第53話「探偵、理屈をこねまわしてみる」

”シャリエール君はそうだね。何というか、不器用だね。立ち回りはまあ及第点なのに、一度落ち込むと笑えるほど堂々巡りするんだ。それが面白くて、手元に置いてるようなもんだったよ”


カメリア探偵事務所所長 サクヤ・カメリアのインタビュー




Starring:クロエ・ファーノ


 ここまで弱っているスーファ・シャリエールは初めて見た。足を机に乗せて物思いにふけっている。普段、こんな事はぜったいやらない。

 クロエは彼女が蹴っ飛ばさないよう、広い机の片隅にティーカップを置いた。


「お姉さま、ごめんなさい」


 自然と謝罪の言葉が出てきた。自分がきっかけでスーファに辛い思いをさせてしまった。そんな事は言いたくないし、何の癒しにもなるまい。迂闊な自分を呪う。

 それでもスーファは、そっと首を振ってくれた。いつもと同じようで違う、痛々しい笑顔で。


「いいのよ。そもそも、私に創作なんて分不相応だったのよ」

「……っ!」


 分不相応? お姉さまが?


「私は探偵だもの。本分を外れたから、女神様の怒りを買ったのかもね。不誠実だって」


 気が付いたら、クロエは両手で机を叩いていた。こちらも普段は絶対にこんな事しないから、不意を突かれたスーファは完全に虚を突かれていた。目をしばたたかせている。


「お姉さま、間違ってもそんな事言ったらだめです!」


 彼女の目をじっと見つつ、身を乗り出す。反対にスーファは身をそらせた。


「誰かが何かを創り出す事に『分不相応』なんてないんです! この街では、誰でも何でも表現していい。ここはそう言う街なんです!」


 そう、ここは自由の国リパブリック共和国。そしてこの街は芸術の都ランカスター。好きなものを好きに表現する事が許される街。誰かが作ったものを批判する事はあっても、その存在を否定する行為は白眼視される。そこに心地よさを求めて、大陸中から人々が集まる街。


「そうは言うけど、私にはナツメ君みたいな情熱もないし。それは少しは好きになりかけていたけれど」


 あ、拗ねている。

 敬愛するスーファの意外な一面を見て、嬉しい半分歯がゆい半分だ。ちょっと可愛らしくもある。


「『そんなに好きじゃないけどとりあえずやってみよう』って人がやっているうちにどんどん好きになるなんて日常茶飯事です! お姉さまは真面目過ぎるんです!」

「えっ? それで良いの?」


 彼女は本気で驚いている様子。そう言うところである。


「でも、私は色んな作家志望の努力を踏みつけてあそこに立ったのよ?」

「それがどうしたんですか!」


 要するにスーファは新しい物に出会って戸惑い、それが急に取り上げられて拗ねているのだ。だから、「他の人より好きじゃない」なんて言葉を使って現実と無意識な感情の統合性を取ろうとしている。

 彼女にこんな面があったとは何とも微笑ましいが、今はとても歯がゆい。


「お姉さまは素晴らしい脚本を書いたじゃないですか! お姉さまは新しい世界を好きになって行く自分が怖いんです!」


 スーファはついに黙り込んだ。彼女は、時々恐ろしく感性が鈍くなる。いつも研ぎ澄まされている反動なのかもしれないが、それでも彼女は愚鈍な人間ではない。今、意識しなかった自分と必死に向き合っている。

 だから、クロエは畳みかける事にした。


「私は、お姉さまに変な義務感を植え付けたかったんじゃないんです。一緒に何かを作るのが楽しかっただけなんです」


 クロエは声のトーンを落とし、ゆっくりと告げた。一番大切な事を。


「それも資格がいる事なんですか?」


 すっと、スーファの足が机から下ろされた。一呼吸ついて、ティーカップを手にする。


「私は、妹や弟たちに食べさせてゆくため探偵になった。だからそれ以外の事はノイズだと思っていた」


 そうだったんだろうなと思う。外の世界に飛び出す前の自分も同じだったから。


「それを今更、物作りなんて始めて、自分はどうなっちゃうんだろう? そう思ってたかもしれないわね」

「でも、楽しかったんですよね?」


 我ながらいじわるだと思うけれど、鉄は熱いうちに打てだ。クロエは問う。


「それは、そうね」


 ティーカップを置いたスーファは、何だかすっきりしていた。どうやら自身の空回りを自覚してくれたらしい。

 ならば、言う事はひとつ。


「その”楽しい”を色んな人から奪う悪党が居たら、探偵・・スーファ・シャリエールならどうされますか?」

「……そうね」


 彼女は紅茶をぐっと飲み欲し、椅子を立った。その目は自信に満ちている。いつものように。


「完全に誘導された気がするけど、今日はそれでいいわ」


 ホルスターに拳銃を引っかけ、ジャケットを羽織り、愛用のステッキを手に取る。


「ちょっと出かけてくるから、留守をお願い。あと、夕食は要らないから」

「頑張ってくださいお姉さま!」


 いつものように満面の笑みで送り出す。去り際のスーファも、ふっと微笑んでくれた。


「ありがとね。クロエ」

「はい!」


 元気よく返事をするクロエを背中に、少女探偵スーファ・シャリエールは夜の街に向かって行った。アナベラ・ニトー、彼女にはナニカ秘密がある。スーファは必ずそれを突き止める。


 クロエはティーカップを片付け、必要になるかもしれない装備の手入れを始める。正義の味方・・・・・の助手には、彼女が戦いに専念できるよう、最大限のバックアップをする使命があるのだ。

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