西洋のお城を思い浮かべて欲しい。私が通う学校は西洋風の建物で、第一校舎にはトンガリ頭の時計塔があったりする。校門もお城みたいに重厚で、何十本の槍を突き刺したかのような上品で洗練されたデザインだ。


 その槍を彷彿させる門に、ワラ人形が突き刺さっていた。今朝のことだ。文化祭の準備で朝早くに登校している生徒が多かったこともあり、情報は一気に拡散された。私も藁人形を目撃した。不気味であった。みんな携帯端末で写真を撮るので必死で、誰も藁人形を撤去しないのだ。風紀委員である私が撤去しなければならない。けどあまりにも不気味なので体が動かなかった。


「野原じゃん。何突っ立てるの?」


 声の主は演劇部の悠木だった。裏切りの騎士ローレル・ファルコス役を務めるかなり美形の同級生。一ヶ月前に彼女さんであった副島さんが退学をした件で、少し交流があった。私は悠木や副島さんのサポートをしたかったけど上手くはいかなかったことは、苦い経験だ。悠木は校門の異常に気づくと、話を続ける。


「誰の悪戯だよ。不気味だな」


「うん。どうしてこんなことしたんだろ」


「暇なんだろ。それか注目を浴びたいか。もしくは、この状況を楽しんでんのか。なんにしても悪趣味な奴だ」


「え? 何のために」


「それはやったやつに聞けよ」


「悠木くん悪いんだけど、手伝ってくれない」


 藁人形の撤去はなんだか惨めな感じがして、罰ゲームのような感覚だった。


「悠木くんごめん」


 私と悠木は走って教室に向かう。藁人形の撤去に想定以上の時間を費やしてしまった。このままで遅刻してしまう。階段を駆け上がっていくと、愛木先輩が上の階から降りてきた。これはあまりいい場面ではない。


「愛木先輩すみません。片付けをしていたので」


「知ってるわ。早く教室に向かいなさい。私が先生と後処理をするから安心して」


「すみません。あとはお願いします」


 愛木先輩が微笑んでくれたので、安心した。これから授業で、受験で忙しいだろうに、申し訳ありません。ところで愛木先輩が朝から上の階で何をやっていたのだろうか。




 休み時間は奇妙な悪戯の話題で持ち切りだった。私が風紀委員だからか誰も声をかけてくれない。なんだか省かれている。疎外感から私は愛木先輩に連絡していた。もちろん名目は、指示を得ることだ。返信がないまま昼前になっていた。今朝のことで頭がいっぱい。どうにも感情が安定しない。この違和感はなんだろか。


 授業は数学だった。数字なのかアルファベットなのかわからない言語をノートに書き写していると、破裂するような大きな音がした。空耳かと疑ったが、クラスの誰もが反応を示した。窓際の席の生徒が「マネキンが落ちてきた」と叫ぶと、活発な男子が一目見ようと、窓に走り出す。それを合図に興味を抱いた生徒たちが一斉に押し寄せた。私もみんなに倣って外を覗くと、バラバラになった人体模型が中庭で散らばっていた。内臓とか、手足とか、あちこちに散らかっていて、片付けるの大変そう。なんて少しだけ違った感想を抱く。この感覚が他の人とずれていることは、周囲の反応を見れば一目瞭然なので口にはしない。


「何あれ?」


「きもい」


 クラスメイトはニヤニヤしながらも写真を撮る。他のクラスも同様に窓から顔をのぞかせて、スマホを構えていた。口元を抑えて唖然としている人もいれば、椅子に座ったまま微動にもしない人もいた。この事態に何人かの教員がマネキンの回収に駆けつける。教員の一声で、席に戻っていく。私はその一連の様子を観察しながら、貼り付けたポスターのことを思い出した。



 昼休憩になると、私は持参していた弁当を食べて教室を抜け出した。屋上に向かうと、先客がいた。長くてキューティクルが分厚そうな黒髪を目視して、興奮が高まった。


「愛木先輩!! 奇遇ですね」


 私が駆けつけると愛木先輩は普段通りの冷ややかな視線を向けてきた。それでも私は興奮を抑えることはできない。もはや愛木先輩に嫌われてもいい。私の深い愛が伝わればいい。なんてね。


「野原さん……相変わらずの高いテンションね。悩みがなさそうで羨ましい」


「そんなことないですよ。私も悩んでます。今朝のメールは読んでくれましたか?」


「ああ。ごめんない。まだ慣れてなくて」


「いいんですよ。こうして同じ目的で会えたのですから」


 意外にも愛木先輩は高校三年生になるまで携帯端末を持っていなかったのだ。さすがに不便であると、思うようになったようで、私が携帯の素晴らしさ、インターネットの重要性を熱弁すると、ついに買う決心をした。時々私が携帯の操作を僭越ながらも教えさせてもらってるんだけど、あの時間は至福でしかなかった。


