、別にこのくらいじゃ腹も立たないけれど。


 何というか、こういう所には声をかけてきたクラスメイトを一切物怖じすることなく一刀両断していく戸滝涼音の片鱗を感じずにはいられない。



 ◇



「何で焼肉じゃないの?」


 涼音との情報共有に使っていた学校近くのファミレスにて、少女が曇りのない眼を向けながら答えのわかりきった問を投げかけてくる。


「そんなの、金がないからに決まってんだろ」


 五月も終わりを迎えようとしている今、月初めに貰った小遣いは随分と目減りし最早ファミレスで二人分の食事を頼むのすらやっとというありさまだ。


「あんた、高校生でしょ?」

「言っとくが、高校生なら金を持ってるなんて考えは小学生の幻想だぞ。そりゃ、流石に小学生の頃よりは小遣いも増えるだろうが、大抵の高校生にとっちゃ焼肉どころかファミレスの支払いだってそこそこの出費だ」


 俺が自分の懐事情に思いを馳せながら小学生相手にバイトをしていない一般的な高校生の金銭感覚を語ってやると、少女はげんなりした様子で口を開いた。


「お金がないって話なのに、何でそんなにいきいきしてるの?」


 俺自身にそんなつもりはないのだけど、どうやら少女からすれば今の俺は活気づいて見えるらしい。


 実際、金がないのは焼肉に行けなかった少女以上に俺自身にとって悲しい事柄のはずなのに、言われてみれば今の俺はそう悪い気分じゃない。

 一体、なぜだろう。


 考えてみれば、理由はすぐにわかった。


「お前は俺の知り合いに似てるからな。あいつ、普段は隙が無いというか、俺よりしっかりしてることが多いから、こうして上から目線であれこれ講釈垂れるのは立場が逆転したみたいでちょっと楽しいのかもな」


 俺が思いついた理由をそのまま口にすると、少女がこちらに向ける眼差しが露骨に冷たくなり始めた。


「それ、言ってて情けなくない?」

「いや、全然。どうせ、俺がお前相手に年上ぶれるのは今だけだろうからな。せっかくだし、楽しめるものは楽しんだ方がいいだろ」


 少女は暫し俺にゴミを見るような目を向けていたが、やがて馬鹿馬鹿しくなったのか深いため息を吐きだした。


「さっきまでいた変な場所だとちょっとは恰好よかったのに、今はこれって。あんたって、頼りになるのかならないのか、よくわからないんだけど」

「そうか。なら、これからは頼りにしてくれていいぞ」


 俺の返答が意外だったのか、少女は俺のロクでもなさをぼやくために開かれていた口を閉じこちらに顔を向けながら何度か目を瞬かせた。


 まあ、気持ちはわかる。


 俺だって手持ちの金がないことをどや顔で語っている年上の相手が急にこんなことを言い出したら間違いなく面食らうだろう。


 けど、これでも俺は嘘や冗談を言ってるわけじゃない。


 かつて、女の人は確かに俺を助けてくれた。

 だから、俺もちゃんと約束を果たしたい。


 いや、それ以前に、涼音の困っているところなんて見ていて気持ちのいいものじゃない。


 もちろん、俺にできることなんてたかが知れてるだろうが、それでも俺にしかできないことというのもある。


 それが多少なりとも涼音の役に立つというのなら、彼女のために手を伸ばすことを渋る理由もないだろう。


「……そこまで言うなら、ちょっとは頼ってあげる」 


 頼るなんて台詞を素直に言うのは照れくさいのか、耳の先を赤くした少女は俺から微妙に視線を逸らしながらぼそりと呟きを漏らした。


 思えば、最初に花瓶を割ってしまったときも彼女に手伝いを認めてもらうだけで苦労していたけれど。

 あの時に比べれば、今回は随分とすんなり彼女を手伝う許可が貰えたものだ。


 これは、あのときに比べて俺が成長しているからなのか、はたまた目の前の少女が高校生ではなく小学生だからなのか。


 ……うん、間違いなく後者だな。

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