第5話 魔女お届け

 コポコポとフラスコに入っている謎の液体から音が発せられている。骸骨やら水晶玉やら、怪しい物だらけの光景にアプリはドン引きしていた。


「う、うぅん……? 」


「マナっ!? よ、良かったぁ!!

 目が覚めたのね……!? 」


 マナはベッドの上で寝かされていた。変な笑い声も、呂律の回らない声も発さず、マナは落ち着きを取り戻していた。目の前にはアプリと魔女の格好をした少女が立っていた。ここはどうやら魔女の少女の家の中のようだった。


「いやぁ〜薬が効いたようデスね。

 ひと安心しましたデス」


「あ、あなたは……? 」


「ワタシはマジョルカと

 申しますデス。

 この森でずっと修行を

 している者デス」


「そう! この人こそ、あたしたちの

 命の恩人であり、諸悪の根源でも

 あるマジョルカさんなのである!! 」


「いやぁ〜そんな諸悪の根源

 だなんて〜恐れ多いデス……」


 マジョルカさんは諸悪の根源の部分で何故か照れていた……。


「この森に閉じ込められて、

 やることがなくて胞子の研究を

 続けていたかいがありましたデス。

 まさかワタシ以外にも薬が

 役立つ時が来るとは……デス」


「その薬さえ飲んでしまえば

 毒の耐性が付くので、もう

 変な症状に襲われる心配は

 ないのデスよ」


「あたしも飲んだの! 薬は

 めっちゃクソマズだったけど!

 頑張って飲んだの! 偉いでしょ!」


「あぁ、うん……。

 偉い偉い……」


 マナが渋々アプリを褒める。現状を把握し、マナはここに来た本来の目的を思い出していた。


「そうだ! バイク! スイーツ!! 」


「あ……。さすがに

 マジョルカさんに

 あんたを運んでもらうので

 精一杯で……。バイクはまだ

 外に置き去りになっているの」


「あ、ご、ごめん……。

 マジョルカさんとアプリは

 私を助けてくれたんだよね……。

 ありがとうございます……!

 おかげで助かりました……! 」


「い、いえいえ……。

 元はと言えばワタシが

 諸悪の根源デスし……」


「マジョルカさんはずっと

 この森に住んでいるんですか? 」


「修行自体は2年くらい前から

 デスかね……。この森に籠もって

 この小屋を建て、修行の日々に

 明け暮れていましたデス」


 アプリは小屋の中を飛び回りながら、しげしげと内装を眺めていた。


「こんな小屋まで建てるなんて、

 マジョルカさんもマナに

 負けず劣らずなかなか

 根性が凄いわよね……」


「いや〜ワタシなんてほんと

 未熟者で魔女カーストでは

 最低ランクの存在デスし、

 この小屋も魔法の力で建てたので

 そんな凄いことでは……」


「魔法が使えない私たちから

 見たら十分凄いけど……。

 それで、修行中に瘴気が溢れて

 外に出られなくなっちゃったん

 ですよね……? 」


「はいデス……。そろそろ

 修行も切り上げようかと

 思っていたところ、

 森のキノコがみんな

 化け物サイズに

 なってしまって……」


「何度か脱出を試みたのデスが、

 小屋にすら戻れなくなりそう

 なのが怖くて、狭い行動範囲で

 ずっと過ごしておりましたデス。」


「もう禁断症状が大変でした……」


「き、禁断症状……?」


怪しい風貌で禁断症状と言われ、マナは思わず身構えてしまった。


「はいデス……。口の中、

 脳の細胞が、甘い物をよこせ

 と暴れておりましたデス……」


「それで私たちに

 連絡したんですね……。

 しかも偶然……」


 魔導タブレットは専用のダイヤルを入力しなければ相手に繋がらない。番号を知らないのに、よくそんなとんでもない確率で繋がった物だとマナは驚きを隠せなかった。


「あぁ〜……。甘い物のことを

 思い出したら……ま、また

 禁断症状が……」


 マジョルカさんは体をピクピクと痙攣させながら震えていた。


「こ、こりゃそろそろヤバいわね……。

 マナ、バイクのスイーツを

 取りに行きましょうか……? 」


「うん、そうだね……」


 マナとアプリは家の外へと踏み出した。2人は薬を飲んでから初めて外に出るので、また胞子でおかしくならないか心配だったが、薬の効果は絶大で、無事にバイクの元まで何事もなく辿り着いたのだった。


 魔導バイクが倒れている地面には、蛇行していたのが分かるタイヤの跡がくっきり残っていた。


「あぁ……こんな派手に倒れて……。

 中のスイーツは大丈夫かな……」


 バイクを起こし、宅配ボックスの中を恐る恐る確認するマナ。中身は一応大丈夫そうであった。


「倒れちゃったのは申し訳ないけど、

 今は一刻も早くマジョルカさんの

 元へスイーツを届けないと……」


「そうね……。あの様子だと

 さっきのマナみたいに

 キモくなるのも時間の問題だわ」


「だからキモいって言うな……」


 マナはバイクを押しながら、マジョルカさんの小屋の前まで戻った。


「マジョルカさん……!

