第58話:新世界航路2


◆◆◆◆


「上機嫌だな、エミリア!」


 その日も、俺たちは空にいた。俺はインディペンデンスに乗り、エミリアはエンタープライズに乗る。俺たちを乗せて、二匹の竜は空を駆ける。


「当然よ! だって誰も見たことのない新大陸への道よ! 新世界航路! こんなワクワクすることは初めて!」


 エミリアの歓喜に従うかのように、エンタープライズは翼をはばたかせて大胆に宙返りした。


「はしゃぎすぎだ、エミリア。気持ちは分かるが、竜に乗っているときは落ち着け。落ちるぞ」

「――あ、ごめんなさい」


 エミリアの歓喜は分かっている。分かっているのだが、それでも俺はコーチである以上ついくぎを刺してしまう。幸い、エミリアは水を差されても怒ることなく素直に従ってくれた。少しきまりが悪く、俺は慌ててフォローした。


「俺だって嬉しい。嬉しくて踊り出したいくらいなんだ」

「踊ってあげましょうか? ミスター・グッドフェロー?」

「ああ、この空でな」


 そう、これはダンスだ。地上でぎこちなく音楽に合わせて踊るのは苦手だが、その代わりに俺たちは空で踊る。ホールの代わりに空で、靴を履く代わりに竜に乗ってダンスを踊る。手と手を取り合わなくても、魂に燃える竜炎で通じ合える。


「なあ、俺も君を推薦しようか?」


 なんとなく、俺は尋ねた。エミリアの件で、気が付くと俺もコーチとしてそこそこ名が知れるようになっていた。俺の推薦があれば、聖杯記念に出られず、体調を崩していたエミリアでも先導者として選ばれる確固とした理由になるのではないだろうか。俺はそう老婆心から言ってみたのだが、エミリアは首を振る。


「大丈夫よ。きちんと飛行試験を受けて、合格したいわ。きっと先導者としてのフライトはとても厳しいでしょう? だったら、なおさら試験で自分の実力がどんなものかきちんと確かめないと」

「確かにその通りだ」


 どこまでもエミリアは、フライトに対してだけは真面目でストイックだった。それもそうだろう。彼女が見ているのはフライトで得られる喝采や栄光ではない。そういったものが一切通用しない厳しい大自然。いつだってエミリアの目はそこを見ている。あの日、グレイゴーストが導いた先にあった、あの清浄な空を。

 ――だが、俺たちの飛ぶ空は今日もまた濁っている。

 地上の煙突から垂れ流されるばい煙は消えはしない。この世界に、もう本当の空は消えつつあるのかもしれない。やがては竜も空からいなくなるだろう。ライダーの代わりにパイロットが、プロペラ機に乗って空を駆けるに違いない。

 俺たちは、どこまでも広がるこの大空に舞う、小さなタンポポの綿毛のようなものだ。風が吹けばどこかへと飛んでいき、あまりにも小さくて顧みられることもない。いつかはこの命も潰えるし、生きた証だってやがて忘れ去られていくだろう。そして空は灰色のまま、何も変わることはない。人々は、空が本当は青かったことさえ思い出さなくなるのかもしれない。

 世は去り、世は来たる。

 Day after day(来る日も来る日も). 

 でも、今日もライダーたちは様々な理由で空を目指す。今日もまたどこかで誰かが竜にまたがり、新たな冒険へと旅立っていくだろう。そうやって――日々は続いていくのだ。


「ねえ、ジャック」

「なんだ、エミリア」


 俺の隣にエミリアが並んだ。


「私――あなたに会ってからたくさんのことを経験してきたわ。たくさんのレースに勝って、たくさんの辛いことも味わってきた。一生に一度しか出られないアイルトンカップを諦めて、竜症で苦しんで、たくさんのレースを見送って、聖杯記念にだって自分の意志で背を向けた」


 過去に思いをはせた目をしたエミリアだったが、すぐにその目は再び今この瞬間を見据える。


「でも――空に続く道はまだたくさんあったみたい!」


 彼女は笑った。笑ってくれた。

 竜のように苛烈に。炎のように美しく。

 それが、俺にとって最高の褒賞だった。

 満面の笑顔と共に、エミリアはエンタープライズの手綱を取った。誰にも何にも捕らわれない、一人の少女と一匹の竜が俺の視界で空の向こうを目指す。


 ――エミリア。君に会えて、本当によかった。



「ありがとう、ジャック。私は今――本当に自由よ!」



◆◆◆◆





(隻翼のドラゴンライダー:完)

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隻翼のドラゴンライダー 高田正人 @Snakecharmer

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