(3)冒険者は酒場でくだを巻くものなのです

 六番目の南門から冒険者協会へと登る道のその途中に、仕事帰りの冒険者がたむろするコルリスの酒場は在りました。


「くはぁ~~。この一杯が堪らないぜぇ~」


 今日もカウンター席には、ジョッキをあおる冒険者が一人。

 通り過ぎざまに肩を叩いた冒険者が、気安く声を掛けていきます。


「おぅおぅ、じいさん、今日も飛ばしてるなぁ! あんまり呑み過ぎると腹壊すぞ?」

「じいさん言うな! ふへへ、この味も分からん奴に用は無いわい。おぅ! ねえちゃん、もう一杯!」


 笑いを堪える様に腹を押さえながら去って行く冒険者も、ウェイトレスにお盆で軽くはたかれているカウンターの冒険者も、随分と店に馴染んだ様子を見せていました。


「この、おバカ! ――はい、お代わりよ」


 お盆ではたいたウェイトレスも、仕方が無いと呆れた様子で笑いを噛み殺しています。

 グラスを手にした冒険者は、両の掌でそれを包み込む様にしながら、ふらふらと頭を揺らしました。


「ねえちゃん、ねえちゃん、聞いてくれよぅ。街の奴らが、俺の仕事をごっこ遊び扱いしやがるんだよぉ」

「はぁ? ……もぅ、考え過ぎよ」

「嗚呼ぁ~~~~……もう駄目だぁ~~。俺は駄目な冒険者なんだぁ~~~~」


 そうして、バタリとカウンターに突っ伏して、うへへと乾いた嗤いを漏らす冒険者なのです。

 そんな冒険者の後ろでは、テーブル席でこれまた四人の冒険者達が呑めや唄えやの大騒ぎをしてましたが、その中の一人、硬い筋肉の鎧を纏った大男がガタリと椅子を鳴らして立ち上がると、ドシドシとカウンター席に近付いていきます。


「じいさん、じいさん! そこまでにしておけよ? お? いや、そこまでだからな!」


 言って、真っ赤な顔で、いや耳まで赤くして、鼻と口元をぴくぴくさせながら、怖ろしく微妙な顔付きで――

 要は、酷くしどろもどろとした様子で、冒険者の頭を鷲掴みにしては掻い繰るのでした。


 振り仰いだ冒険者は、きょとんとした顔をしています。


「何か、間違えましたか?」

「お? お? ま、間違えたじゃ無いだろう、おい!? いいな!? いいな!? そこまでだからな!!」


 言いながら、踊る様なぎこちない歩き方で、元の席へと戻っていきます。

 カウンターの冒険者は首を傾げ、ハッと気が付いたかの様に目を大きく見開きました。

 ぶんと音がする勢いでウェイトレスに振り向きます。


「ねぇちゃん! そのオッパイで抱きしめて、俺を慰めてくれぇ~~~~」

「分かってねぇじゃねえかーーっっ!!」


 速攻で飛んできたガズンさんこと大男の冒険者に、鳥肉揚げの塊を口に押し込まれてしまいました。

 もぐもぐもぐと、流石一流の冒険者ガズンさんです。これはとても良いお肉ですよ?

 そして、手に持ったグラスを一呷ひとあおり。

 薬草ブレンドのクリウジュースは、スッとする美味しさです。

 おかずが増えましたと堪能した後で、またもやハッと目を見開きます。


「じいさん言うなっ!!」


 カウンターの冒険者ことディジーリアです。じいさんでは無いのですよ!



 森で薬草を採取した後、街に戻る間はいつもうろうろ、何か珍しい物が無いか地面のあちこちに目を遣りながら帰るのですが、余り良さ気な物が見つかることは有りません。今の私のお目当ては、街売りよりもいい砥石なのですが、この辺りの石は脆いのでしょうか? 私のナイフを研ぐには力不足な物ばかりでした。

 名刀毛虫殺しの地肌はざらざらとして、もう緑色の体液を拭おうという気にもなりません。黒くこびりついた毛虫汁も合わせて研いでこそぎ落としてしまいたいのに、その機会が来ないままに厚く層になっていくばかりな気がします。


 ですが、それを手近な草木に擦り付けて落とそうかといえば、そうしようという気もしない当たり、毛虫殺し専用の名刀としてそこそこ気に入って来ているのでしょう。今日の活躍でもしっかり役に立ってくれたのです。祝福を得た得物に、他の獲物を与えるなんていうのは、折角の祝福を弱める暴挙に外ならないのですから。


 それにしても、森にあんなに毛虫が居るなんて驚きましたと思いながら、生温かい眼差しを向ける門兵の脇を抜け、コルリスの酒場のある坂を登り、依頼の報告に入った冒険者協会でいつものリダお姉さんに報告をしてみたら、