「そ、そうね」と愛木先輩は困惑を隠さない。


「それで野原さんもここから落ちてきたと思うの?」


「そうじゃないんですか?」


「その通り。痕跡もたくさん残っている」


 重り、ビニール紐に、ロウソクを使った簡単な時限トリックで、人体模型を授業中に落下させようだ。


「なるほど。事前に準備をしていた犯人が、休み時間に蝋燭を火をつけてから授業に参加したんですね」


「そうね。だけどあのフェンスにビニール紐で人体模型を吊るしたとしても、少し無理があるような気がしてね」


「確かにそうですね。吊るせるんですかね」


「野原さん。人体模型をネットで調べてよ。学校のと同じモデル。重さが知りたい」


 私は人体模型をネットで調べる。学校との同じ半身モデルの人体模型を何個をピックアップした。


「重さはどれも7、8キロくらいですね」


「結構重たいね。あの重りもテントで使うような物だから、10キロくらいはあると思うけど……」


「やっぱり無理なんですかね」


「どうかしら。私にはなんとも言えないわ」


 愛木先輩は素っ気ない感じで言った。


「どうしてですか?」


 愛木先輩は逡巡としてから答える。


「屋上に残された痕跡はフェイクかなって私は思うの。今日のどのタイミングでトリックを仕掛けたのかわからないけど、こんな大きな人体模型が屋上にあったら誰か気付きそうだなって」


「言われてみればそうですね」


「事前に仕掛けて、ビニールシートとかを被せていたとしても誰かが気づくかも。けどもし5分もかからずにこのトリックを仕掛けられるなら、休み時間で十分かもしれない。授業が始まれば誰も屋上なんて見ないでしょう。白昼堂々と罠を仕掛けられても誰も気づかないかもしれない」


「白昼堂々なんてすごいですね。大胆です」


 私も授業中に屋上なんて気にしたことは殆どないかも知れない。けど授業が退屈だとずっと外見てるかも。


「そう言えば、野原さんは演劇部の手伝いをしてるそうね」


「はい。そうですよ」


 愛木先輩の名前を出しに使われて、上手く使われているなんて余計な情報は言わない。


「演劇部のビラを拝見したのだけれど、今回の悪戯に酷似していると思うの」

 

 私は昨日貼り付けたビラを思い出す。一枚目の串刺しにされた騎士の遺体。早朝に起こった悪戯は藁人形を串刺しにすることで再現されている。二枚目のバラバラにされた王の遺体は、屋上から人体模型を落とすことでこちらも酷似した状況を見事に作り上げた。


「まさか三枚目の内容も」


「あるかも知れない……ね」


 三枚目は毒殺された王の遺体だ。朝、昼に酷似した悪戯起こっているなら、三枚目は、夕方頃に起こる可能性がある。私は、愛木先輩と悪戯が起こる可能性を想定して身構えていたが、この日は何も起こらなかった。




 翌日はとても清々しい気分で登校していると自分自身を騙してみた。そんなことをしても、不安や不信が消えてなくなることはなかった。むしろ頭から余計な記憶や感情が纏わりついているように思えた。クラスメイトの談笑。内容に耳を傾けると、どうやら悪戯のことが話題になっているようだ。


「昨日の悪戯聞いた?」


「聞いた。私のところにも回ってきた」


 どうやらSNSで写真が出回っている。


「演劇部と関係あるみたいね」とここまでの会話を聞いて私は割って入っていた。クラスメイトの女子は大変驚いた様子で教えてくれた。


「演劇部のポスターと悪戯の写真を合成した画像が出回ってるの。発端は脅迫状も添えられていたとか」


 クラスメイトの携帯端末を見せてもらった。これは疑いようがない。


「脅迫状って、これ誰が発信したかわかる?」


「ごめん。わかんない。多分、SNSやってる子だったら大体知ってる見たいよ。」


 悪戯と演劇部のポスターの関係性が既に周知になっている。犯人の目的はなんだろうか。まさか宣伝目的? 犯人の目的がよくわからない。私は隣のクラスに向かって、悠木を探す。その後ろ姿を見かけると、大きな声で呼んだ。

 

