第37話 溶解する屍 16

「今夜は、別館で皆さんと一緒に休むわ。本館で一人だなんて、耐えられそうにない」

 そう言い放つと、今度は参加者達に向き直った琴恵。深々とお辞儀をし、謝意とお願いの言葉を口にする。

「ハプニングに数々の失態、大変申し訳ございません。加えて、消失現象は明日以降に延期させていただきますが、何卒ご了承ください」

「大変なようだから、それはかまわない。皆さんもそう思うだろう?」

 枝川がいち早く反応し、承知した上に、他を説得に掛かる。そうされずとも、福井を含む残りの面々もまた琴恵に従った。

「残る問題は、定さんがどこに行ったのかだけだが、本当に彼が勝手に消えたのであれば、どこかに安全に身を潜めているに違いない。探すか、呼び掛けて出て来てもらうか……」

 枝川は意見を求める眼差しを琴恵に向けた。いや、意見を求めると言うよりも、館の主に判断を仰いだ形だ。

「皆さんお疲れでしょう。定さんはご無事だと信じて、お休みください」

「警察に言わなくていいのかね」

 気になってたまらない風に、幸田が口を開いた。きょときょとと目玉を動かして四囲の状況を注意する様子は、脅えた小動物のようだ。

「まだ事件と分からない内から騒ぎ立てても、警察はまともに動いてくれないでしょう。今夜のところは放っておきます。明日、明るくなったら、新たに分かることがあるかもしれません」

「そうか。まあ、ここの責任者はあなたなんだから、あなたがそう言うんであれば、いいんだ」

 幸田は額を手首の辺りで拭い、息をついた。

「そいで、この人らは今晩どこに寝泊まりするん?」

 山城寿子が、お手伝い三人を指差した。事態の説明を受けて、彼女もまたお手伝い達に恐怖心を抱いたとしても、不思議ではない。

「ホールしかありませんね。あなた達、今夜はホールで眠るように。そしてむやみやたらと出歩かないこと。明日の……そうね、少なくとも午前中までは、私達のことにかまわなくていいわ」

 疑いが晴れぬことに表情をわずかに曇らせたものの、松本、渡辺、元木の三人はこうべを垂れ、承知の意を表した。

 彼女らがホールで寝泊まりするための準備をしに、庭から立ち去ったのを機会に、琴恵と参加者八名も別館に入った。

「ねえねえ、琴恵さん。ひょっとして、ゲーム中止なんてこともある訳?」

 そう聞いた中澤は靴を脱ぎ掛けて、ここは脱がなくていいんだっけという風に手足を戻した。

「あり得ます。そうなった場合、何らかの補填をさせていただきますから、ご心配なく」

 中澤の心理を先読みし、にっこりと笑みを作った琴恵。案の定、中澤は手を叩いて喜んだ。彼女の前を行く飯田も聞き留めたか、えびす顔で振り返った。

「そりゃあありがたい話だ。貴重な時間を割いてやって来たのが報われるってもの。やはり世界的なモデルは違うな」

「残念ながら、使用人には恵まれていないようですわ」

 自嘲し、口元に手を当てた琴恵。

 頃合を見計らっていた福井は、彼女の横に着いた。階段に差し掛かる。

「琴恵さんは何号室に入るんですか」

「え? ああ、そうね。順番に埋めていくのなら、三〇二号室がいいかしら。ちょうど、鍵を取りに戻る手間が省けるようだし」

 三〇二号室の鍵は、枝川に要請されてお手伝いの元木が持って来たところだったのだ。鍵を預かった琴恵が三〇二号室を利用しようと考えるのは、自然な成り行きと言えた。

「本館の方は、今夜一晩、無人になるんですね。大丈夫ですか?」

「きちんと戸締まりをしたから、簡単には侵入できないわ。もし仮に、誰かが強引に侵入して、中にある金目の物を持ち出したとしても、それはこの敷地内までで、塀の外には運べない。お忘れ? まだゲームは一応、進行中ですからね」

「あ、そうでした。僕達もある意味、軟禁状態な訳か。でも、防犯装置を解除するボタンなんかは、本館に備わってるのでは?」

「別館にもホールにもあるわ。でもね、その装置……パネルをいじるには、作動キーを差し込む必要があって、そのキーは私が肌身離さず管理しているという仕組み。ご安心を。そうそう、ついでに言っておくと、皆さんに渡した部屋の鍵は一つしかない物だから、ロックしておけば安全よ」

「それならいいんですけど」

「あ、ついでのついで。地下室を空けるためのキーは、本館に残したままだから、どうしても地下室を見たいのなら、今夜の内にこっそり行ってみたら? ちょっぴり度胸がいるわね」

「冗談はやめてくださいよ。そんなつもりはありません」

 話が終わると、ちょうど分岐点に辿り着いた。福井は二階の自らの部屋に向かい、琴恵はそこからさらに三階へ。

「お休みなさい」

 どちらからともなく挨拶を交わした。

「ちょっといい雰囲気に見えたなあ。うらやましいね」

 着いて来ていたらしい飯田が、後ろから一気に駆け寄ってきて、からかい気味に言った。

「はあ?」

 部屋の前で立ち止まる福井。飯田も足を止めて話を継続した。

「いかに高校生作家として有名な君でも、あの横木琴恵をゲットできたら、大金星と言われるぜ。やってみるかい?」

「そのような方向の話題には、全くなってませんけどね」

「いやいや。今、彼女は事件の影に脅え、不安な心理状態のはずだ。そこを君の名推理で助けてやれば、君に傾くこと間違いなし」

「飯田さん、まだ酔ってるんですか」

「まさか。とっくの昔に覚めた。興醒めってやつさ」

「ゲーム、そんなに楽しみだったんですか」

「まあね。このでかい賞品を獲得すれば、手切れ金に充てられる」

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