第52話「脚本強奪 ~Policore Rising~」

”少女「あなた、やっぱり悪い王様だったのね!?」

王様「ハハハ、がっかりしたかい? すべては私が復活する為の狂言さ」

少女「酷い!」

青髪の騎士「考えすぎてはいけません。今こそ戦いの時です。歌いなさい。街の人の目を覚まさせるのです」”


『放浪少女と陽気な王様』の脚本(改訂版)より




Starring:ライカ・コーレイン


「楽しみですね! お姉さま!」


 クロエ・ファーノが言う。もう何度目か分からないから、よほど楽しみなのだろう。今回の騒ぎで彼女とも随分仲良くなったとライカは思った。

 ついでに、「こういうの」を拾ってくる辺り、うちのリーダーと変わらないなと思う。ライカ自身も「こういうの」だけれども。


「ヌードダンスの時みたくはしゃいじゃ駄目よ?」

「はーい!」


 本日は、劇団との顔合わせ。相変わらずユウキ・ナツメはノータッチ宣言で、ノエル・ウィットマンは講義なので代表して自分がやってきた。

 柄にもなく緊張するスーファ・シャリエールを見るのも一興だが、それ以上に皆でアイデアを出しあった芝居が楽しみである。果たしてどのように脚本を調理してくれるか。


 スーファの注意を聞いているのかいないのか。クロエは劇場の扉を開けた。キャストたちは台詞合わせをしている様子。スーファを見ると、彼らの顔がぱっと輝く。


「やあ、学生さん。ようこそヴァルター劇団へ!」


 キャスト達は全員、ボウ&スクレープでスーファを出迎えた。俳優だけあって、大変に芝居がかっている。スーファを見やると苦笑顔だ。何処かの誰かさんを思い出したと見える。


 彼らは大劇団において、二軍三軍に過ぎない。スーファの脚本はあくまで前座なので、演じるのは彼らと言う事らしい。二軍であっても劇団の一員だから、そこは安心して欲しいとも言われたが。


「あの、スーファ先生と言うのはどちらの方でしょうか?」


 進み出たのは垢ぬけない、と言った感じの少女だった。地方から来たお上りさんは、大抵こんな顔をしている。そして、都会になじむ者と、我が道を行く者に分かれるのだが、彼女は後者のようだ。


「私だけど。あと、ただのスーファでいいですから」


 進み出るスーファは、いきなり両手を握手させられる。自分では気づいていないだろうが、彼女はストレートに好意をぶつけられるのに弱い。探偵としてどうなのかと思ったが、ユウキ曰く、腹に一物ある人間はちゃんと警戒するらしい。それを一瞬で、しかも半分無意識に判断するのだから、この子は天性の探偵なのだろう。

 ユウキには悪いが、天は二物を与えるらしい。


「私、カミラと言います! 今度少女役を任せてもらうことになって。初めての主役で、こんな素敵な役を演じられるなんて、私もう嬉しくて!」

「そ、そう。ありがとう」


 幼い主演女優は早口でまくし立てる。相変わらず自分が凄い事をやっている自覚は無いようで、スーファは思いっきり戸惑っている。

 横でうんうんと頷いているクロエの方が、現実を認識している。


「やあ、美しいお嬢さんがた。私の情熱的で冷静な演技を見に来てくれたのかい?」


 話しかけてきた壮年男性に、クロエがわっと声を上げた。


「すごい、本物みたい!」

「ははっ、ハンサムだろう?」


 王様役の俳優は、一言で言うなら所謂「イケオジ」だった。ライカとしては、スパダリにしてよし、若い主人公とからめてBLさせてよしの優良物件だ。少年漫画の師匠枠というのもありだな。

