第17話「ひとまずの決着」
”いやあ、共和国ってオープン過ぎて人間関係ドライだと勝手に思ってたんですね。とんでもなかったです。この国の人はご近所関係を凄く大切にするんですね。おかげで、単身赴任中楽しい時間を過ごせました。
……変な趣味まで貰って来たと、妻にはよくぼやかれますが”
ダルタニア王国から単身赴任者のインタビュー
何度も頭を下げるメリーを見送り、遠ざかる汽車に背を向ける。お礼と一緒に、クロエを頼むと託された。
「メリーお姉さまの為に、ありがとうございます」
「依頼を果たしただけよ」
結局のところ、メリーはじめヌードダンサーたちはこの国を離れる事にしたようだ。AV法に関わった怪しげな弁護士が斡旋する職など、怖くて就けないだろう。
何よりこの仕事が彼女らの望んだライフワークだ。頂点を極めて引退し、次なる頂点を育てる。そう言う生き方らしい。
そしてそれは誰かが口を挟む事ではない。
「結局
寂しそうにクロエが言う。国が決めた法律である。簡単に覆ったらそれはそれで危ない。
結局、共和国人の良識を信じるしかない。
「でも今回の事で見直しを叫ぶ議員さんも出たみたいよ。賛成派の政党でも再検証するって宣言した党首もいるし」
結局、正義とはその程度のものだ。正義だけで何かを成そうとする。それは第二第三のAV法だ。
ブレイブ・ラビッツはそれをやろうとしているみたいだが。
「さあ、探偵事務所に帰りましょう。今はラビッツにかかりっきりだから大きな依頼は受けられないけど、まずは実績を積まないとね。所員さん」
クロエの表情がぱっと明るくなる。
そう、明日はシャリエール探偵事務所の開業日だ。
「はい! 非才ながら力になりますお姉さま!」
「……いい加減所長と読んで頂戴?」
あの後、クロエの両親から「娘の危険な趣味を更生してくれた人」と言う認定を受けたらしい。両手を握って感謝され、どうか娘をお願いしますと頼み込まれてはもう逃げられない。
住所変更の手続きやら新聞広告の手配やら、次々に片付けてゆく彼女に何も言えず、秘書兼事務員としてそれなりの待遇で雇う事になった。
「でも、危険な事はやらせないわよ?」
「はーい、分かってます!」
これは分かってない。
得難いの技能と引き換えに、彼女の手綱も握る必要があるわけだ。
新しい事務所は商店街の端っこにある雑居ビルだ。
前回は使いやすさを重視して選んでもらったが、今回は人の目が多い場所と言う条件が加わった。犯罪者は人の目を嫌うものだ。
鍵も魔導式に代わっている。
熟練のプロでも破るのに苦労すると言われる鉄壁の鍵だが、開けたり閉じたりする度に
「それならご近所付き合いはちゃんとしませんと。私が引っ越しの挨拶に回ってきます」
「ちょっと待って。それは2人で行きましょう。所長の私が行く方が印象も良いでしょう」
仕事椅子の座り心地を中断し、立ち上がる。
クロエが嬉しそうにビラと包みを以てついて来た。ちなみにこの包み、彼女が昨日この為に焼いてきたクッキーらしい。さっきお茶の時食べさせてもらったが、かなり美味しかった。
色々と所長の立場が無くなってくる。
商店街は昔ながらの下町と言う感じだ。広い歩道には子供が走り回っている。
肉屋や魚屋にはちゃんと冷蔵庫の
いくつかオープンカフェや食べ物屋もあるから、後で行ってみようと思う。
「次はアパートを回りましょう!」
この商店街は住宅地に隣接している。この住宅地と言うのが曲者で、書生達が暮らす集合アパートがあるという事だ。スーファの祖国のクリエンテスと言う風習が元なのだが、要は有力者が優秀な若者を支援する文化だ。
なので優秀な書生と知り合えたら、そのバックにいる大物と交流できる……可能性もある。
スーファはそう言うの良いからと適当に済まそうとしたが、クロエは断固やるべきだと譲らない。
「少しでも商売に繋がりそうなら、種は蒔くべきです。メリーお姉さまにそう教わりました」
「そ、そうね」
今まではカメリア所長のコネか、自分が解決した事件の関係者を頼っていたから気付かなかった。所長が自分を飛ばした意図が少しずつ見えてきて、穴があったら入りたい。
最初の1室、いい加減な造りかと思ったら、石積みの立派なアパートメントだ。
それはそうで、書生に貧しい生活をさせたら、支援者が恥をかくこともあろう。
そんなわけで、上から順番にドアを叩いてゆく。中には怪訝そうな顔をする者もいたが、妙に嬉しそうな者や、値踏みするように見てくる者もいた。
やがて2階まで降りてくる。
表札を見て、ぴたりと動きが止まった。
「お姉さま? どうされたんです?」
「え、ええ、今日はこのくらいにしておかない?」
「だめですよ。最初が肝心なんですから」
そうねと冷や汗を浮かべて、ノックする。
大丈夫、別にこんな名前他にもいるじゃないか……。
「スーファやんけ! どしたん? ひょっとしてここに引っ越したん?」
相変わらずオーバーな東方訛りで歓迎してくるドロシー・ナツメ。何でよりによって近所に? と言うか、こいつもメンバーの可能性濃厚だし。何がって、勿論ラビッツの。
「以前お会いしましたよね。ひょっとしてお姉さまのご学友ですか? 私シャリエール探偵事務所の……」
「お姉さま?」
事情を知らないクロエが挨拶するが、ドロシーが2人を代わる代わるに見つめ、にやにやと笑い出した。
「百合かぁ。ええな」
「へっ?」
「”お姉さま”かぁ、ええな! 滾るわ!」
何故花の名前? また怪しげな
親指立てる姉の頭をはたいて、元凶が出てきた。ユウキ・ナツメである。
「姉さん、2人とも困ってるでしょ? どうも初めまして、弟のユウキです。しかし、まさかここに来るとはなぁ」
「ええ、ちょっと後悔してるわよ」
それを聞いた時、彼の表情が
何かとんでもない悪手を取ったらしい。
「この一角はね。ナード率高いよ? この間の誕生日会、出席者の半分はご近所さんだから。わざわざ挨拶に行ったんなら、多分
という事は、自分は虎口に飛び込んだだけでなく、ナード相手に自己紹介して回ったようだ。
なんたる失態!
「というわけで、こっちでもよろしくね。
崩れ落ちながら、探偵スーファ・シャリエールは誓った。
こいつら、絶対捕まえてやると。
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