第2話 二人の距離 2

「鉄道は一切走っていない時間帯でした。足として考えられるのは、車かバイクなんだが、当日はずっと大雨で、危なっかしくてしょうがない。恐らく、往復するだけで二時間三十分を要するとの試算が出た。犯行時間その他諸々を含めれば、三時間は見積もらんと」

「三十分とは、余裕を見込み過ぎじゃないですか?」

 疑問を呈した地天馬。

「当夜、被害者と会う約束をあらかじめ取り付けておき、顔を合わせるなり、殺害すれば、後始末の時間を入れても十分かからないでしょう」

「うーむ、まあ理屈ではそうなるが、凶器の花瓶は内山の物ですからねえ。いきなり決行するのは難しい気がする。それにお言葉ですがね、二十分やそこら短縮したって、状況は変わりませんよ。十九時から翌日三時までのアリバイがあるんだから」

「その間、鹿間は全く中座しなかったんですか」

「いやいや、それはありません。便所が何回かと、近所のコンビニに一人で買い出しに出ている」

「コンビニエンスストアまでは、何で行ったんです? 徒歩?」

「車です。雨でしたからね。それでも時間にして、三十分ちょっと掛かったと証言しています。ええっと、一時前から一時半までとなってますな」

 手帳を開き、あちらこちらのメモを見ながら詳しく答えていく花畑刑事。リズムに乗ってきたらしく、地天馬の問い掛けもさらに積み重なっていった。

「レシートは?」

「店を出たところで捨てたと言っている。もちろん捜索しましたが、見つからなかった。鹿間に『嘘じゃないのか』と言ったら、『大雨のおかげで流されてしまったんでしょう』と、すまし顔ですよ」

 苦り切った表情で腕を組んだ刑事に、私はふと浮かんだ疑問をぶつけた。

「花畑刑事。コンビニには、防犯カメラがあるんじゃあ? それに鹿間容疑者が映っているかどうかで、本人の話の真偽が判断できるはず」

「ふふん、やはり気が付きましたか。だが、間の悪いことに、そこのコンビニ、防犯カメラは見せかけだけで、全く記録されてないときた。お手上げだ」

「そうでしたか。なってないですねえ、そこの店は」

 私はひとしきりコンビニエンスストアの批判をしてから、質問のバトンを、地天馬に返した。

「店員は鹿間を見たことを、覚えていましたか」

「曖昧ですな。店は流行ってまして、深夜でも割と人の出入りがある立地だ。加えて、鹿間はこれといった特徴のない容姿で、当日の格好もワイシャツにズボンというありふれた物だった」

「買ってきた物は、全てそのコンビニエンスストアにある物だったんでしょうね」

「ええ。一.五リットルのペットボトル三本、スナック菓子、パン、インスタントラーメン、ガム、煙草といったところで」

「その中に、氷やアイスクリーム等、時間が経過すれば変化する品物は、含まれていませんでしたか」

「えー……いや、ありません」

 刑事はリストに目を通し、断言した。地天馬は二、三度、小刻みに首肯した。

「なるほど。買い出しの役目は、どうやって決めたのか、気になりますね」

「麻雀で負けが込んでいた鹿間が、不運を洗い流してくるとか何とか言って、自ら買って出たそうです」

「買いに出たタイミングは、どうなんでしょう? つまり、鹿間が言い出したから買い出しに行こうということになったのか、他の三人の誰かが言い出したのか」

「それは、鹿間が言い出したようです。さっきも説明したように、つきがなかったから気分転換に外の空気を吸いたかったと、奴は言ってる。筋道は通ってるから、困っておるんです。どうにかなりませんかねえ、地天馬さん?」

 机に両腕を置き、にじり寄るように上体を突き出す花畑刑事。私の視界の中で、刑事の強持ての顔が拡大された。

「そう慌てないでほしいな。買い物の中身に戻るけど、他の三人のリクエストを聞いて、それを買ってきたのだろうか」

「いえ、鹿間が適当に見繕った物です。あのですね、地天馬さん。コンビニに行ったこと自体をお疑いのようだが、たったの三十分余りですよ。三十分では犯行現場まで行くことすら不可能なんだ」

「犯行そのものは可能だ。買い物は、前もって買って、車に積んでいればいい。古典的な手口だ」

「その方法は認めますが、往復できないんじゃあ、意味がない」

 花畑刑事の声が、荒っぽくなった。ボリュームも上がる。地天馬の強い調子が気に入らなかったらしい。

 だが、探偵は一転して穏やかに応じた。

「往復できればいいんでしょう。それを話す前に、もういくつか。近所のコンビニエンスストアは利用客が多いみたいですが、鹿間家の周りもにぎやかなんだろうか? 住宅街の真ん中にあるような」

「そうですなあ、どちらかと言えば、寂しいところですよ。新興住宅地の一番奥といった感じだった。鹿間の家はかなり裕福で、でかい家だったな」

「それは結構! 裕福である方が条件に叶う。鹿間神次郎本人が自由に使えるお金もかなりの額でしょうね」

「ははあ、そこまでは調べとらんなあ。だが、ずっと同居してるくらいだから、親もきっと甘いんでしょうな」

「被害者宅のマンション周辺に、似たような新興住宅地はないかな。いや、きっとあると思うんだが」

「え?」

 急展開について行けない。そんな風に、刑事の目がまん丸になる。

「それに、同じ系列のコンビニエンスストアも、近くにあるんじゃないかな。これはあってもなくても大差はないが、あった方がばれにくい」

「わ、分かるように言ってくださいよ、地天馬さん。お願いですから」

「現段階ではまだ推理に過ぎないから、とくとくと語るのは嫌なんだが、警察に実施に調べてもらわないといけないし……。よし、話すとしましょう!」

 オーバーな身振りとともにもったいをつけた地天馬に対し、花畑刑事は頭を掻いて、ため息をついた。

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