第8話 芸術お届け

 男たちに誘拐されたエミルは、ロシェの活躍で無事救出された。ロシェは、乗り捨てられ砂浜の丘に突き刺さっていたバイクを引っこ抜き、バイクを押しながらエミルと2人で、岬にあるエミルの自宅へと向かって歩いていた。


(き、緊張で意識が……)


 エミルとふたりっきりで歩いていたロシェは、限界寸前だった。そんなロシェのことを、エミルはじっくり観察するかのように見ている。


(長い黒髪……美しい瞳……

 幼さの残るクールな顔立ち……。

 そして、腰に差している刀……)


(た、たまらない……。

 ゾクゾクする……!! )


(さっきまでなんとも

 思ってなかったのに……。

 わ、私……こ、この人の

 ことが……)


(す……す……)


(凄く、描きたい……!! )


 インスピレーションが刺激され、エミルは居ても立っても居られなくなっていた。架空の風景画を好み、人物画にはほとんど興味がなかったエミルは、初めての経験に衝撃を受けていた。


 そんなことには全く気が付いていないロシェは、意識が飛びそうになるのを必死で堪えながら、エミルの家へなんとか辿り着いた。


「何度感謝しても

 し足りないのですが……。

 この度は私のことを

 救っていただき、本当に

 ありがとうございました……! 」


「べ……」


(お、お願いロシェ……。

 “別に”はやめなさい……。

 良い子だから……!!

 やめて、お願い、やめ……)


「別に……」


(ああああああああ……!! )


 ロシェは心の中で号泣していた……。


 ロシェは頑張って“別に”以外の言葉を振り絞ろうとしていたが、緊張しているせいもあり、声を発するだけで精一杯だった……。


「あ、あの……」


 そして、今度はエミルの方が、ロシェに向けて言いにくそうに言葉を選んでいる。


「こんなことに巻き込んで

 おいて本当に心苦しい

 のですが……」


「ま、また今度、

 そちらのお店で

 注文をお願いしても

 良いですか……? 」


「……!! 」


「……別に」


「ふふ……ありがとうございます」


 それを聞くとエミルは安心して微笑んでいた。エミルはもう、ロシェの“別に”の裏にある本当の言葉をなんとなく感じ取れるようになっていた。


 ロシェはもうオーバーヒート寸前だった。エミルに軽く会釈をすると、足早に魔導バイクに乗り、セーバースイーツへ向けて走り出した。


「はぁ……。行っちゃった……」


 恋人がいなくなってしまったような寂しさを感じながら、エミルはテーブルに置かれているスイーツを見た。


 心身ともに疲れ果てた彼女は、今こそ甘い物の出番だと感じ、紅茶の用意をして、休息することにした。


 エミルが頼んだ物はブルーベリータルトだった。しっかり歯ごたえのありそうな生地に、カスタードクリームがたっぷりと詰まっている。その上にみずみずしいブルーベリーがこんもりと積まれていた。


「……いただきます」


 カスタードの甘い香りが口いっぱいに広がる。そこに、ブルーベリーの程よい酸味と爽やかな甘さが弾けた。彼女の大事な目と頭の中に、栄養が補給されていく。


「……はぁ、美味しかった」


 エミルはスイーツのおかげでエネルギーを回復し、創作活動を再開する。描きたい物が溢れている彼女の筆は、力強くその衝動をキャンバスに叩きつけていた。



 ……それから幾日が経ち、仕事が一段落し、休憩するセーバースイーツの面々。


「ふんふんふーん♪ 」


「あれ? アプリ、今日は

 ずいぶんと本格的に

 ラクガキしてるんだね? 」


「ラクガキじゃなぁいっ!!

 ゲージュツとおっしゃいなさい!

 ゲー、ジュツ、とっ!! 」


「は、はぁ……? 」


 芸術に目覚めたアプリをキョトンと見つめるマナ。アプリは普段から紙と鉛筆を持ち歩き、よくラクガキを楽しんでいた。そんな彼女は、今日は絵の具や筆を用意して描いていたのだった。


 そこに偶然、ロシェが通り掛かる。


「なんか最近、巷で噂に

 なってんのよ!

 エミルって人が描いた

 新作がもう凄いって! 」


「そんな話を聞いちゃったからには、

 あたしの優秀な才能も

 披露したくなったって訳よ? 」


「で、それは何描いてるの……? 」


「川と一体化したマナ」


「あ、あっそう……」


(エ、エミルの話してる……。

 な、なんか嬉しいな……)


 ロシェもその噂は知っていたが、美術館にはエミルの新作目当てに多くの人が押し掛けている状況だった。


(私、人混みが苦手だから、

 最近美術館に行けてない

 んだよね……)


(でも、エミルの新作は

 絶対に見に行きたい……! )


 ロシェは意を決し、今度の休日に美術館に行く決意を固めた。


 そして、当日。


 ロシェは少しでも空いてる時間を狙い、早い時間に美術館へと足を運んでいた。


(うぅん……。早く来たけど

 それでも人多いな……)


(で、でも……!

 大好きなエミルのためなら、

 たとえ火の中、人の中!! )


 ロシェは緊張しながらも、美術品の数々を楽しんでいた。美術館の独特の匂いと芸術家たちの魂がこもった作品が、ロシェは大好きだった。


(何回見ても素敵……。

 綺麗だったり、力強かったり、

 いろんな人の想いを感じる……)


(……私は美術品と

 会話しているのかも?

 な、なんちゃって……)


 心の中のロシェは芸術に感化され、心の中で饒舌になっていた。


 そんな中、美術館にいる人たちがロシェのことを気にするような素振りを見せている。ロシェはその視線に怯えていた。


(わ、私また何か

 やらかした……?

 み、みんなに変だと

 思われてる……? )


 オドオドしながらも、エミルの新作の元へと歩みを進めた。そこでロシェが目にした物は……。


「わ、わた……わた……」


 ロシェが白目を剥いて口をパクパクさせている。エミルの新作には、幻想的な風景の中で日本刀を構え、黒髪をなびかせながらクールに佇むロシェによく似た少女が描かれていた。


(これどう見ても私だよね!?

 嘘でしょ!? な、なんで!? )


(でも凄いカッコいい……!!

 今までのエミルの作風と違う

 もうひとつのエミル……!! )


(私を描いてもらってるのも

 す、凄く嬉しい……!!

 ありがとうエミル……!! )


(で、でも……!! )


 エミルの新作の前で顔を真っ赤にして固まるロシェ。周りのお客さんは、絵画の前に立つ絵画と瓜二つの少女を見比べながら、新しい芸術を鑑賞するかのように深い溜め息を漏らしていた。


(は、恥ずかしい〜〜っ!! )


 ロシェは逃げるように美術館を後にした……。

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セーバースイーツ 〜魔導バイクと妖精アプリの力で、瘴気が蔓延る異世界でスイーツをお届け!〜 ざとういち @zatou01

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