第16話 箱船は行方不明 1

※作者註.今回書き記す事件は、“私”の記録によると、一九九〇年代半ばに起きたものです。発生年が事件の真相に直接関係するものではありませんが、念のために付記しておきます。



 ビー、ビー!

 だだだだっ!

 幼稚園から小学校低学年にかけての子供ら数名――ほとんど男子だ――が、廃材置き場で“ごっこ遊び”に興じていた。

 大人から見れば、何の“ごっこ”なのか分からない。戦争ごっこだろうと当たりを付けるかもしれない。

 実際、子供の手には、おもちゃが握られている。それぞれ個性的で奇抜な形の戦闘マシンだ。ある物は二等辺三角形のUFOと飛行機のあいのこ、ある物は戦車のキャタピラにドラゴンの頭と翼を付け、またある物はパラグライダーをしているロボットのような……。

 時折、必殺技の名前を叫びながら、薄汚れた電気器具や古タイヤを物陰にし、廃材置き場内を駆け回る。

 廃材置き場と言っても、業者が確保した土地ではなく、心ない者が勝手に捨てていった結果、自然発生的にできてしまった区画に過ぎない。ごみを捨てるなの看板が虚しい。それ以上に、安全の面で、大人達は子供らがここで遊ぶのにいい顔をしなかった。

 もちろん、当の子供達にとって、ここは自分が主役になれる王国。注意に耳を貸すはずもなく、連日、夢中になって遊んでいる。

「スターダスト砲、発射準備!」

 一人の男の子がそう叫びながら、洗濯機の影から前に撃って出ようとした。ところが、彼はそこにあるはずの物を掴み損ない、派手に転んでしまった。

「い……」

 本当は泣き出したいほど痛かったが、友達大勢がすぐさま集まってきたため、涙を引っ込めた。膝や肘に付いた白い砂を払いつつ、「何だよー」と洗濯機に向かって悪態をつく。

「何で、ホース、ないんだ!」

 彼の言う通り、その洗濯機には排水用のホースがなかった。昨日までは、ホースを頼りに格好よく身体の向きを換え、前線に飛び出していったのに、今日はおかげで大失敗だ。

「そういや、あっちの緑の洗濯機も、ホースがなくなってたぜ」

 一人が北の方角を示した。遠目からでも、白のホースが消えていると分かる。

「俺も気が付いてた」

「あっちにもあった」

 手柄を独り占めされてたまるかとばかり、口々に自己主張する。そして、それらの台詞に嘘はなかった。

 数えてみれば、都合五台、洗濯機のホースが取り外されていた。長さはメーカーによってばらばら、一メートル前後のホース五本はひとまとめにされ、廃材置き場の片隅に放られているのが見つかった。

「何に使ったんだ?」

 子供達は首を捻って、不思議がった。チャンバラをするにはふにゃふにゃだし、鞭として使うには太すぎる。まさかつなぎ合わせて、ターザンごっこをやったのでもあるまい。

 真相不明のまま、子供達の興味はやがて失われた。こんなことに頭を煩わせるより、ビー、ビー、だだだだっ!とやっている方が楽しいに決まっている。


 一軒家の玄関前に二人の男が立ち、難しい顔をして唸っていた。家の内外では、紺色っぽいユニフォームを着込んだ男女十数名が張り付くようにして作業に没頭し、スーツ姿の男達が忙しなく動き回る。

 玄関前の男二名の片割れ、花畑刑事は、子供達と同じように首を傾げた。

「言いたかありませんけど、密室……ですね」

「うむ。そのようだ」

 もう一人の下田警部が不承々々うなずく。唇を突き出し、不機嫌さを露にしていた。

「明らかに自殺なら、密室でも何でもかまわないんだが」

 不満そうに口走る。

 遺体は、戸締まりのなされた家屋の一室で見つかった。青酸性の毒物を口にし、絶命してから二日ほど経過していた。死んだ青野武彦あおのたけひこは医科薬科大の研究生で、恐らく、研究室から密かに持ち出した青酸カリと思われる。現在大学へ問い合わせ中だが、この点では矛盾がない。

 遺書も用意されていたが、これはパソコンで作成した物をプリントアウトしただけで、自筆の箇所は全くなかった。自筆の方が自殺を揺るぎないものにするのだが、今日び、ワープロやパソコンで遺書を記す人間がいて不思議でない。

 問題は、死ぬ直前の青野の行動であった。

「何で、ビデオを借りてるんだ。何で、コンサートのチケットを買ったんだ」

 被害者の青野武彦は、両親と三人暮らし。八日前、両親を結婚何十周年だかの記念旅行に送り出し、しばしの独り暮らしを少しばかり楽しんでいたはずだった。両親の旅先は北欧で、まだ連絡が付いていない。

 そんな青野は、死ぬ三日前にホラービデオ一本を借りている。これはよしとしても、前日にインターネットでコンサートのチケット二枚を購入し、二ヶ月先のカレンダーの公演日には赤いペンできつく丸が入れてあった。彼女と二人で行くつもりだったらしい。恋人の女性、鍋倉亮子なべくらりょうこは(彼女が犯人でないとすれば)不幸にも恋人の遺体の第一発見者の役を担わされてしまった。故に今、話を聞くどころではないため、チケットの件の確認はまだできていないが、間違いないだろう。

「自殺じゃないよなあ。どう考えても」

「となると、密室の謎を解き明かさないと」

「……」

 黙り込んだ下田は、玄関前から離れ、家の角を折れた。

 そこに玄関の窓がある。唯一、鍵の掛かっていなかった箇所だ。ただし、頑丈な格子が付いており、人の出入りは不可能である。磨りガラス故、家の中は見通せない。

「ここを利用したに違いない。もしも他の方法があるんだったら、密室を作ろうっていう犯人が鍵をし忘れるはずがないからな」

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