その2

 昼休みが終わるころ私たちは親友になっていた。

 物語で読んだけれど、親友というのは自分の秘密というのを包み隠さないものでしょう。

 私は昼休みが終わるころには蝶子ちゃんに自分が普段思っていることや秘密を全部話してしまっていた。

 ちょっと太っているのを気にしていること。

 お母さんが女の子らしいかわいい洋服をかってくれないこと。

 いやだというのに、髪を短く切られること。

 眼鏡なんてかけたくないけれど、ひどく視力がわるいこと。

 運動が苦手なこと。

 そして、本当はクラスのみんなのことが大嫌いだということ。

 ひとけのない図書室で私はすべてをぶちまけていた。


「みんな、みんな大っ嫌い」


 気が付くと私の声は図書館の本棚と本棚の間をぶつかり合ってこだましていた。

 今考えると私はまるで魔法にかかったみたいだった。

 普段自分の中に閉じ込めている言葉がどうしようもないくらい大きくなって、胸が苦しくて吐き出さずにはいられなかったのだ。

 幸いなことに同時に昼休みの終了をつげるチャイムがなっていたから蝶子ちゃん以外にその言葉をきかれることはなかったけれど。


 蝶子ちゃんは私のことばをきいてにっこりとほほ笑んで頷く、そして口のかたちだけで

『わたしも』

 と答えてくれた。


 私たちは、昼休みの終わり急ぎ足で教室に向かうなか、蝶子ちゃんはこういった。


「まるで、昔の私をみているみたい……あなたの気持ちわかるよ。だから、わたしのひみつも教えてあげる。放課後、校舎の裏にきて」


 ほら、私たちは親友でしょ?


 放課後の校舎の裏はとても不思議な場所だった。

 転校していくつもの学校に通っているからどこも似たりよったりだって、わかっているというのに。

 その場所は不思議に感じるくらい静かだった。


 そして、昼休みとは違いすでに蝶子ちゃんはそこにいた。

 手にはなにやら大きな瓶のような容器をもっている。


「それはなに?」


 私がきくと、蝶子ちゃんはこういった。


「ねえ、おまじないって信じる?」


 もちろん、信じているにきまっている。そのために私は自分の左手の薬指にマニキュアが塗られているくらいなのだから。

 私は一生懸命、うなずいた。


「じゃあ、あなたの願いを教えて。願いをかなえてあげる。でも誰にもいっちゃダメだよ」


 私は昼休みに話した自分の秘密、うらを返せば現実への不満の逆が願いだった。


 もっとほっそりしたい。

 かわいくなりたい。

 眼鏡なんてかけたくない。


 そんなありきたりの願い事。


 それらのすべてを聞き終えた蝶子ちゃんは急にしゃがみこんだ。

 どうしたんだろう?

 不安に思って私が一歩近づくと、蝶子ちゃんは手を差し出した。


 白い柔らかそうな指先には小さな黒い点が這いまわっていた。

 一匹のアリだった。

 蝶子ちゃんは、それを一匹瓶のなかにほうりこんだ。


「あのね、ここに毎日一匹ずつ虫を入れるの。そして、百匹入れ終わったときにね、どんな願いもかなうんだよ」


 蝶子ちゃんはそういって、彼女の秘密をはなしてくれた。

 彼女は昔、かわいくもないし、あたまもよくないクラスのみんなから無視されるようなそんざいだったと。


 だけれど、彼女はこのおまじないのおかげでかわいくて特別な存在になることができたことを。

 そして、今度はその方法を私に教えてくれる。


「私ね、あなたみたいにピアノをひけたらいいのになってちょっとあこがれもあってね」


 最後にすこしだけ照れたように付け足してくれた。


「ほら、今日は特別。あなたも一匹だけ虫を捕まえていれてあげて」


 私はあわてて、周囲を見回す。

 なぜだか、地面からは昼休みに男子がほじくりかえしたのだろう。ミミズが這っていた。

 べたっとして冷たくてさ気持ち悪いけれど、私はいそいでそれをつまんで瓶の中にいれた。

 アリと比べるとぶよぶよとして大きくて気持ち悪い。


 すると、次の瞬間、瓶のなかのアリはミミズに襲い掛かった。

 ミミズは大きくのたうちアリは瓶の壁にぶつかる。

 しばらくしたあと、ミミズはぶるっとおおきく震えると動かなくなった。


「ああ、死んじゃったみたい。アリの勝ちだね」


 蝶子ちゃんは静かに瓶の中をみつめた。

 瓶のなかで、負けたミミズはアリによってかみくだかれ小さなかけらと液体になっていった。

 ほんの一瞬のことなのに……。


 私は思わず吐き気が込み上げてきた。


「こうやって、虫さんどうしを戦わせて最強の虫をみつけるの。最後まで生き残った子が願いをかなえてくれるんだ」


 蝶子ちゃんはこちらをみつめながらそう言った。


 瓶の中にはなにか得体のしれないぐちゃぐちゃどろどろしたもののプールの中をアリが泳ぐようにただよっていた。


「虫のジャムをつくるの。毎日、最低一匹は虫をこの中にいれて戦わせる。それだけで私たちの願いが叶うなんてすてきじゃない?」


 蝶子ちゃんはそういって、いままでで一番可愛らしく微笑んだ。


 その日から、私は一日三回、朝昼夜と虫を探すためにいろんな場所をさまようことになったのだ。

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蟲のジャムを作ろう! 華川とうふ @hayakawa5

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