第忌譚【照る照る坊主】・弐戎弐

「 ! ……今、何か聞こえた ? 」


 誰かに名前を呼ばれた様な気がして、辺りを見渡すが誰も居ない。気のせいか、そう思い前に向き直ると少し離れ場所でおからが僕を待っているのが見える。


「おから、待っててくれてありがとう。でもさ、一体どこに向かってるの ? 」

『……』


 僕の問いかけに、おからは一瞬こっちに目線を向けるが無言のまま直ぐに前に向き直ってしまう。

 まるで、「着いていくればわかる」そう言っている様だ。ペットは飼い主に似ると言うことわざがあるけど、本当におからは久哉そっくりだと改めて思う。

 口数が少なくぶっきらぼうで、でも本当は優しくていざという時に助けてくれる。まだ幼かった頃、子供だけで遊びに出掛け道に迷った事があった。

 凄く怖かったけど、久哉とおからが先導してくれて無事帰れたんだ。こうしておからの後を追って森の中を歩いていると、あの時の様でなんだか妙な懐かしさを覚える。

 こんな状況でなければ、ゆっくりとおからと散歩したいとこだけど残念ながらそんな暇はない。早くてるてる坊主を……【首無し法師】を妻子と再会させてあげなくちゃ。


『 ! わふ ! ! 』

「え ? お、おから ? ! 」


 急に立ち止まったおからが僕の方を振り返り一際大きな声で吠えると、そのまま霧の様に忽然と消えてしまった。慌てて駆け寄るけど、おから居た場所には何もなく気配もない。


「まさか、久哉くんに何かあった ? 」


 おからは、守護霊であると同時に式神だ。式神は、術者が呼び出し用が終われば消える。

 だが、今はまだ何も終わってはいない。そうなると、もう一つの可能性が浮上する。

 術者の力が尽きたのだ。【首無し法師】を相手にして、久哉の霊力が一時的に減少しその影響でおからが消えたのならまだ良いが……最悪の場合が脳裏をよぎる。


「…………久哉くんは、嘘が嫌いなんだ。その久哉くんが


『こいつをのしたら直ぐに後追う』


って言ってたんだから、絶対に大丈夫に決まってる」


 自分に言い聞かせる様にそう呟いて、僕は前を向いて歩き出す。おからが僕を何処に導こうとしていたかは解らない。

 だけど、歩みを止めたら駄目だと思ったんだ。その時だった。

 ふっと、暗闇の向こうに優しい光が見える。罠かもしれない……そうも思ったけど、なんだか呼ばれている様な気がして自然と足が光の方へと向かってしまう。


「ここって……」


 そして、辿り着いたのは例の廃神社……白神神社だった。だが、十二年前に訪れた時とは明らかに違う。

 まるで、建てられたばかりの様な綺麗な状態に僕は困惑した。


「奇妙しい。じいちゃんの話しだと、立て直しはされてない筈なのに……ん ? 」


 そこで社の戸が、ゆっくりと開き始めている事に気が付き更に驚いた僕は思わず凝視してしまう。社の中から誰かが出て来ようとしている。

 逃げた方が良いかもれない、一瞬そんな考えが頭を過るが逃げてもきっと意味はない。それならば、下手に行動せず成り行きに身を任せる事にした。


 もちろん、ヤバいのが出てきたら全力で抵抗して逃げるけどね。っとその時、廃神社の方から声が聞こえてきた。


『こっちへおいで、話をしようよ。……綠くん』

「……」


 聞き覚えのない声、なのに相手は自分の名を呼んでいる。思わず身構えるが、このままここで手をこまねいていても埒が明かない。

 取り合えず、声に従って僕は白神神社へと足を踏み入れた。


『やぁ、いらっしゃい』

「……」

『警戒してるね。まぁ、無理もない』


 神社に居たのは、僕と同い年くらいの白髪の青年。顔にはのっぺらぼうの様な白い面を着け、紺色の着物に白い羽織を身に纏っている。

 全く見覚えのない青年。だが、彼から人間離れした雰囲気を感じる。


 それに、よくよく境内を見渡すと四季の異なる花々が咲き乱れていて降っていた筈の雨も止んでいる。そしてなにより、見上げた空は朝の様に明るくて……当然の様にそこに浮かんでいてる満月が、この場所は現世うつしよではないと僕に告げている様だった。

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