第7話 カミナリ社長と経理部長の悩み

 そのころ臨時取締役会が開かれる時間になっていた。

 その日の株式会社・浦島機器製造の臨時取締役会では、社長の浦島慶次が社長を退いて、その代わりの社長になる人選を決めるための会議である。その後、慶次は会長に収まる予定だった。


 慶次としては、相変わらず経営の采配さいはいを握るつもりだが、とりあえず代表権を新社長に譲り一線を退くことにした。それには、自分の息の掛かった人物を後継者にしたいという思いがある。その内の一人に娘婿の浦島真一郎がいる。


 彼もすでにその会議室の中の執行部が着席する前席に座り、会議が始まるのを待っていた。

 この会社は、慶次が強烈な個性で築き上げた中堅的な会社である。起業を始めたときは、父が始めた小さな電気機器の修理と製造販売の会社だったが、今では組織も大きくなっていた。その彼が広げた功績は大きい。


               *

 街の小さな電気屋では製品を売らなければ生活は厳しい、修理と言っても部品費はかかるし、修理代と言っても微々たるものである。

 やがて、慶次は中学校を出ると高校に行かず父の影響で、電気関係の専門学校へ行きそこで熱心に学んだ。


 エレクトロニクスに興味を持ち、器用な彼は次第にラジオやテレビなどを組み立てたりしていたが、そのころから野心が芽生え、父親の知り合いや親戚などから借金をし、卒業してからは独立して電気屋を作った。


 彼は手始めに、人を集めてあらゆる電気製品の修理を手がけていった。そのやり方は合理的だった。そのころから経営学にも興味を持ち、片っ端からそういうたぐいの本を読みあさり、仕事の合間にそれらのノウハウを独学で学んだのである。

 若いころの慶次は、何かにかれたように常に勉強をしていた。後に彼が成功したのは、そのときの基礎があるからなのだろう。


 その後で、慶次は倒産した会社の施設を安く借り上げ、必要な器具を買い、修理技術者を集め本格的な修理工場を立ち上げたのである。そこではどんな電気製品でも修理して客を満足させた。その為に修理用などの部品の購入は、独自にメーカーと掛け合い、タイアップして見事に効率化を成し遂げたのである。


 彼の会社は、常にユーズに応じて、必要な部品をリストアップしておき、いつでもどこでも対応出来るようにして、他社が出来ないと断った物まで持ち込んで殆ど修理をした。もし部品が無い場合には、東京の秋葉原等にある代理店をフルに使い、掻き集めてきた部品で修理し敏速に対応したのである。


 そんな慶次の店の対応の評判を聞き、見知らぬお婆さんがやってきて、孫の為に直して欲しいと言って持ってきた壊れた玩具は、自ら対応した社長の慶次が接着剤で付け直し、丁寧に修正して見違えるようになった。勿論、代金は取らない。


 そのお婆さんは大喜びをしてそれを近所に触れ回り、やがてその噂が広がって店の評判が更に上がったのである。そのようにして、浦島電気商会が扱う電気製品はたき岐にわたっていた。

                

 会社は次第に大きくなり、いつしかビルを構えるようになっていた。しかし、世間はそう甘くなかった。ある時期から会社は修理だけでは行き詰まり、利益率の良い電気製品を売って高利益を上げなければならなくなってきたのである。


 それ故に、仕事の矛先を修理以外にも広げ、特殊な機器等の販売にも活路を見いだしていった。どうやらその時の慶次の先見せんけんめいに間違いは無かったようである、


 その為に、彼は他の役員がいぶかるるほど稼いで溜め込んだ資金を惜しげもなく使った。その一つには多様な交際費であり、あらゆる関係者をゴルフや食事などの接待に惜しみ無く使い、消えていった。


 何事において慶次の勘は鋭く、その行動は素早いのだが、それ故の失敗が無くもない、経理を担当している寺崎経理部長は、常にその資金繰りに頭を痛めていた。


「社長、今月は色々と出費がかさんでいますので、結構厳しいです。少し交際費を抑えていただけるとありがたいのですが」


「何を言ってるんだね寺崎君。今こそあの会社と折衝せっしょうして、契約を成立させなくてどうするのかね。今はチャンスなんだよ」


「そうですが、しかし……」 寺崎の言葉に慶次は激高した。


「寺崎君。君みたいな銀行員上がりに、こう言った現場の厳しい状況が分からないだろうが、こっちだって必死なんだ! 東西銀行支店に行って、我が社の次の融資を受けるのが君の役目だろう。あの融資の話はどうなったのかね」


「あ、はい。明日にはもっと詳しい資料を持って、支店長を更に説得してきます」


「そうだよ。それが君の役目なんだよ。頼むぞ。あの会社を今吸収しないと、ライバルの会社に持っていかれるんだ。そうなったらわが社は後塵こうじんを拝することになる。わかったかね、寺崎君」


「は、はい。社長」


 寺崎は社長に、出費を抑えるように換言したのだが、逆に彼が担当している大手銀行からの融資依頼の催促を受けてしまったのだ。

 このところ会社の売り上げはあまり伸びず、入金が滞っているのだが、出費は出る一方である。この収支のバランスがうまくいかないと、大変なことになるので、元銀行員の寺崎には頭が痛いのだ。


 経理の責任者である寺崎は、いつも損益計算書と貸借対照表をにらみながらバランスを計算していた。

 そのストレスのために最近は体調がおもわしくない。

 昨日も妻から言われたばかりである。


「あなた。このころは、疲れているみたいだけれど大丈夫ですか?」

「あぁ……」


 妻の芳子は、最近夫の顔色がよくなく、元気がないのが心配だった。夫は引き抜かれ、大手の銀行にいたころよりも収入が大幅にアップしたが、それ以上に夫のストレスと健康が心配だった。もしものことがあれば……と心配になってくる。


 芳子は、そんなことなら無理しないで転職などしなくても良かったのに、と思ってしまう。しかし、娘の大学の資金や、マイホームの為に銀行から借りた長期ローンの支払い等があり、仕方がなかった。

 

 家計が少しでも楽になるようにと思い、自分も最近パートに出ているが慣れない仕事でとても疲れる。精神的にも肉体的にもお嬢様育ちの芳子にはそれが苦痛だった。(何でこの私がいまさらパートに……)とつい愚痴もでてしまう。結婚するときにはそんなことを考えたこともなかった。それが厳しい現実の世界である。



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