『へぇー? 毛虫ねー……』

『ええ! 薬草を駄目にするにっくき奴らなのです! うじゃうじゃ涌いてくるのですよ!』

『へぇ~~……。そんな報告は上がってなかったけれど……大きさは?』


 お姉さんもお仕事になると間延びした口調が鳴りを潜めるのです。


『普通の毛虫よりは断然大きいですけれど、私よりはずっと小さいですよ? ナイフでつつけば死んでしまいますし』

『ふーん…………。あぁ~~……ディジーが『識別』持っててくれたらねー…………ん?』


 あ、話をしながらも薬草を査定していたお姉さんが、一つだけ別けていた謎の凄そうな薬草に気が付きました。


『それ! それは、何だか凄そうだったので採っておいたのですよ!?』

『…………マール草じゃん。え? ディジー何処まで入ってんの? ていうか、知ってたの? これ?』

『本の入り口ですよ? で、凄そうだったから採ってきたのです』

『……………………『識別』……は持ってそうだから、『植物知識』に『技能知識』に『魔物知識』、取りなさい。他の知識関係の技能と、『看破』も有ればお薦めね』


 私はショックを受けて、昏い眼差しで見上げてしまったに違い有りません。

 お姉さんが慌てて言いました。


『違っ……違うわよ! ディジーの技能識別をしないっていうのじゃ無くて! 見れないのーっ! 『識別』したくても『隠蔽』が掛かっていて、あたしの『看破』でも『鍛冶』と『魔力操作』系の何かが有りそうとしか分からないしー! ……『隠蔽』持ちは、それより強い『看破』を持ってないと、『識別』も出来やしないんだから。あー……あたしで見れないってー、王都でも見れないかもって事なんだかんねー』


 思わぬ言葉にパチクリとしていると、更にお姉さんが続けます。


『ディジーが持っていそうなのは、『隠蔽』『隠形』『鍛冶』は確実ねー。……マール草をちゃんとしたやり方で採ってきた事から、『識別』も有りそうだけど、『植物知識』はまだ技能として発現してないみたいだし、『看破』の下位系統も有りそうねー。でもー、デリラで一番の『看破』持ちのお姉さんに分からないっていう事はー、自分で何とかするしか無いって事でー…………んー、ディジー、お勉強頑張ってねー』


 流石の『隠蔽』も、自分自身には利かないからと、疲れた様子でお姉さんが言いました。


『それは、つまり……お勉強したら、私でも『識別』出来る様になるっていう事ですか!? 毛虫の素材も取り放題という事ですか!?』

『けむっ……いやー、毛虫はどうか知らないけどねー。森の生き物なら、魔石ぐらい有るんじゃないかなー? 歪みの影響で固体化した魔力だから、まー、魔石は魔物で無くても大抵持ってるよねー』


 うんうんと頷くリダお姉さん。

 何て勿体無いことをしていたのかと、私は目を見開きましたけれど、考えてみればまだ街の外に出る様になって十日も過ぎてはいません。今気が付いた事は、僥倖と言えるのでは無いでしょうか。


『直ぐに準備をしてきます!!』


 そう言って、報酬も受け取らずに冒険者協会を出たのがお昼過ぎ。商店街まで駆けていった先で、串焼きの屋台に御代を払うのに、財布を取り出して気が付きました。

 どうせ戻るのだからと、お昼の調達を続けるその中で、串焼き屋も野菜焼き屋も冷し果汁屋も、頭を撫でながらおまけを盛って渡してくるのです。

 一時間程して戻った冒険者協会で、呆れた顔したリダお姉さんに報酬を貰ってから、夜まで籠もった資料室。そこでも何度頭を撫でられたか分かりません。

 薄暗い資料室で、一人で資料を目で追いながら、つい考えてしまいました。

 他の誰も『識別』してくれないという事は、私はずっと半人前扱いされてしまうのでしょうか、と。

 リダお姉さんは一人前の冒険者だと言ってくれましたが、リダお姉さんとはずっと昔からの付き合いなのです。『看破』だって持っていると言っていたのですから、他の人と同じ筈は有りません。

