第2話 笑顔お届け

 魔導バイクで巨大サソリを強引に倒し、依頼主のおじいさんの家へと向かうマナたち。


「よーやく荒野を

 抜けたわね……。どんだけ遠い

 とこに住んでんのよ……」


「ぼやかないの」


 バイクがひた走る道のりは、荒れ果てた大地から緑が生い茂る平地へと変わっていた。アプリの示す方向へバイクをぐんぐんと進ませる。


「ついったー……」


 ようやく目的地に辿り着き、アプリは鳥が羽ばたく真似をしながら喜んでいた。


「依頼主さんのおじいさんの

 お家はこれかな……」


 周りに何もない林の中に一軒、本当にポツンと家が建っていた。


「……! この音」


 遠くから薪を割る音が響いた。マナは音のする方へと歩みを進めた。


「……フンっ」


 おじいさんが斧を一振りすると、薪が綺麗に割れた。ガタイが良く、厳つい顔をしている。おじいさんと呼ぶのがはばかられるようなおじいさんだった。


「あ、あのう……」


 マナはなんとなく話し掛けにくくなり、オドオドした様子で声を掛けてしまう。


「ぬう……? 」


「あひっ!? 」


「えっと、私、お孫様の

 モニカ様より依頼を受けて

 参りました! セーバースイーツと

 申します! 」


「こちらご注文のスイーツと

 なっておりますう……。

 お代はすでにお孫様より

 支払われておりますゆえ……」


「いらん」


「えぇ。ですからお代は

 いらないのでどうぞ

 受け取ってください……」


「いらんと言っとる」


「……え? 」


 それ以上何も言わず、おじいさんは森の中へと入っていってしまった。マナは放心状態のまま立ち尽くしている。


「な……」


「なんなのあのジジイ!?

 こっちが命懸けで持ってきて

 やってんのに!? 」


「こうなったらあたしもう

 あのジジイにアレしてくるわ!! 」


「ちょ、ちょっとやめなよ

 アプリ!アレって何……!? 」


 小さな体、全身を使って怒りを表すアプリ。それをなんとかなだめようとするマナ。


「……でもどうしよう。

 モニカさんからは

 お代受け取っちゃってるし、

 何より届けられなかったら

 悲しむよね……」


「ほっときゃ良いのよ!

 あんなジジイに話なんか通じないわ!

 あたしたちで食べちゃいましょう! 」


 イライラしてつい横柄な態度を取るアプリ。そんなアプリをまっすぐな瞳で見るマナ。


「アプリ。駄目だよ? 」


「……う。ご、ごめんなさい……。

 ちょっと頭に来て……」


 いつもはアプリに押され放題のマナであるが、仕事に対して真摯に取り組んでいる彼女は、仕事のことになるとアプリより立場が上になるのだった。


「私、おじいさんと話してくる」


「えぇっ?大丈夫なの……?

 マナ泣き虫なのに……。凄い

 怒られちゃうかもよ……? 」


「だって……。届けたいから……。

 大事なお孫さんの想いを……」


「マナ……」


 マナがおじいさんを探して森の中に入ると、おじいさんは切り株に座って佇んでいた。


「あ、あの……」


「……なんじゃ。まだおったんか。

 スーパースーツ」


「セーバースイーツです……」


「どうして受け取って

 くださらないんですか…?

 甘い物が苦手とか……? 」


「そ、それとも

 お孫さんのことが……? 」


 まだ10代で人生経験の浅いマナは、必死におじいさんの思考を読み取ろうとするが、イマイチ、ピンと来る物が浮かんで来なかった。


「なぁに言っとるか……」


「わしのこと嫌っとるのは

 孫の方じゃよ……」


「えっ……!? 」


 予想外の回答にマナは慌てる。モニカから依頼を受けた時の印象では、とてもそうは思えなかったのだ。


「だ、だって……! スイーツを

 ご注文されたのは

 お孫さんですよ……!?

 そんな訳ありません……!! 」


「……なら何故わしと会ってくれん? 」


「えっ……? 」


「……わしはこんな場所に

 住んどるから、会いに来るのは

 大変なのは分かっとる」


「だから会いに来てくれとも

 言わんし、無理をするのも

 見ていられん」


「じゃが、それでもモニカは

 魔導バスを使って、定期的に

 会いに来てくれてたんじゃ……」


 おじいさんは寂しげな表情で俯いていた。


「そんなある時、突然モニカは

 来てくれなくなってしまった。

 今まで来てくれていたのが

 来てくれなくなった……。

 それはもう悲しかった……」


 マナはおじいさんの言葉を聞いて、何故モニカが来てくれなくなったのかをおじいさんに教える。


「そ、それはお客様を

 守るためです……! 」


「わしを……? 」


「自然に籠もっている

 お客様はご存知ない

 かもしれませんが……。

 今、この世界には瘴気が

 溢れています……! 」


「瘴気を浴びると、高齢の人ほど

 重症化するリスクがあります……。

 そして、瘴気は人に取り憑き、

 人から人へ伝染するんです……! 」


「ですから……。お孫様は、

 それを恐れて、お客様に

 接触しなくなったんだと

 思います……! 」


 マナは、必死に瘴気について知っている知識をおじいさんに分かりやすく説明する。


「……そんなもん。

 気合いでなんとかなるわ」


 そう言うと、おじいさんは今度は家の方へと歩いて行ってしまった。


「フィ、フィジカルすぎる……」


(いきなり瘴気のことを

 説明されてもピンと来て

 ないんだ……)


