第10話:ティータイム


◆◆◆◆


「あなたとティータイムを一緒に楽しめて嬉しいわ、ジャック」

「あなたの招待だからな、オールドレディ」


 ランカスター賞に勝利した後、俺はオールドレディことエミリアの祖母、エリザベス・スターリングに茶会に呼ばれた。彼女の屋敷の応接室で、俺はエリザベスと向かい合っている。恐ろしく高級な茶器が並べられ、普段飲んでいる奴が泥水しか思えなくなるような紅茶が俺のティーカップに注がれている。

 あまりも俺が場違いで多少居心地が悪いが、どうせ俺のみすぼらしさで嫌な思いをするのは招いた向こうの方だけだと思い、もう気にしないことにした。適当に角砂糖をティーカップの中に放り込み、雑にかき回して中身を飲む。もっとも、向かい合っている相手はあのオールドレディだ。怒らせたくはない。


「ならば、私が飛べと命じたら、あなたは自分の竜で飛ぶのかしら」


 すかさずエリザベスは痛いところをついてきた。この国のライダーすべての憧れであるオールドレディの言葉は、確かに一蹴できない重みがある。


「俺は――」


 なんと言えばいいのか分からず、それでも俺は口を開く。


「ああ、答えなくて結構よ。それに、私はただ単に世間話がしたくてあなたを呼んでないわ」


 さらりとエリザベスはそれ以上追求せずに流してしまう。彼女はティーカップを置き、俺をじっと見る。老いたとはいえ、その眼光は猛禽顔負けの鋭さだ。自然と背筋が伸びる威圧感がある。


「まずはランカスター杯で孫を一位にした手腕、大したものね。感謝するわ」

「あれは俺の実力じゃない。エミリアが優秀だったからだ」


 俺は首を左右に振る。冗談じゃない。俺がちょっとトレーニングに付き合っただけでライダーを一位にできるなんて、買い被りもいいところだ。


「それを発揮できるようにしたのはあなたの努力の成果よ。誇っていいわ」

「どうでもいい。俺は給料さえもらえれば充分だ」


 期待されたくなくて、俺はひたすらやる気のない発言を繰り返す。今更俺に期待しても何がある? こんな竜にさえ乗れない元ライダーに期待しても、裏切られるだけだろう? だったら最初から期待させないのが常識ってものだ。


「それはともかく――」


 一方的にエリザベスは話題を変える。あの司祭と同じく態度は落ち着いていて丁寧だが、その姿勢は正反対だ。司祭はひたすら俺の言葉を受け入れている。不気味なくらいの聞く姿勢だ。一方オールドレディは、会話こそしているが自分の要求が最初からはっきりしている。俺と話す必要さえ、本当はないんじゃないだろうか?


「あの子には何かが欠けている。いいえ――あの子は何かを求めているわ」

「それはなんだ?」

「『訊けばなんでも答えがすぐ返ってくると思うな』とはあなたの言葉よ」


 以前エミリアに発した言葉をそっくりそのまま返され、俺は押し黙った。エミリア……俺の言ったことを祖母に教えたな。まったく、エリザベスもここぞとばかりに反論できない言葉を俺に突きつけてくる。オールドレディはやはり恐ろしい。


「あの子が何を求めているのか。それを見つけなさい、ジャック」


 雇い主としてエリザベスは俺に命じる。俺としてもそれを拒む理由はない。納得できる命令だからだ。


「あいつのフライトは、がむしゃらででたらめで、破壊的でさえある。自分でも何を求めているのか分からないんだろうな」


 竜に魂を食わせ、ライダーは空を飛ぶ。竜の魂と己の魂を同調させ、心の震えるままに飛ぶのだ。だとしたら、何を求めているのか分からずに飛ぶのは、逆風の中を走るようなものだ。無駄に力を使うし、つまずいた瞬間に転ぶ。


「それでも、あなたはあの子を一位にしたわ」

「付け焼刃だ。単にがむしゃらな自分を受け入れさせただけだ。そう何度も通用する手段じゃない」


 俺はエミリアに、あれもこれもやろうとせず、ただひたすらに周りを気にせずに飛ぶことだけを目指せとアドバイスし、そのためのフォームや飛び方を二人でアレンジした。おかげで彼女は無理をして正当なライダーらしく飛ぶことを止め、がむしゃらに空を駆けるライダーとして飛び、ランカスター賞で一位を取った。

 だが、幸運は一度きりだ。奇抜な作戦が何度も通用するほど公式のドラゴンライディングは甘くない。次は他のライダーも、エミリアの逃げの戦法に対策をしてくることだろう。彼女には、まっとうに他のライダーとアームで戦うこともしっかり慣れてもらわないと困る。そのためにも、何を求めているのか本人の中ではっきりしてもらわなければならない。


「俺としても、あいつの求めるものには興味がある」


 そして同時に、俺自身もあの破天荒なレディが何を本心で求めているのか知りたくもあった。他のライダーのように名声や賞金ではなく、本物の空が見たいと言い放ったエミリア。彼女の心の渇望を、俺は知りたかった。


「あなたの竜が再び飛ぶことを願うわ、坊や」


 オールドレディはそう言うと、満足したようにそれ以上エミリアについては触れなかった。


◆◆◆◆


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る