 他の誰も、私の事を一人前の冒険者と認めてくれない。

 それは、いつか自由に世界を冒険したいと考える私にとって、とても不安な事だったのです。


 夜の酒場で、ウェイトレスのディナねえに絡んでしまうくらいには。



「うぅ~~……街の人が、皆、子供を見る様な目でしか見てくれないんだよぉ~……」

「――おバカ、ディジーはまだ子供でしょ」

「でも、子供を見る目と、冒険者を見る目は絶対違うんです! わ、私はやっぱり、毛虫しか殺せない駄目な冒険者なんだぁ~~……」

「はぁ? 毛虫って何よ?」

「森には毛虫が出るのです……この毛虫殺しで潰して回るのですよ……」

「毛虫殺し……て、これ、採取ナイフだって言ってなかった?」

「け、毛虫を殺してしまった採取ナイフは、採取ナイフには、戻れないの、です、ぅうう……。私も、もう、冒険者では無くて、毛虫殺し人なのかも知れないのです、ぅううー」

「ああー、もう! 泣かない!」


 いつの間にか泣いていてしまったようです。

 ディナ姉に、ぎゅむっと胸元に抱き締められてしまいました。


「ほら! ガズンさんだって、いつもへたれているけど! 次の日には馬鹿みたいに元通りでしょ! ディジーのも絶対何とかなるんだから、元気出すの!」

「……ガズンさんの真似をして落ち込んでみても、全然反応が違ったじゃないですかっ!!」


 胸の谷間から顔を上げて、キッと睨み上げると、ディナ姉はとても困った顔をしていました。

 ガズンさんのテーブルがとても五月蠅いです。苛々としてきます。


「真似、くふぅっ、真似って、ぐふぅう!」

「俺も駄目な冒険者だぁ~は、……ぐはははっは!」

「うぐ……許して、もう、勘弁、くひひひ」


 何で笑うのですかと、ここは「はいはい」と流してくれる所なんじゃ無いのですかと、無理矢理ぐいっと首を捩ってみれば、ガズンさんは一人席から立ち上がって、呆然とした顔付きでこちらに手を彷徨さまよわせていました。


「じ、じーさん、な、何て事をしてるんだ!?」


 私もディナ姉も思わず素に戻って、顔を見合わせてしまいます。


「……?」

「はぁ? 何言ってんのよ、ガズンさん」


 彷徨っていたガズンさんの手が、ビシッとディナ姉の胸元――つまりは私の顔が埋まるそこを指差して、


「おっぱいに慰められているじゃねーか!! 俺だってまだして貰った事はねーんだぞお!!」

「まだも先もあるかーっ!!」


 ディナ姉の手からお盆が飛んで、ガズンさんの頭でいい音を鳴らしたのです。


 それから後は、目まぐるしく、ガズンさんのテーブルに引き摺り込まれては、頬に饅頭やスポンジを押し当てては「どうだ?」と真面目な顔で聞いてくるガズンさんと見詰め合ったり、真っ赤な顔で怒っているディナ姉にうんうんと頷いたり。

 そんな事をしている内に、哀しい気分は何処かへ消えて、ガズンさんやその仲間達とお喋りをして、冒険者の心得を教えて貰ったりして、明日は明日で何とかなりそうと思える様になったのです。


「――いや、毛虫の魔石がどんなもんかは知らんけどな、その毛虫殺しが本当に毛虫特化の祝福を持ってるんだったら、魔石を使って強化出来るんじゃねーか?」

「魔石で強化、ですか?」

「おう。この町じゃ錬金術屋しかやってねーが、余所じゃ鍛冶屋がやってるぜ? どら、見せてみろよ」

「!! ――見せませんよ! なまくらだと馬鹿にした人には見せないのです。――ふふふふふ……凄い毛虫殺しになってから、吃驚するといいのですよ!」

「おーおー。――へっ! 生意気な笑い方をしやがるぜ」


 そんな飛び切りの情報を仕入れて、気分も上向きにさせながら。


 そして夜が深まるにつれ、お客さんも増えてきます。


 ――カランカラン♪


「あ、いらっしゃ――お姉ちゃ――?」

「ああっ! お姉さんっ!!」


 今日は冒険者協会のリダお姉さんまでやってきました。

 適当にテーブル席に座ったところに、すかさずお水を汲んで運びます。


「ささっ! どうぞっ!」

「あ? なんだなんだー? 今日は帰んねーのかぁ? ――ほほぅ、ディジーはあたしに酒も呑まずに水でも飲んでろと、そういう事かねー?」

「う、あ! 親父ぃ! 美味しいお酒とつまみを一丁っ!」


 ぺちりと一朱金をカウンターに叩き付けると、クツクツと喉を鳴らしながらダンディーな髭の店主がグラスと揚げ肉の皿を出してきます。それを受け取って、「おまっとさん!」と、お姉さんのテーブルに運びます。

 そのまま私はお姉さんの斜め後ろに。


「うお! はえ~。一瞬見失ったぞ?」

「ひゃはは、酒が回ってんだよぉ!」

「ちょ、ディジーぃ? お、お姉ちゃん! ディジーに何させてんのよ!!」

「あ? あ・た・し・は、知ぃ~りま~せーん♪」

「お姉さんに尽くすのは当然です! ――んん? お姉ちゃん? ですか?」

「ディナぁ! お、俺も慰めて――」

「ほれ、ディジーも呑むかぁ?」

「お姉ちゃんっ!!」

「他にご注文は有りませんかな?」

「お姉さんは大恩人なんですよ?」

「こっちにも揚げ肉一丁」


 今日もコルリスの酒場はてんやわんや。誰が何を言ってるのかも分かりません。

 でも、冒険者の酒場って、そんなものですよね?

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