第24話 何のため

 「……ダメだな。何度やっても、朱乃との約束に関する改変だけ上手くいかない」


 何度目になるかもわからない失敗にため息を吐き出してから、思わず天井を仰ぐ。


 二号は他の事象を改変する際には問題なく発生し望んだ結果をもたらしてくれるのだけれど。

 どういうわけか、俺と朱乃の約束を取り戻そうとしたときに限って何度やっても失敗する。


 こうなってくると、約束に関する改変にだけ何か問題があるのは確かなのだろうけれど。


 どれだけ考えてみても、それが具体的に何なのかはさっぱりわからない。


「あ、そうだ。聞くの忘れてたんだけど、今日の晩ご飯は家で食べるってことでいいよね?」


 涼音の提案を聞いて現実逃避気味に天井のシミを数えるのをやめ、視線を彼女の方へ向ける。


 ここ最近の俺と涼音は学校を除いた時間のほとんどを二号のために費やしており、長引いたときには終電間近まで粘って実験を行うこともあった。


 なので、夕食については外で実験を行うときはてきとうに近場の飲食店に入り、涼音のマンションを利用するときは那由さんの厚意で戸滝家の食卓にお邪魔するというのが当たり前になっている。


 当然、今日も母さんには食事の用意は必要ないと伝えてあるので、涼音の提案に否はない。


「ああ……って、そういや、今日はお前の父親もいるのか。那由さんはともかく、お前の父親は俺が邪魔しても大丈夫か?」

「うん。お父さんには藍川も一緒に晩ご飯食べるって言ってあるから、今ごろ藍川の分も作ってくれてると思うよ」


 涼音と晩飯の話をする中で、今さらながらに今日は彼女の父親も同席することになるのを思い出す。


 彼には愛想よくしてもらっているし、そもそも他人の家に邪魔している身でとやかく言うようなことでないのはわかっているのだけれど。


 涼音と那由さんだけでなく彼まで一緒と思うと、何というか少しだけ気が重くなる。


「というか、今さらだけど晩飯作るのって那由さんじゃなくてお前の父親なんだな」

「家は、お母さんよりお父さんの方が早く帰ってくることが多かったから。藍川の家は、やっぱりお母さんが?」

「ああ。俺も父さんも料理はさっぱりだからな。母さんが出張とかでいない日は、二人揃ってコンビニ弁当だ」


 俺が我が家の食事事情を告げると、涼音が俺を見る目に微かに呆れの色が混じった。


「藍川、家庭科の調理実習で何やってたの?」

「勘違いするな。俺はサボらずちゃんと班の一員として仕事をこなしてたぞ。……まあ、同じ班になった女子からは邪魔だから洗い物だけやってろと言われたがな」

「いや、それダメじゃん」


 涼音は憐れみの表情を浮かべているが、そもそも極稀にしかない調理実習をこなすだけで料理ができるようになるなら苦労はないのだ。


 何も料理に限った話じゃないが、結局は繰り返し練習することが大切なのであって一度や二度調理実習をしかたらといってそれで満足に食事を作れるようになるわけではない。


 今までその繰り返しの練習をせずコンビニ弁当に逃げていた俺が言うのも何だが、一応これでも最近はちょっとくらい自分で何か作ってみようと思ってはいる。


 まあ、本当に思っているだけで、調理実習以外で包丁を握った記憶はまるでないのだけれど。


「何だったら、私が料理教えてあげようか?」

「……お前が?」


 涼音が口にした提案が意外で、思わず目を瞬かせる。

 

「何? もしかして私のこと口先だけとか思ってる?」


 涼音は俺が彼女の腕前を疑っていると思って心外そうにしているけれど。


 そんなことはない。

 彼女が普段は自分の弁当を作っていると聞いたときから、料理ができることは知っている。


 俺が驚いているのは、彼女が二号と全く関係のない提案をしてきたことに対してだ。


 今までも下らない会話の一つや二つはしたし、共に過ごした時間だって最近の僅かな期間に限れば朱乃にも負けないけれど。


 それらはあくまで、共に二号を解明するための活動の一環だ。


 二号以外の何かのために俺と涼音が共にいたことは、今まで一度もなかった。


 もし本当に俺が涼音から料理を教わることになったのなら、それは何のためなのだろう。


 俺が二号を解明する前に栄養失調で死なないようにするため? それとも、料理の仕方を覚えることで二号を解明するための技術が身につく?


 きっと、どれも違うだろう。


 もしも本当に俺が涼音から料理を教わることになったのなら、それは二号のためじゃなく俺のため。

 友情とか、仲間意識とか、そういうものに起因する俺と涼音が一緒にいるための……。


 そこまで考えてから、頭を振って思考を止める。


 我ながら、たかが料理を教える教えないの話で難しく考えすぎだ。


 恐らく、涼音の方にそんな意図はないだろう。

 ただ何となく、料理のできない俺を憐れんで社交辞令的に口にしただけに過ぎない。


「別にお前の腕前を疑ってるわけじゃないが、まあ最悪三食コンビニ弁当でも死にはしないしな。人里離れた秘境にでも行かない限り、料理できなくても何とかなるだろ」

「えー、コンビニ弁当って高くない? それに栄養も偏りそうだし、お財布にも体にも優しくないと思うんだけど」

「かもな。けど、俺は自分に優しいから料理を人任せにしても気にならないんだよ」

「それ、優しいんじゃなくて自堕落って言わない?」


 料理の話をてきとうに煙に巻いてごまかすと、涼音は俺の優しさを不名誉な単語に言い換えてから呆れたようにため息を吐き出した。


 どうやら、俺の自意識過剰な思考は悟られずに済んだようだけれど。


 そこで人心地ついてから、ふと思う。


 二号の実験をするわけでも、過去の神隠しについて語り合うわけでもない。

 ただ、料理を教えてもらったりしながら涼音と普通の休日を過ごす。


 そういうのも、案外悪くないかもしれない。


 涼音と二人でまな板に向かい悪戦苦闘している姿を想像するのは、自分でも意外なくらい簡単だった。

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