 イケオジは手品の要領で袖口からバラを一輪取り出し、クロエに捧げる。


「君は私のファン第一号だ」


 クロエが目を輝かせた。この子、王様に一番入れ込んでたからなぁ。そんな二人の間にカミラが割って入った。


「カルロスさん、お客様へのそう言う対応は勘違いさせるから止めなさいって支配人が」

「いやすまない。こちらのお嬢さんたちが私にぴったりの主人公を創作してくれたから、感謝の気持ちを伝えたくてね」


 そう言って、カルロスは親指と人差し指で「ちょっとだけ」のジェスチャーをする。完全に王様になり切っているようだ。


「とにかく、全身全霊で楽しく演じますので、頑張って見てくださいね」


 スタッフたちからどっと笑いが起こる。

 ライカはこの劇が素晴らしいものになると直感的に思った。現場の空気は「成功している組織」の熱気がある。経営学を学ぶ彼女は、そんな空気に幾度となく触れてきた。


 純粋に、これから起こる事が楽しみだ。




 訂正、これから起こる事は最悪の出来事だ。放っておけばだが。


 クロエは半泣きで支配人を睨めつけ、スーファは不出来な蝋人形のように無表情。ああ、これは自分が言うしかないなと、手に持っていた脚本の成れの果て・・・・・を机に放った。


「一応聞きますけど、これ契約違反よねぇ」


 じろりと睨みつけた支配人の顔は真っ青で、彼としてもこの状況が不本意であると言う事は分かった。二人にとっては何の言い訳にはならないだろうが。


「二ヶ月前の事件、ご存じないわけじゃないでしょう?」


 先日、契約に反して舞台化脚本を改変された小説家が自殺した事件があった。本人に通告すらも無く、出版社も作家を守る気なしだったと言う事で、随分と業界がバッシングされた。法務関係のずさんさもあるが、根底にあるのはクリエイター軽視だ。「自分達が映画にしてやる」と言う傲慢さが招いた悲劇だった。


 そして今、目の前にあるのは無残なまでに骨抜きにされたスーファの脚本。

 少女と王様が手を取り合って旅を続けるラストは無残にも変更され、何故か王様が少女をいけにえに捧げようとしており、いきなり現れたクラン族の騎士がそれを暴く。最後に王様は再封印されてペンダントごと地下牢に放り込まれる。


 これはスーファだけの問題ではない。創作する者とそれを表現する者。両者の信頼の問題だ。


「そ、それがスポンサーの意向でして」


 ハンカチを薄くなった頭に当てる支配人は、結局「偉い人の方針」でやり過ごす事を選んだらしい。自前の劇場を持たないヴァルター劇団は、上澄みの団体ではない。それでも彼らは大劇団。支配人ともあろうものが、こうもふらふらと芯が無いとは。先ほどの現場の熱気とギャップがあり過ぎてくらくらする。


「さ、最近出資してくれた団体が、『西方系の男性を活躍させるのは、社会通念上宜しくない』と見解を出しまして。契約なのでこちらもしょうがないんです」


 そら、きた。まあそういう事だと思ったが。

 彼の主張は、「ひとつの契約を守る為に、もうひとつの契約は反故にして構わない」と言う事だ。謝罪も説明もなしにそのような事を強要するのは、不誠実以前の問題。商売人の資格がない。


「契約書では、脚本の内容に問題がある場合、事前協議を行う契約になっていましたわ」

「そこは、平にご容赦を!」


 ご容赦するわけないだろう。これで学院は面子をつぶされる。後ろに「そっち系」の団体がいるなら泣き寝入りもありうるが、いずれにせよ劇団との良好な関係は結局終わりだ。とは言え、ここで何か言っても情報不足。


「では、そのスポンサーの方と話し合いの席を設定していただけますか? こちらも然るべき代理人を用意しますので」


 支配人の青い顔が死体のように一層青くなる。学生相手なら泣き落としで済むと思ったか。こちらだって経営科である。

 情報もないし、キーマン相手ではないからいったん引きさがるが、これで終わらせるつもりはない。


(おやおや、私ったら随分と入れ込んでるわね)


 ライカの冷静な部分が、そんな事を考える。


「あなた達もクリエイターでしょう? ただの学生でないなら大局的に物を見なさい」


 応接室のドアが開いた。入ってきたのはロングヘアーの女性。切れ長の目をた美人ではあるが、優越感に歪んだ笑顔がそれを台無しにしていた。ああ、こういう手合いが来たかと思う。


