第34話 少女に触れる
少女を助けると決めたのはいいものの、実際問題俺にもこの歪み切ったセカイがどうすれば元に戻るのかはまるでわからない。
もちろん、だからといって手をこまねているわけにもいかないので、やれることは全て試してみるつもりだけれど。
今回はいつもと違って調査を先導してくれる仲間もいないし、中々難しい状況だ。
「さてと。話は変わるが、この妙なセカイに放り込まれる前に自分が何してたか覚えてるか?」
もし俺の知っている涼音が何らかの方法で高校生から小学生まで退行したのなら、前後の記憶が定かではない可能性もある。
そう考えて俺が問いかけると、少女は俺の懸念をよそにあっさりと首を縦に振った。
「今朝は、学校に行く途中で急に頭がぐらぐらしてきたの。それで、最後は静電気みたいなのがビリっとして、気がついたらここにいた」
少女の話しぶりから察するに、彼女の認識ではこの空間を訪れたのは朝のできごとらしいけれど。
俺が神社へとやってきたのは放課後、午後四時三十分を過ぎた辺りだ。
もし俺と少女の認識がどちらも正しいとすると、俺たちはそれぞれ別の時間からやってきたということになる。
まあもちろん、現実的に考えれば彼女か俺のどちらかがついさっきまで意識を失っていて、そのことを自覚していないという可能性の方が高いのだろうけど。
最近のあれこれを考えると、あながち否定できないのが困りものだ。
「涼音、今日の日付はわかるか?」
「四月二十三日でしょ?」
涼音はなぜそんなことを聞くのかとでも言いたげに首を傾げているけれど。
彼女の口にした日付は、既に一ヶ月以上前に過ぎ去っている。
いや……そもそも、彼女の言う四月二十三日とは今年の話なのか?
俺と涼音は小学四年生のころ、全く同じ日時に行方不明となっている。
四月二十三日の午前七時三十分ごろ。
それが、俺たちの足取りが掴めなくなったタイミングのはずだ。
日付も時間も、少女の語るそれと完全に一致している。
単なる偶然?
もちろん、その可能性もある。
けれど、ここまで諸々の要素が符合した状況下では、どうしても別の可能性を考慮せざるを得ない。
「涼音、今が西暦何年かわかるか?」
「二〇一五年でしょ?」
今は西暦二〇二二年であり、少女の口にした二〇一五年というのはちょうど七年前、俺と涼音が行方不明になった年だ。
確か、涼音は行方不明になったとき俺たちの通う飛憶高校の制服を着た男子生徒に会ったと言っていた。
そして、学校帰りに神社へ寄った俺は当然のことながら制服を着ている。
流石に、自分でも話を飛躍させすぎだとは思うけれど。
涼音が出会ったという男子生徒は、もしかして……。
「どうしたの?」
「え、ああ、いや、何でもない」
思考の沼に沈んでいた意識が少女の声を聞いて現実へ浮上する。
いろいろと気になることはあるけれど、この歪んだセカイを元に戻す算段を建てないことには落ち着いて考え事をすることすら難しい。
ひとまずは、少女と共に目の前の課題へ対処することから始めよう。
「涼音、とりあえず手を繋いでみるぞ」
もしも目の前の少女との接触でも二号を発生させることができるなら、これで一気に事態を解決できる可能性がある。
そう思って手を差し出してみたのだけど、少女は胡乱気な目をこちらに向けてから立ち上がりそっと俺から距離を取り始めた。
「やっぱり、あんたって変態なの?」
「違う。俺とお前が手を繋げば、セカイを改変できる可能性がある。もちろん失敗に終わる可能性は高いが、どうせ他にできることもないんだしとりあえず手伝え」
二号について何も知らないのだから仕方ないとはいえ、せっかく意図を説明してやったのに少女が俺に向ける眼差しは未だ冷たいままだ。
「セカイを改変って……えっと、頭、大丈夫?」
「……気持ちはわかるが、お前にそれを言われるのって釈然としないにも程があるな」
少女は小学生で俺は高校生なのだから何も威張れる話ではないけれど。
この異常極まる状況下においても俺の発言を与太話扱いする少女を見ていると、二号が発生してすぐに涼音の意見を受け入れた俺はひょっとして物分かりのいい方だったのではないかと今さらながらに思えてきた。
いや、まあ、こういう話題に関して物分かりが良くなったところで世間では頭のおかしいやつ扱いされるのが関の山だし、進学にも就職にも一ミリも役立たないのは確かだけど。
「セカイを改変とか言い出されてもついて行けないってのは俺も大いに同意するが、お前は確かめたいと思わないのか? お前の目の前で起きた超常現象を何もせず放っておくのが、お前の望みか?」
俺が誰かさんの受け売りの台詞を少女へ向かって投げかけると、彼女の指先が微かに動き碧い瞳は興味深げに周囲を見回し始めた。
「……あんたに従えば、解決するの?」
「さあな。けど、結果はどうあれ、無数にある可能性の内、最初の一つを潰すことができるのは確かだ」
結局のところ他に有力な選択肢もないからか、少女は不承不承といった様子ながらも俺の方へ歩み寄り、おずおずと手を伸ばし始めた。
少女の指先が俺の差し出した手に触れ、そのままゆっくりと重ねられる。
そして、俺たちの手が重なるのに呼応して歪みきった周囲の景色も変わり始め、鳥居が、足元の石畳が、天を覆う青空が次第に元の姿を取り戻し始めた。
「……マジか」
自分で提案したことではあるけれど。
本当に妙な力が働きセカイの姿が元に戻り始めたのを見て、思わず驚いてしまう。
正直、俺としてはダメ元だったし、あまり期待していなかったのだけれど。
思ったよりも、あっさりと歪んだセカイから抜け出せてしまった。
無論、ありがたくはあるのだけど、何というか少しばかり拍子抜けだ。
「あの変な場所からは出られたみたいだけど……結局、どこなの? ここ」
俺からさっさと手を離した少女は、すっかりいつも通りに戻った神社の境内を見回しながら首を傾げている。
どうして彼女が元いた場所に戻らず俺と一緒に神社の境内へやってきているのかはわからないけれど。
とりあえず、俺たちの前にはまだまだいろんな可能性が広がっていそうだ。
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