第22話 男と少女との出会い

 冴木が駅の改札を出て何かに気を取られ、胸の内ポケットに入れようとした財布がポケットから外れ、抜け落ちるのに気がつかなかった。


 その財布が足元から落ちたのを気が付き、拾って追いかけて声をかけてくれたのが制服を着た一人の女子高生だった。


「あの、これを落としましたよ」

「えっ? あ、ありがとう。助かりました。大事なものが入っているのでね」

「それはよかったです。でも、今度は気をつけてくださいね」


 その少女はにっこりと微笑んだ。冴木はその笑顔がとても可愛いと思った。そして親切な少女の行為に冴木は嬉しかった。


「そうですね。これからは気をつけましょう。そうだ、君に少しお礼がしたいな。ほんの気持ちだけれどこれを受け取ってくれませんか」

 彼はその財布から三千円を取り出して彼女の前に差し出した。


「えっ? 本当に 良いんですか?」

「もちろん、ほんの気持ちです。受け取って貰えますか?」

「じゃぁ、ありがたく貰います、どうもありがとうございました」

「お礼を言うのはわたしの方ですよ」

「いえ。では失礼します」

「はい、ではまだ」


 彼は少女がそれを断ると思っていたが、気持ちよく受け取ってもらったので嬉しかった。今、店の前にいる少女はあのときの少女だった。


 あのときは女高生らしい制服姿だったが、今は私服であり少し大人びた感じがして、彼は始めは同じ人物とは信じられなかった。そのときに財布を拾って渡してくれた彼女と、今の彼女が余りに違うように見えたからである。


 あのときの少女が万引きをしたとは思えない。冴木は思い直して二人に近づき、彼女を掴まえている店の店長に言った。


「わたしはこの女の子を知っています。何ならわたしが保証人になりますよ。彼女が本当に盗んだのならその代金はお支払いしますので、今日は何とか彼女を許していただけませんか?」


 冴木は胸のポケットから出した名刺を店長に差し出した。店長はじろりと冴木と名刺を見ていたが、その肩書き見て少し驚いていた。


「そういうことなら今回は大目に見ましょう。しかしまた今度こういうことをすればわかるよね。君」

 じろりと店長の目が光る。


「はい。すみませんでした」

 彼女はぺこりと頭を下げた。彼女が万引きしたものはテレビのCMなどで流行っている人気の口紅だった。


 冴木も丁寧に頭を下げた。それから少女と肩を並べて歩き始めた。冴木にとっては、この地域は前に転勤で移動してきていており、少女と歩いても人の目を気にする必要はなかった。


「どうしてあんなことしたの。それが欲しかったのかな?」

「ううん。なんとなく手が出ちゃったの」

「だけど、この間は財布をわたしに返してくれたじゃないか。そんな君が……」

「だって、あの時はおじさん優しそうだったから」

「ええ、そうなんだ」

「そうよ」


 そう言いながら彼の横に並び、少女は慣れ慣れしく彼と腕を組んだ。(いきなりかい、でもこうして女性と腕を組んで歩いたのはいつだったか……)と思いながら冴木は悪い気がしない。


 その少女の屈託のない態度に気持ちが和んでくるような気がした。


「ところで君の名前はなんていうの?」

「あたし、れいなって言うの」

「そうなんだ、苗字は?」

「蒼井れいな、おじさんは?」

「冴木って言うんだ。冴木淳三郎 」

「なんか、長い名前ね」

「あはは、そうかい」


「あの、おじさん、聞いてもいいですか?」

「いいよ」

「お仕事は?」

「国の仕事とでもいえば良いか、公務員とえば分かるかな」

「何となく。固い仕事なんですね」

「まあね」

「れいなのお父さんの仕事は?」


 冴木はなんとなく彼女に聞いてみた。

「お父さんは最近、会社を変わっみたいだけれど、仕事はソフトウェアとか言うらしいわ。でもよく知らないの」


「そうなんだ」

 冴木は、彼女の父親が浦島機器製造のソフトウェア事業部の部長の蒼井幸雄だということをまだ知らない。


「ねえねえ、おじさん少し時間ある?」

「あるけるど、どうしてかな?」

「あたし、お腹が空いちゃった。何か食べたいな」

「いいよ。でも君は現金な人だねえ」

 冴木が笑うと、少女も笑った。


 冴木は素直でキュートな少女と話しているのは楽しかった。いつも仕事では堅苦しい書類の処理をし、家に帰れば倦怠期に入っている妻がいる。最近、離婚した五月蠅うるさい娘が孫を連れて出戻っているし、家にいても面白くない。


 彼はいつ家に帰るか分からないので食事はラッピングして置いてあり、一人で食べる夕食は味気ない。

「では、あそこのラーメンでも食べようか」

「はい!」


 冴木と少女は駅から少し離れたラーメン店に入った。冴木はこんなに若い女の子と店に入ったのは久しぶりだった。店には二人ほど客がいたが特に気にすることもない。少女がラーメンを食べながら言った。


「あのね、おじさん」

「ん、なにかな?」

「あたしと援交してみない?」

「えっ!?」


 冴木は思わず口に飲み込んだ汁を吹き出しそうになった。そしてまじまじと彼女の顔を見たが、ふざけているようには見えなかった。


「それってまずいでしょ。私はまだ捕まりたくないしな」

「大丈夫ですってば」

「どうして?」

「あたし、十八になったばかりだし、平気よ」


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