「私があなた達の劇をスポンサードする、福祉団体『Moralモラル』のアナベラ・ニトーよ」


 ドヤ顔で胸を張るニトー女史。雲行きが怪しくなってきた。


「福祉? 一介の福祉団体が、前座とは言え大劇場のスポンサードが出来るの?」


 スーファがようやく口を開いた。彼女もうさん臭さを感じているらしい。


「ええと、お名前を伺っても良いかしら?」


 余裕を崩さず、ニトーが問う。


「スーファ・シャリエールですけど?」

「スーファさんね。私を敵に回すには、貴方はまだ未熟!」

「……はぁ」


 彼女の大仰な言い回しは良くわからない。スーファも同じだったようで、頭を抱えている。


「私たちには、志に賛同してくれる人たちがいっぱいいるのよ」

「そうでしょうね」


 饒舌なニトーに、ライカは冷ややかな視線を返す。「こんなやつのせいでスーファの劇が」とは思うだけ無駄だ。人の努力を踏みにじるのは、大抵がこんなやつ・・・・・だ。


「それよりさぁ、そこのアンタ!」


 突然ニトーの口調が変わる。びしっと指された指の向こうには、クロエが居た。


「あんたスカートの丈が短すぎんじゃねぇの? キモいおじさんに媚び売って楽しいわけ? やっぱこの街はおちんちんランドじゃねぇか!」

「お、おち……?」


 いきなりとんでもない事を言い出して、一同は固まってしまう。ちなみに、ライカには彼女のスカートが特に短いとは思えない。ファッションのうちである。


「ちょっと、大陸語で話してくれます?」


 スーファは相当に苛立っている。助手を●ッチ呼ばわりされたのだから当然ではあるが。


「名誉男性となって戦う女には分かるまい。私達フェミニストの崇高さがね」


 駄目だ。これは本格的に話が通じない。それでもクロエが言葉を投げかける。


「そんなにお金があるなら、何で演劇の邪魔をしようとするんですか? 貧しい人や弱い人に使ってあげればいいのに!」


 しごく真っ当な問いだった。ただし相手に良識があれば。


「るっせーよ! それじゃ話題にも金にもなんねーだろ!?」

「こいつ、ぶっやけやがったわねぇ!」


 いかん、苛立ちのあまり素がでて怒鳴ってしまった。ライカは咳払いし、冷静さを取り戻そうとする。


「てめーの演劇を面白く思わない奴もいるんだよ。王様だのイケオジだの、キモい名誉男性に媚びて何がしてぇんだよカスが!」


 ここまでぶっちゃけてくれるといっそ清々しい。おかげで大分頭が冷えてきた。


「あーはいはい。つまり商売・・ってことね」


 スーファが心底呆れたように言う。流石に彼女もピンと来たらしい。

 よくあるビジネスだ。誰かが嫌うものを叩き、その「誰か」から寄付を貰う。その寄付を使って相手を更に叩く。そして「誰か」からもっともっとお金を貰う。


「だからね? ちゃーんと価値観を適正化アップデートさせないとねぇ。あなた達が意地を張ると、皆がメーワクするのよね。どうせ大した劇じゃなかったし」


 がたっと立ち上がろうとしたクロエの袖を引いて落ち着かせるスーファは、随分と怖い目をしている。正直、この場にユウキ・ナツメが居なくて良かった。もっと怖い事になったろうから。


「メーワク、と言うのはどなたのメーワク? 少なくともそこに彼女の劇を楽しみに待っている人は含まれないみたいだけど?」


 ようやくジャブを放つことが出来た。が、ニトーは舌戦をする気は無いらしい。一方的にまくしたてたりはするが。


「そうでもないわよ? 例えば、下で稽古に励んでる二軍の俳優たちとか、役を取り上げられたらメーワクするかもねぇ。ひょっとしたら、原作者に邪魔されて・・・・・・・・・失意のあまり劇団をやめちゃうかも」

「……っ!」


 完全に脅迫だった。スーファは始めから目を付けられていたのだろう。体制側に居ながら、時に表現規制と敵対していたからだ。

 そして、この脅しは最初の一手。ニトーは同じような改変を、様々な創作者に迫るだろう。


 スーファは大きく嘆息し、何かを決意した様子だった。経験が告げた。それは言わせるべきではないと。だが、ライカに彼女を止められるはずもなく。


「では、その脚本は差し上げます。ただし、私の名前は使わないでください」

「お姉さま!」


 今度こそクロエが立ち上がる。スーファは静かに首を振った。


「あらぁ? 諦めちゃうんだ。クリエイターって、もう少し自分の作品に責任を持つのかと思ったわ」


 スーファはもう嫌味にも表情を変えることは無かった。ただ、淡々と告げるだけだ。


「ええ、『自分の作品』ならそうします」

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