第6話:その名はエンタープライズ02


◆◆◆◆


 断ってもしつこく食い下がってくるアーサーを追い返し、俺はユニフォーム姿のエミリアとコースを見て回る。つくづくこのエリウゲナ学院は金持ちの子供が集まる学校だとよくわかる。この呆れるくらい金がかかっているコースはなんだ? 俺が今まで野良のライダーのコーチをしていたあの廃工場のコースと比べると、犬小屋と王城くらいの違いだ。自分の場違いさがよく分かるが、だからと言ってうんざりするだけで恥ずかしくはない。恥ずかしいと感じる感覚が、俺はもうマヒしているからだ。


「まったく、素敵なお友だちだな、エミリア」

「アーサーが? 冗談はやめて。彼はライバルよ」


 俺の言葉に、エミリアはすかさずそう答えた。細い眉が苛立たし気に吊り上がる。つくづく、気の強そうな顔立ちだ。今までただの一人も背中に乗せなかったじゃじゃ馬って感じだろうか。


「聖剣とギャロッピングレディがライバルか」

「言いすぎたかしら?」

「いや。悪くない心構えだ」


 学院きっての俊英らしいアーサーを、エミリアはちゅうちょすることなくライバルだと言い切った。はた目から見れば最下位常習者の戯言かもしれないが、その負けん気の強さは俺としては歓迎だ。その方が不利な試合でも簡単にあきらめないからだ。


「ただのライダーで満足するような男の子に、私は負けたくないの」


 自分にそう言い聞かせるようにつぶやくエミリアの姿が、俺には印象的だった。このお嬢さんは、どうやらライダーとして脚光を浴びるその先しか見ていないらしい。


◆◆◆◆


「それで? まずはどうしたらいいの?」


 スタート地点でエミリアは俺に向き直った。


「もう一度君の竜が見たい。見せてくれ」

「もちろんよ」


 エミリアは、ユニフォームのベルトに装着してあったケースを手に取る。


「おいで」


 中のフラスコに入っている竜骨が、彼女の呼びかけに反応する。熱のない銀色の炎が噴き出し、エミリアの背後に彼女の竜が姿を現した。どこもかしこもとがったデザインの、銀色の鱗の竜だ。エミリアは誇らしげに自分の竜の首筋を撫でる。


「美しい竜だな。名前は」

「エンタープライズ」

「冒険心(エンタープライズ)、か。いい名前だ」


 竜の名前は受け継ぐものもあれば、自分で名づけるものもある。伝説級の竜に至っては自ら名乗るものもあるらしい。おそらく、このエンタープライズという名前はエミリア自身が名付けたものだろう。名は体を表す、という言葉通り、もともと気体であり、惑星の記憶である竜は形を持たない。形を持たないエネルギーの塊に、人々がはるか昔から思い描いていた最強の生物というデザインを落とし込む。それが命名だ。

 エンタープライズ。冒険心。これ以上ないくらい、エミリア・スターリングという少女と彼女が乗る竜はお似合いだった。

 しかし、エミリアは自分の竜を見せただけで満足はしなかった。


「あなたの竜も見たいわ。見せて、あなたの竜――インディペンデンスを」


 その名前を聞いて、俺のなくしたはずの右腕がわずかに疼いた。


「嫌だね」


 俺の脳裏に、こいつのエンタープライズとちょうど正反対の色の竜が思い出される。光り輝く黄金の鱗に包まれた、猛々しく恐ろしげなデザインの竜。外見とは裏腹に、性格はとてもおとなしくしかも賢かった。


「なぜ?」

「訊けばなんでも答えがすぐ返ってくると思うな、お嬢さん。俺は君に懺悔するためにここにいるわけじゃない」


 俺がつい口走った「懺悔」という言葉を、エミリアは聞き逃さなかった。


「懺悔?」

「いや、こっちの話だ。今のは忘れてくれ」


 俺は意味もなく手を振ってエミリアの関心を強引に打ち切る。


「とにかく。俺のことはいい。コーチとして雇われている以上、仕事はきちんとする」


 俺はコーチの顔になってエンタープライズに近づく。エミリアの竜はわずかに後ずさりしたが、エミリアに手綱をつかまれてすぐにおとなしくなった。俺はエミリアが手綱をつかんでいる間に竜の全身を大まかにチェックする。目を始めとする感覚器の状態、翼の形や疲労の蓄積の有無。あまり重要視されていないが、足の爪の形の変化。俺が今まで見てきた三流ライダーと違い、丁寧に手入れがされている。いくら竜の本来の姿が気体とはいえ、連続して飛べば疲労もたまるし、あちこち体にガタが来る。信じられないほど荒っぽい乗り方で有名なエミリアだが、それはただのスタイルで、竜を虐待していないことがよく分かる。


「なるほど。だいたい分かった」

「何が?」


 俺は質問に答えず、ポケットから懐中時計を取り出した。


「次だ。乗ってくれ」

「あなたは?」

「俺は地上で見ている。タイムも計るからな。大まかに外縁に沿ってまずは一周。それから……」


 一通りコースを説明すると、素直にエミリアはうなずいた。


「分かったわ。しっかり見てて」


 ひらりとエミリアはエンタープライズにまたがった。竜と同時に背に出現していたサドルにまたがり、手綱を持つ。エンタープライズの内部に竜炎が燃え上がるのが、そばにいる俺にも肌で感じる。竜は鳥のように翼をはばたかせて飛ぶのではなく、竜炎を燃やして飛ぶ。それはすなわち、乗り手であるライダーの魂を糧にして飛ぶのだ。腹に響く重低音とともに、エンタープライズは空に舞い上がった。エミリアの操縦の元、俺があらかじめ言っておいたコースに沿って飛んでいく。見上げる俺の目には、確かに荒っぽいものの、他の生徒たちにきちんと気を配ったエミリアのフライトが見えた。加速も制動も悪くない。しかし――


「まるで違うな」


 俺は手元の時計を見ながら呟く。タイムはまだなんとかなる。気になるのは、むしろ精神面の方だ。やがて、俺の指定したコースをすべて飛び終えたエンタープライズが着陸する。最初に見た、天から真っ逆さまに落ちてくるような無鉄砲な動きではなく、きちんと教本通りの動きだ。


「どうだった?」


 エンタープライズから降りたエミリアに、俺は懐中時計をしまいつつ告げた。


「エミリア。君には二つの選択肢がある。一つは俺をクビにして今まで通りのスタイルで空を飛ぶ選択。もう一つは、俺の言う方法を試してみる選択だ」


 突然の俺の提案だが、エミリアは興味深げにすぐに食いついてきた。


「あなたの方法を試してみたら、どうなるの?」

「……そうだな。君は今まで陰でギャロッピングレディと呼ばれていたかもしれない。けれども、俺のやり方で飛ぶと――おおっぴらにそう呼ばれるだろうな。どうする?」

「もちろん、あなたの方法で飛ぶわ、ジャック」


 間髪入れずにエミリアは答えた。


「即答だな」


 俺はやや驚いた。少しは考えるかと思ったら、エミリアはにっこり笑ってエンタープライズの首筋を撫でた。白銀の竜は、彼女の手を黙って受け入れている。


「私、久しぶりにわくわくしているの。この気持ち、大事にしたいでしょ?」


◆◆◆◆


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