 ほら、甘いスイーツですよ! 」


 精神が崩壊しそうなマジョルカさんに、マナは急いでスイーツを差し出した。


 今回のスイーツはエクレアだった。


 柔らかなシュー生地と甘いチョコのその色合いに、食欲をそそられる。


「ごくり……。え、エクレア……。

 に、2年ぶりのスイーツ……」


 マジョルカさんはムシャリとかぶりついた。舌触りの良い食感となめらかなクリーム、そこにチョコの風味が合わさり、口の中は幸せでいっぱいになった。


「あ、あぁ……。これデス……。

 これを求めていたのデス……」


 マジョルカさんはじっくり味わいエクレアを完食すると、ようやく体の震えが止まった。


「本当にありがとうございます……。

 このご恩は一生忘れませんデス……」


「いえいえ、こちらこそ……。

 マジョルカさんがいなかったら

 私ここで死んでいたので……」 


「諸悪の根源だけどね」


「いでっ!? 」


 余計なことを言ったアプリを、マナはデコピンでお仕置きした。


「……それであの。

 マジョルカさんは

 ここから出たかった

 んですよね? 」


「え、えぇ……。でも

 森がこの有様じゃ……」


「私たちは帰り道が分かる術が

 あるので、今から自分たちの

 お店に戻るんですけど、

 マジョルカさんも一緒に

 この森から出ませんか……? 」


「え……っ!? 」


「だってマジョルカさん!

 こんなとこにずっといたら

 また禁断症状になっちゃうわよ!? 」


「それはそうデスが……。

 本当に良いんデスか……? 」


 マジョルカさんは申し訳なさそうな目でマナとアプリを見ている。2人は顔を見合わせた後、マジョルカさんを見て頷いた。


「バイクの荷台を空けますので、

 そこに座ってください」


 SAVER SWEETSと書かれた宅配ボックスをどかし、荷台を人が座れる状態にする。


(宅配ボックスここに置き去りに

 しちゃうけど、ごめんねシュカ……)


 経費がかさむのを申し訳なく思いつつ、セーバースイーツのモットーである人助けを優先する。


「マジョルカさん、森を抜けたら

 どこに行けば良いですか? 」


「少し離れた場所に街が

 ありますデス……。

 その街にワタシの家が

 ありますので、そこで

 降ろしていただけると

 助かりますデス……」


「分かりました……!

 しっかり掴まっててください! 」


 マナはエンジンを吹かす。マジョルカさんがしっかりと自分の体にしがみついているのを確認すると、バイクを発進させた。


「アプリさんはタブレットの

 中から案内しているの

 デスね……。大変興味深い

 光景デス……」


「あたしは優秀なので、

 自分の体をエネルギー体に

 変換して、魔力を扱う道具に

 潜り込めるようになっちゃうん

 ですよね〜! 」


「優秀とか関係ないから……」


 巨大キノコの間を通り抜け、順調に森を突き進むマナたち。このまま何事もなく森を抜けられるかと思っていた時だった。


『グオオオオオオオッ!! 』


 獣のような声が森に響く、一同は何事かと慌てるが誰もその声に心当たりがない。


「な、なんなの今の声!?

 絶対ヤバイ奴でしょ!? 」


「ずっとこの森におりますが、

 あんな声初めて聞きましたデス……」


「とにかく、早く森を抜けよう!

 ここに長居しても

 何も良いことがないよ! 」


 森がざわめき、鳥たちが慌ただしく飛び立っている。この森全体に異変が起こっているかのような雰囲気だった。


 マナはサイドミラーを気にしながらバイクを走らせていた。そこに何か影なような物が映り込んでいる気がしたのだ。


「なんか木の根っこみたいな物が

 追って来てない……? 」


「追って来てるわね確実に」


「追って来てますデス……」


 マナたちを森から逃さないと言わんばかりに、木の根っこがバイクを追いかけていた。


 森の中央に生えている巨木が叫び声を上げる。巨木は瘴気によって自我が芽生え、この森の支配者になっていた。キノコを急成長させた黒幕もあの巨木だったのだ。


「ちょ、ちょっと!マナ!?

 どんどん木の根が

 増えてるわよ!? 」


「ずっとこっちを

 追って来てますデス!! 」


「こうなったらアプリ、

 この間のアレ、また

 お願い出来る!? 」


「アレ結構疲れるんだけど……って

 そんなこと言ってられないわね! 」


 アプリはタブレットから飛び出すと、魔導バイクの中へと潜り込んだ。


「出力全開!! アプリ全力!!

 アプリカタメ!!

 アプリマシマシ!! 」


 バイクがオーラを纏う。バイクから漏れる光が帯状に伸びていく。バイクの馬力が上がり、みるみる加速し、木の根をあっという間に引き離していく。


「いけええええええっ!! 」


 バイクが森の中から飛び出した。木の根は森の外までは追ってこられず、追跡を諦め、再び森の中には静寂が訪れていた。


「いや〜今回も

 アプリちゃんは

 規格外の活躍を

 見せちゃいましたね! 」


「うん……。

 ほんとアプリには

 助けられてばかりだ」


 言い返すでもなく、申し訳なさそうにするマナを見ると、アプリは調子に乗っている態度を改めた。


「……あたしはあんたが

 元気にバイク運転してくれれば

 それで良いんだから……!

 あんまり無茶しないでよね」


「何それ? 運転手ってこと!? 」


「ちっがーう!! もうっ!!

 あたしの気遣い返せっ!! 」


 マナとアプリの言い争いをマジョルカさんは微笑ましく聞いていた。

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