(ど、どうしよう……。

 どうしたらおじいさんに

 モニカさんの気持ちが

 伝わるんだろう……)


 その頃、アプリは森の外でマナを待っていた。


(……あ。あのジジイが出てきた)


 おじいさんに続いて、マナが項垂れながら歩いてくるのが見えた。


(あ〜……。見るからに

 駄目でしたって感じね……)


 マナは切ない表情で、ずっとおじいさんのことを遠くから見つめていた。


「あーもうっ! しょうがないわね! 」


 マナの様子に居ても立っても居られなくなったアプリは、おじいさんの元へと飛んでいった。


「ちょっとじいさん!! 」


 アプリは本人の前でさすがにジジイはマズいと、ほんの少し気を遣っていた。


「な、なんじゃこの

 ちっこいのは……!? 」


「あんたせっかくマナと

 モニカちゃんが、あんたの

 ことを想ってくれているのに! 」


「もう黙って食いなさいっ! 」


「……そ、そんなこと言われてものう」


強引なアプリを慌ててマナは制止する。


「す、すみません……!

 この子ちょっと世間知らずで

 空気読めなくて……!! 」


「ええい!! 離せマナ!!

 あたしはこのジジイに

 スイーツ食わすまで

 帰らないんだからっ!! 」


「ほ、本当にごめんなさいっ!

 お、おじいちゃん……! 」


「……っ!! 」


 ついうっかりおじいちゃんと呼んでしまったマナ。モニカのおじいさんは、モニカと同じ呼び方に思わずハッとなった。マナの優しい雰囲気とモニカの姿が重なっていた。


 マナはアプリを鷲掴みにしてひっ捕らえると、そのまま諦めてバイクに跨がろうとする。


「ちょ、ちょっと待ちなさい……」


「え……? 」


 おじいさんは慌ててマナを呼び止めた。


「分かった……。わしが

 悪かった……。いただくよ。

 スイーツとやらを……」


「……っ!! 」


「や、やった! ありがとうございます! 」


 マナは飛び跳ねて喜ぶと、バイクの荷台からゴソゴソと商品を取り出そうとしていた。


 おじいさんは、マナの純朴な孫娘のような雰囲気を優しく見つめていた。


 孫娘のモニカの注文した商品が、野外に設置されているテーブルの上に置かれた。


 それはモンブランだった。


 栗本来の色を抽出したかのような優しい色合い。美しく波打つシルエット。中には生クリームたっぷり。甘い香りを放つその山の頂上には、大きな栗がクリームのクッションの上で寝転んでいた。


「わしの好物だ……」


 おじいさんはフォークで山の一部をすくうと、ゆっくりと口へと運んだ。


「うん……」


 おじいさんは染み染みと味わう。甘さ控えめで優しい味わい。モンブランはおじいさんの寂しさを包容力で包み込んでいた。


「美味しい……。ありがとう2人とも」


 マナとアプリはおじいさんの笑顔を見届けると、ようやく安心出来た。マナはおじいさんにお辞儀をすると、バイクに跨り出発の準備を進めていた。


 アプリはおじいさんの元へ飛んで行くと、自分が今まで入っていたタブレットを手渡した。


「こ、これは……? 」


「これは魔力で動く通信機」


「これを使うと、

 モニカちゃんと連絡が取れるの。

 やり方はえっと……。

 こことここを押すだけ」


「紙にも書いておくわね」


「……寂しかったら、これ使いなさい」


「……っ! 」


「ありがとう……。ちっこいの」


「ちっこいのじゃない!

 アプリよ! じいさん! 」


 アプリはタブレットをおじいさんにあげると、今までタブレットが固定されていたバイクのハンドルの上に座った。


「い、良いのアプリ……? あれ

 あなたのお気に入りじゃ……」


「また買えば良いわっ。

 今、別に欲しい物無いし……! 」


「……!! 」


「……ちょっと! 頭撫でないでよっ! 」


 心優しいアプリが可愛くなり、マナはぐりぐりと指で頭を撫でていた。


 マナはおじいさんに笑顔で手を振り、アプリはツンツンしながらも軽く手を振っていた。


 その帰り道。


「ぐえっ!? おえぇっ!? 」


 タブレットを失い、生身のままバイクに跨がるアプリは、振動でグロッキーになっていた……。


「だ、大丈夫……? 」


「だ、だいじょぐおぇっ!? 」


 アプリは必死で地図を広げながら、セーバースイーツの店員の命を目印に、帰路へと着くのであった。

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