フューチャーメイカー未来を作れ!

森新児

フューチャーメイカー未来を作れ!

 宇宙には空洞ボイドと呼ばれる広大な暗黒空間がある。



 その大きさは一・五億光年におよぶ。

 ボイドに物質は存在せず、光さえない。


 

 しかし今、その暗黒を貫く一筋の光があった。

 宇宙船アラン・スミシー号は暗黒を切り裂きながら飛んでいた。



 操縦者はケン。三十八歳になったばかりの宇宙民俗学の研究者だ。

 本人はまだ若いつもりだ。しかし船の武器を使用するときパスワードを叫ばなければならないのだが、彼はこのごろそれがひどく恥ずかしく感じられるようになった。

 だからやはり年なのかもしれない。



 アラン・スミシー号はケンが二十年前に買った古い船だ。

 見た目が古いからよく仲間にバカにされるし海賊船にねらわれることもある。

 しかし見かけによらずアラン・スミシー号の武器は強力だ。

 戦艦さえ一撃で吹っ飛ばす。

 元兵士のケンは人間を自由にするのは教養と暴力ということをよく知っていた。


「目的地まであと二時間です」


 と、そのときAIが女性の声で告げた。


「わかった。ミサ、少し休むよ」


 ケンは操縦席を離れた。

 ミサというのは若くして亡くなった彼の妹の名前だ。


「目的地についたら起こして」


「了解しました。おやすみなさい」


「おやすみ」


 ケンはソファに横になると胸元にある、すこし曲がった白い石のペンダントをいじった。

 それは二十年前別れた恋人から最後にもらったものだ。



 二人は結婚を約束していたが星間戦争がはじまり敵同士になった。

 ケンは民間人だが恋人は敵となった星の貴族だった。

 高貴な身分の彼女は自分の星に帰らざるをえなかった。



 戦争がはじまってすぐ敵は条約を破って民間人に攻撃をしかけた。

 最初の攻撃で丸腰の民間人が百万人以上死に、その中にケンの両親と妹がふくまれていた。

 ケンは志願して兵士となり、数々の武勲をあげた。



 戦争はケンの星の勝利に終わった。理由はとても単純だ。

【戦争は野蛮なほうが負ける】

 この鉄則をケンの星の人間は知っていて、敵の星の人間は知らなかったのだ。



 終戦直後ケンは焦土と化した敵の星を探索バイクで走りまわった。

 恋人に会いたかったのだ。

 しかし一足早く、彼女は一族とともにほかの星に亡命していた。

 それからしばらくして、恋人が亡命した星で自決したというニュースがケンの耳に伝わった。





 目的地についたケンは船体カメラでさかんに写真を撮った。

 光がないボイドは、しかしその空間だけぼんやりとした銀色の光を放っていた。

 アラン・スミシー号の目の前に、さまざまな形態の宇宙船が浮かんでいた。

 故障したり燃料が切れたりした宇宙船がたがいの引力にひかれあってできた、ここは宇宙船の墓場だ。



 いろんなタイプの船があった。戦闘機、自家用機、客船、非常脱出用ボート……

 こわれた宇宙船を写真に撮りながら、ケンはなぜ彼らがこんなところにやってきたのか考えた。

 単なる事故? 放浪癖? それともなにかから逃げてきた?


(まあそれを調査するのが宇宙民俗学の仕事なんだけど)


 と、彼が思ったとき


「前方からなにかきます」


 とAIのミサがいった。


「なにか?」


 とケンが怪訝そうにいったとき、それが見えた。

 前方の闇に見えたのは、今ケンが乗っているのとまったく同じ船、アラン・スミシー号だった。


「生体反応あり。透写した対抗船の船内状況をアップします」


 ミサはすぐ正面のモニターにそれを映した。


「おお……」


 ケンの口から思わず感嘆の声がもれた。

 モニターに映ったのは若き日の――おそらく十八歳の――ケンと、同じく十八歳だった彼の恋人エルの姿だった。


(平行宇宙だ)


 ケンは瞬時に状況を察した。


(二十年前ぼくとエルは別れた。でも【別れなかった】ぼくらもいた。別れなかった若い二人はアラン・スミシー号でここまで逃げてきた。宇宙最暗黒の空間ボイドは平行宇宙が交差する場所なんだ!)


 と、ケンが学者らしい興奮を覚えたときミサがいった。


「また前方から別の船がきます」


「また?」


 とケンがあわてたとき、すぐそれが見えた。

 見えたのは氷山のように巨大な宇宙戦艦だった。

 ケンはふたたび頭をめぐらせた。


(追手はエルの一族だ。あの超保守的な貴族たちが敵星の男と逃げたエルを裏切り者として追ってきたんだ)


 モニターでは若い二人が右往左往していた。


「ちくしょう、これまでか!」


「ケン!」


(エル)


 ひさしぶりに彼女の声を聞いた。

 若々しい声が自分の名前を呼んでいる。

 ケンが思わず涙ぐんだとき、突然船が揺れた。


「シールドで戦艦の攻撃を遮断しました」

 

 淡々とした声でミサが告げる。


「なぜ攻撃を?」


「じゃまな目撃者を消したいのかと。これは違法な攻撃です。正当防衛で反撃できますが」


「OK反撃だ」


「パスワードをどうぞ」


「フューチャーメイカー!」


 とケンは絶叫した。


「パスワードを確認しました」


 とミサがいった次の瞬間、前方に巨大な光があがった。

 アラン・スミシー号が放った光線で、戦艦は爆発した。


「やった! だれだかわからないけどありがとう!」


 モニターの中で、若くて髪の長いケンが狂喜乱舞している。

 若いケンの胸元で、すこし曲がった白い石のペンダントが揺れていた。

 そして彼の横で、やはり若いエルがひざまずき、手を組んでいた。

 自分たちを助けてくれたなにものかに向かって、感謝の祈りをささげているのだ。

 やがて互いの船はすれちがって遠ざかり、モニターは砂嵐でなにも見えなくなった。


「ケン、あなたのためになにか音楽をかけましょうか?」


 ミサの声が、いつもよりずっとやさしい。


「そうだな……じゃあヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのパワー・オブ・ラヴを頼むよ」


「なぜこの曲を?」


「バック・トゥ・ザ・フューチャーって映画のテーマなんだ」


「おお、わかりました」


 それからすぐ船内に軽快なロックンロールが流れた。

 その音楽に身をゆだねながらケンははるか後方の、未来に向かって飛び去った宇宙船と、その中にいるもう一人の自分と恋人にささやきかけた。


「未来を作れ、あしたのぼくたち」


 と。【完】



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