第忌譚【照る照る坊主】・弐戎壱

ー一時久哉ー


『…、っ』

「うっ……はぁ、はぁ」


 【首無し法師】との一騎打ち、正直最初は直ぐに片が付くと思ってた。なのに実際は、お互い満身創痍の状態で情けない事に俺の方が少しばかり追い詰められている。

 俺は剣道の基本だけ、亡き父に習った事がある。とは言え、きちんとした道場に通った事はないし部活をしていた訳でもない。

 なので、ほぼ独学だがそこそこ強い自信があった。しかし【首無し法師】は寸でで俺の一撃を避けやがる。

 最初の奇襲以外ほぼからぶり……当たっても、急所を逸れる。が、呪詛をまとった棍棒の一撃はかすっただけでも充分なダメージは与えている筈だ。

 なのに、未だ倒れる気配がない。俺も反射神経は良い方で、何とか【首無し法師】の攻撃をかわしているがこっちは生身の人間だ。

 既に亡くなっていて、現在魂の状態である【首無し法師】とは違い俺の体には確実に疲労が蓄積してきている。長引けば長引くほど、不利なのだ。

 だから、早く決着をつけたかったが……急ぎ過ぎる余り慎重さが欠けていた。俺は一度大きく息を吸い込み、眼前の【首無し法師】に向き直る。


「…………」

『……何の真似だ ? 』


 俺は、目を閉じ中段の構えをした。中段の構えとは、剣道の構えの中で一番大切な構えと言える。

 攻撃にも、防御にも適した基本の構えだ。視界を遮ったのは、心を落ち着け集中する為だ。


「……東方降三世夜叉明王とうほうごうざんぜみょうおう 南方軍茶利夜叉明王なんぽうぐんだりみょうおう

 西方大威徳夜叉明王せいほうだいいとくみょうおう 北方金剛夜叉明王ほっぽうこんごうやしゃみょうおう

 中央大日大聖不動明王ちゅうおうだいにちだいしょうふみょうおう

 明王の縄にて絡め取り 縛りけしきは 不動明王 締め寄せて縛るけしきは

 念かけるなにわなだわなきものなり 生霊、死霊、悪霊絡め取りたまへまたはずんば不動明王

 おんびしびんからしばりそわか」

 

 小声で経を唱えるながら、ゆっくりと目を開ける。この経も、亡き父に教えられたのだ。

 俺が唱えるのに合わせ、棍棒から溢れ出た怨念が縄状になり素早く【首無し法師】に絡みつき動きを封じる。慌てて刀を振り、怨念を払い除けようとするが腕まで絡め取られ直ぐに身動きが取れなくなってしまう。


 この経は、強力でなにより俺と相性が悪い。呪いに好かれる体質の所為なのか……不動明王が関連する経は唱えた後、数日は体調不良が続くんだ。

 だから、ここぞと言う時に使う様にしている。そうしないと、身が持たないからな。


「これで、終わりだ ! 」


 棍棒を振り上げた俺は、力の限りに渾身の一撃を食らわせようとする。だが、


『……小癪な小僧め。まずは、お前の首を斬ってやる ! 』

「っ ! 」



 【首無し法師】が身をよじって叫ぶと、怨念の縄が緩まって刀を持った手を振り抜かれる。咄嗟に首を庇い仰け反るが、避けきれずに腹を横一文字に切られてしまう。

 

『はハァ……アは、っははは ! 』

「っ、ざけんな ! 」


 狂った様に笑う【首無し法師】を睨みつけるが、立ち上がる事が出来ない。腹を切られた衝撃と、さっき唱えた経の所為で徐々に意識が薄れて行く。

 棍棒から溢れ出たどす黒い瘴気が、今が好機チャンスと俺を取り込もうと膨れ上がる。もう、駄目かもしれないっとほんの少し弱気になりかけた時だ。

 階段を駆け上がって来る足音が聞こえてる。


「嘘は……嫌いっ、なのに。…………わりぃ、綠」


 俺は、虚空こくうを見上げそう呟くとギリギリ保っていた意識を手放した。

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