「ねぇ悠木!」


 怒鳴り気味の私の声に悠木は戸惑う様子で、私の元に掛けて寄ってきた。


「なんだよ野原。なんかあったのか?」


「昨日の悪戯が演劇部と関係あるって、噂が広まってるけど」


「ああ、なんかそうみたいだな。偶然じゃないか?」


「ぐ、偶然なんてことはないでしょ。ポスターの内容にあまりにも酷似してるじゃない」


「もしかして演劇部の誰かがやったと思ってるのか? そんなことをするメリットなんてないだろ」


 私が口籠ると、予鈴が鳴る。考えが纏まらない苛立ちを抑えて、教室に戻る。担当の教員に謝罪をして席につくと、クラスメイトから冷たい視線を送られていた。



 放課後になると私は楠木先輩に話を聞くことにした。楠木先輩は嫌そうな顔した。当然かな。演劇は完成しているとは言え、文化祭も近いし。


「忙しんだけど」


「私は風紀委員としてあなたに話が聞きたいんです」


 間接的に愛木先輩が絡んでいると伝えたつもりだ。楠木先輩だけではなく、全生徒が風紀委員を苦手にしている。敵対することは誰も嫌がることであると私は知っていた。


「わかった。手短に頼む。と言うかどうせ悪戯のことだろ? 違うか?」


 楠木先輩は嘆息した。


「そうです。察しがいいですね。単刀直入に聞きますが、楠木先輩じゃないですよね? 脅迫されてるなんて、そう言えば私は脅迫状を見てますよね。あの時は演劇で使われる小物って言ってましたけど、本当は正真正銘の脅迫状だったわけだ」


「そんなことをしてなんになる?」


「例えば集客目的とか。話題性を持たせるために注目を集めたかったとかですか?」


「馬鹿か。講演が中止になるかもしれない状況だぞ。誰がやったか知らんが、とんでもない嫌がらせだよ。中止になったらどうしてくれるんだ。悪戯が演劇部と関係あると、ネットに広めた奴は絶対許さん」


「まさか演劇部への嫌がらせが目的なんて言うんじゃないでしょうね」


「その通りだよ。誰か演劇部への恨みがあるんじゃないか? 脅迫状なんてまさに物語ってる」


 楠木先輩かもしれませんよと、私は言葉を飲み込んだ。


「どうしてそう思うんですか? 演劇部で何かあったんですか? そもそもなんで楠木先輩が監督をすることになったんですか?」


「おいおい。そう一度に聞くなよ。順に追って話すから落ち着け」


「へぇー。何か知ってるんですね」


 この時の私の顔はきっと、悪女だったと思う。楠木先輩は少しだけ戸惑っている様子だった。


「うちの演劇部ではオリジナルの脚本を発表する習わしになっていたんだけど、部長の榊原を初め今年の部員で役不足だったんだ。誰もオリジナルの脚本を書けるやつも、全体を管理できる人員もいない。そのことを聞いた僕が、一役買ってやることにしたんだ。ここまで良かったか?」


「よくないですね。情報が足りません。いちいち説明しなくてもわかるでしょ。さあ」と私は促すように進める。


「まあ部員ではない僕が監督をすることに反対意見はもちろんあった」


「つまり他の部員が楠木先輩の邪魔をしているってことですか?」


「その可能性もあるだろ。例えば三井とか。輪島とかな。あいつらはそもそも僕をよく思ってないからかなり反対したようだ。稽古中もなんだかゴミを見るかのような目で見てくることがある。僕ってそんなに嫌われるような顔してるか?」


「そうかも……三井先輩も輪島先輩も悪い人ではないですからね」


 詳細は知らないが、あの愛木先輩が最も警戒している人物である。先輩方の間では信用ならない人物という評価が根付いているのだろう。本当に何をしたのか。


「榊原先輩はどうして楠木先輩にお願いしたんですか?」


「それはだな。僕が脚本を書いて自己談判したからだ。やる気があることを示せば答えてくれる勝算があった。それにどうしてもやってみたかった。それだけだ」


 なんだか凄く自慢げに誇らしげに言っているが、放縦の性質から動いただけじゃない。


「けど変じゃないですか? 演劇部でもない人が関わるなんて。何か事情があったんじゃない」


「さあな。僕が知るわけないだろ。それに僕は一応演劇部だし。その点を文句言われる筋合いはない」


「え? そうなの? 楠木先輩演劇部なの? 私は演劇部でもなんでもないのに」


 私は不平を漏らして、感情を発散していた。だっておかしくない? 楠木先輩は一時的であるが演劇部に所属してまで、本気で舞台に取り組んでいる。私は部員ではないし、なんだかよく分からず、巻き込まれるんだけど。込み上げてくるこの感情はなんだろう。多分、激しい憤りだ。部外者であると思っていた楠木先輩が実は部員であった。このまさかの裏切りが、私の感情を大きく動かしている。愛木先輩、助けてください。切実に思った。


 




 

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