第34話 溶解する屍 13

「うむ。同感だ」

 腕組みをしてしっかり首を縦に振ると、枝川はお手伝いに向き直った。

「悪かったな、長らく引き留めて。答がないのが答という訳だな。よく分かったよ。ついでに、琴恵さんに伝えてくれんか。早く本当の出題をしてくれとな」

「かしこまりました」

 お手伝いは静かに礼をして、下がった。

「一筋縄で行かんな。若いくせして、琴恵さんは曲者だよ」

「若さだけなら、負けてないんですけどね」

 笑いながら答えた福井。枝川にも笑いが伝染し、「そうだな、君も曲者だ」と手を打って喜んだ。そして少し咳き込んでから続ける。

「私も曲者になるとするか」

「何か考えてますね、その顔は」

「そうとも。これからみんなに報告しに戻る訳だが……琴恵さんに聞きに行ったら、思わぬ事態に困惑しているが、ゲームは続行する、と言っていたことにしようと思う」

「他の皆さんをだますんですか」

「作戦だよ。ゲームに勝つには、これも立派な戦略だ」

「なるほど。当然です」

「協力してくれるかな」

 悪戯げな目つきになって、心持ち腰を屈めた枝川が下から覗き込んでくる。

 福井はほとんど時間を取らず、返事した。

「いいですよ。ただし、この協定は今回限り。次の局面ではどうなるか、保証できませんということをお断りしておきます」

「ははは! 言いおるな、御主」

 枝川は時代劇めいた台詞を吐くと、また咳き込んだ。


 夜も十時を過ぎ、琴恵の言う消失がいつ起きるのか、やきもきする空気が別館に流れ始めていた。

「こんなことしてて、大丈夫なのかなあ」

 福井の部屋にやって来た竹中は、不安を露にした。腰を落ち着けず、部屋の中をうろうろ歩き回る。

「ヘンリー定が消えた事件、どうなるんだろうか。放っておいていいとは思えない」

「いや、まだ事件と決まった訳じゃあ」

 枝川と一緒になって他の参加者に嘘の説明をした手前、福井も心配するふりをしなければならない。だが、いたずらに煽るのも避けたかった。

「明朝、明るくなれば調べる。全てはそれからです」

「定さんが無事だとしたら、どこかに身を潜めていなければならない。どこに隠れる場所があるんだろう?」

「これだけ大きなお屋敷ですから、どこかあるんでしょう。定さんはマジシャンだから、鍵を開けるのもお手の物なんじゃないですか。空室の鍵を開けて、忍び込んでいるのかも」

「ううむ。そうか。仮にそうだとして、彼の狙いは何なんだと思う?」

「マジシャンは他人を驚かせるのが商売ですよ」

「だとしたら、人騒がせだな。だが、あのネームバリューは魅力だ。アイディア提供の話はぜひ守ってもらわないと」

 仕事のことで頭が占められたか、竹中がようやく腰を据えた。スケジュール帳を開いて、何やらメモを始める。

「執筆云々はさておいてですね、あと二時間足らずで今日が終わります」

 福井は時計を見ながら、竹中に話し掛けた。

「琴恵さんが動き出すときが近付いているはずです。多分、あの人の方から僕らを呼び集めるような形が取られるはずですが、先手を打って、こっちから出て行くのはどうかなと思うんです」

「出て行くって、どこにだい」

「消失はまず間違いなく、本館で行われます。本館を外から見張っていれば、手がかりを掴めるかもしれません」

「一理あるような。だがまあ、ゲームの方は君に任せるよ。自分の頭はどうやら向いていないようだ。食事のとき、定さんがやったグラス消失も考えてみたんだが、さっぱり分から――あっ、そういえば教えてくれるって言ってたじゃないか、福井君」

「そうでしたね」

 福井は完全に忘れていた負い目から、頭を掻いた。そしてグラスが消えた手品の種明かし、厳密には福井が正しいであろうと想像したやり方を、竹中に話して聞かせた。

「簡単に言ってしまえば、定さんが手の中で消したグラスは、偽物だったと思うんです」

「偽物? 偽物にしてもガラスはガラスだろう?」

「違います。僕の言い方が悪かったかな。一見ガラス製だが、実は別の柔らかな材質でできた作り物のワイングラスってことです。手の力でくしゃくしゃと丸めてしまえるほど柔軟な」

「そんな物があるのかい」

「粗悪な物なら、手品グッズの一つとして、一般向けにも売られているはずです。定さんが今夜使ったのはかなり精巧でしたね」

「いや、待ってくれよ。あのワイングラス、テーブルにあった物を使ったんだぜ。そこんとこを忘れてもらっちゃ困るよ、福井君。まさか、琴恵さんが定さんのために密かに用意していたとでも?」

 まだまだ高校生だな、と小馬鹿にした顔つきになる竹中。福井は冷静に意見を述べた。

「多分、定さん自身が、こっそりとテーブル上に置いたんですよ」

「いつ。食事が始まる前に、食堂に忍び込んだとか?」

「そうじゃないと思います。食事中かな」

「食事中に? いくら何でもそりゃ無理だ。みんな見てるんだぞ」

 立ち上がった竹中。今夜は興奮気味らしく、どうも落ち着きがない。

「だから、こっそり置いたんですよ。みんなが気にも留めない内に。つまりですね、これから手品をやりますと言ってあのグラスを仕掛けたんじゃない。グラスを仕掛けてから、誰かが水を向けてくるのを待ちかまえてたんです。誰かが手品をやってくださいと頼んできたら、待ってましたとばかりにグラス消失現象をやる」

「うん? 言ってることは理解できたが、実際は誰も頼まなかったはずだ」

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